0章 〜私が語る彼は。俺が語る阿婆擦れは。〜

私が語る彼は、きっと今と変わらない。


 私の名前はユキナ。性は無い、平民の子供だ。街外れの小さな村の小さな藁葺き屋根の粗末な家に住んでいる。私の家族は母1人。俗に言うシングルマザーだ。母は娼婦だ。父親は多分客の1人だろう。父も母も顔がよく、私にもその血が流れているのだろう。


 母はある貴族から金を払われ、それこそ身を以て働いたものの、私が7歳の時、過労で死んだ。母は私に優しく、絶対に娼婦になるなとずっと言われ続けた。母が死んだ後、ギルドから大量の資産の相続の話が来た。その金は税を引いても、贅沢をせず、質素に暮らせば私が成人するまで自由に過ごせるほどの物だった。

 遺言では勉学に励み、どんなに生活が苦しくても体を売ることはしない様に。簿給でもしっかり働き、感謝を忘れぬ様にすれば必ず報われると。


 その貴族は私の顔を舐め回す様に見て、私を買おうとした。断ろうにも拒否権は無いみたいでもう買われることは確定していた。私は客室で控えさせられ、隣の部屋でその貴族が喋っていた。私と同年代の男の子であろう子供の声が

「あんな汚いゴミが父上様に媚を売ったなど許せません。きっと父上を誑かしてクレイズ家の名を貶めようと考えているんです。

 しかし処罰しようにも罪状が無いのでなんとも出来ません。此処はひとつあのアバズレを懲らしめましょう。父上は身内の居ない子供を助けようと言う慈悲の心からの事でしょうが、あのアバズレには必要ありません。どうかお考えを…」


 気付いたら壁に耳を当てていた。男の子の声を必死に覚えようとした。知らないうちに涙が頬を伝った。アバズレと言われる悲しみでは無い。そこの先にある優しさからだ。私をこの貴族から守ろうとしてくれている事が嬉しかった。

 名前は性だけだしも顔も知らない。でも、その男の子は私にとって母以外の私に優しくしてくれる人だった。結局私は1人で生活する事になった。


 街は人攫いが多いので昼の間に1週間分の保存食を買い込み、少しずつ食べた。買い物の日以外の昼は小さな村に1人は居そうな、知恵老人が無料で開いてる学習塾に通い、勉強をした。

 そこでは四則演算と文字の読み書き、地図の見方と国の所在地、生活に便利な知恵から借金取りの追い払い方とかまで。色々教えてくれた。巷の噂では、迷宮主の力を弱めるために働いた勇者一行の賢者様とか……。

 ともかく、そこで私の一生の相手になる人筈だったオルに会った。私はオルを見ても最初は分からなかった。オルは性を名乗らなかったし、確かに同じく無愛想だったが、家で聞いた声と違って冷たくなかった。そして何より顔が貴族の息子ではなかったからだ。頬には切り傷がいく本も走り、体の至る所に怪我の後とアザが模様の様に広がり、髪はだらんと垂れ下がり、目を隠していた。


 そんなまるでヤクザの様な容貌のオルは成績は優秀で、算数、生活の知恵はいつも一番先に答えていた。そして私はオルに憧れていた。貴族の家の男の子も当然憧れていたが、私が彼と結婚するどころか話すこともできないだろうと諦めていたのだ。

 自分にオルへの憧れという感情が芽生えたのは算数の授業で、彼が私の横に座って懇切丁寧に教えてくれた時の事。私は筆算の意味がわからなくて困っていた。オルが書いてくれるけどそれでも分からなくて泣き出してしまったのだ。


 今でこそ一番好きな教科だけどその頃は算数が苦手で嫌いだった。でも、オルが私の首に手を回し私の手を握って一緒に動してくれたのだ。体で覚える。この意味が分かったのはこの世界に来てからだけど、でも筆算の理屈は分かった。

 その時、首に回された手が、私の手を包む豆だらけの7歳にしては不相応すぎるゴツゴツの手が私をときめかせた。


 自分の感情に気づいたのはオルの一生を左右してしまった時だった。

 私は近所の国境になっている森の入り口付近にあるキノコや木の実を採取しに来ていた。森の奥は何が出るかわからないが、入り口付近は土の粗末な道だけど人の出入りが毎日一回はあって、ゴブリンの痕跡もなければ、危険な熊などの動物も一度たりとも出てこなかった。


「うん……。占地も椎茸もあるし近所のおばさんからもらった牛乳もあるから今日はシチューかな?人参さ〜ん。じゃがいもさ〜ん」


 私は1人でいる時の方が良く喋るのだ。その日も即興で作った鼻歌を歌いながら採取して森を歩いていた。

 その日は呪いババ様の天気予報が外れ、私の活動範囲の最も奥まで来た時、雲一つない青空が一瞬で黒い雲に覆われ、雨が降り出した。雷が轟き、暗闇が一瞬青白く光る。私は近くの洞窟に身を隠し、雨から逃れた。


「あ……」


 背後から声が聞こえたので振り返ると、そこには短剣を腰にいく本もぶら下げ、血塗れの麻の巾着を下げたオルがいた。


「ごめん…」


 オルはそのまま洞窟から出ようとした。焦って引き止める。


「待って!オルト君!なんで出てくの!?」

「それは……」

「一緒にいて?ね?クシュんっ」


 私はオルを洞窟に引き止めた。


「分かった…。ありがとう…」


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