ここを幕引きと仮定しよう。

「おにぃ。お兄はどうして魔法が使えないの?」


「どうしてだろうね?」


「パパもママも使えるのに……。どうして?」


「唯。どうしてかな?どうしてこの世の中には足が無い人が産まれてくるのかな?」


「おにぃ。話が違うよ」


「ううん。一緒だ。考えてご覧」


「わかんないよ……」


「そうか。それを分かるようになるまでは魔法が使える事を自慢しちゃいけないよ」


「どうして?」


「魔法が使えない人が傷ついちゃうんだ。もしかしたら魔法が使える唯を嫌う人も居るかもしれないからね」


「やだ……。おにぃは嫌いにならない?」


「分からない。妬んでしまうかもしれない。大嫌いになるかもしれない。でも、今は大好きだよ」




 1歳年上のお兄ちゃんは何故か昔から大人の様な感性を持っていた。何故か家族で唯一魔法が使えないのに、私の何歩も先を歩いていた。例えば6歳になってようやく私は足し算の繰り上がりが出来るようになった。兄は兄の学年が今授業でやっているらしい因数分解を6歳で解いていたのだ。でも、それを自慢する事は無かった。そして、魔法が使えないのにお兄ちゃんはいつも笑って過ごしていた。




 私はお兄ちゃんが何でこんな事を言ったのか分からなかった。わかろうと最初はした。けど分からなかった。分からない自分が嫌で堪らなかった。そして学校で魔法が使える事を自慢してしまった事もあった。でも、8歳になった時に分かった。


 魔法が使える事を自慢するのは足が無い人に足がある事を自慢する事と同じなのだ。その人には無いものを見せびらかして優越感に浸ろうとする。そんな事を今まで自分はしていたのだと。凄く恥ずかしかった。


 自慢していた事でお兄ちゃんに嫌われるとビクビクしながらも告白すると優しく言ってくれた。




「いいんだよ。僕に嫌われるのが心配だから震えてるんだろ?大丈夫。自分で気付いたなら十分だよ」


「おにぃは私の事嫌わないの?」


「だったらこうやって話してないさ。じゃあ次の問題だね。今足が無い人に足がある事を自慢する事が残酷だって言ったよね。確かにそうだ。唯は足が無い人を見てどう思う?」


「可哀想だと思う」


「うん。普通はそう思うよね。でもそれも残酷な事なんだ。分かるかな?」




 今度は全く分からなかった。前回はまだ分かりやすかった。「自慢はいけません」って先生も言ったから。


 でも、京都で鹿が増えて、人の生活に支障を来すからって鹿を殺す人達がいるって言うのがテーマの授業で可哀想って言ったら先生は「唯ちゃんは優しいね」って言ってくれた。お兄ちゃんが正しいのか先生が正しいのか分からなかった。その事をお兄ちゃんに言ってみた。




「ああ。ごめんね言い方が悪かったかな。鹿が殺される事に可哀想って思ったんだね。でも死ぬ事は可哀想な事なのかな?」




 今度はもっと分からなくなった。それが分かったのは10歳の時。反抗期の手前だった。足が無い人を可哀想……同情の方が正しい事も知った。まぁその足が無い人を同情する事は足が無い人にとって傷を抉られる事と変わらないと気付いたのだ。同じ立場の人にしか分からない気持ちであるのにそれをさも分かったかのような態度をとる事は傲慢であるとも思った。


そして足が無い事は可哀想な事では無いのかもしれないとも気付いた。これは障害を持ったヒロインがその障害をキッカケに恋愛が成就するお話がヒントになった。可哀想に思うのは、足が無いからこそ叶った夢を、踏みにじる事と変わらないとも分かった。




「唯はそこまで分かったか〜。賢いな〜」


「えへへ。でもお兄ちゃんはもっと昔から知ってた……」


「そうだね。じゃあ問題だよ。これは正解してくれると嬉しいな〜。僕は今死に掛けています。絶対に他の方法では治りません。僕を助ける方法は、唯の命を引き換えにするしかありません。さて、どうする?」




 私は迷わず答えた。




「助ける!」




 お兄ちゃんは険しい顔をして一瞬怒った顔になったけど直ぐに落ち着いた。




「どうしてかな?」


「大好きだから!」


「ははは。そうか。じゃあしょうがない。今の助ける相手は見知らぬ人だとしよう。家には家族が沢山いてその人がいないとみんな死んでしまいます。どうする?」




 私は考えた。先生は人を「助ける事は素晴らしい事です」って言ってたから………。




「助ける!」




 お兄ちゃんはまた怒った顔をした。ちょっと怖かった。けど、深呼吸して冷静になろうとしている。




「自分の命と引き換えだよ?この意味をちゃんと分かってる?」


「うん……」




 そしたらお兄ちゃんはいきなり大きな声を出した。




「そんなに軽々しく命を懸けるな!自分は死んでもいいみたいな選択を軽々しくしちゃいけない!」




 怖かった。今まで聞いた事も無いような声だった。涙が止まらない。すぐにお母さんが飛んできた。




「唯は!唯はこの世界で1人だ!名前の通り唯一、堂上家の長女なんだ!確かにその助ける人も1人だ。でも、唯は!分かってるのか?唯が死んだ時に悲しむ人の事を!確かにその人が死んでも悲しむ人はいる!同じだ!なら!自分を大切にしろ!」


「海斗!静かにしなさい!」




 お母さんが本気で怒った。




「母さん!ダメだ!ちゃんと分かって欲しい!唯に!自分の価値を!」




 その日は休日でお父さんも家にいた。怒鳴るお兄ちゃんとお母さんを見てお父さんはお兄ちゃんを部屋に連れて行った。凄く怖かった。数日間はずっとお兄ちゃんを避けていた。


 結局お母さんがお兄ちゃんの言いたかった事を伝えてくれた。お兄ちゃんは私が死んだら悲しむと知って嬉しかった。でも、最近、クラスメイトの声が怖くなってきた。今思えば思春期の始まりだったのだろう。




「そういえばお前の兄貴って魔法使えないんだろ?可哀想だね」


「恥ずかしいでしょ。そんなのが兄貴で」




 男子の発言に言い返したいことが沢山あった。可哀想じゃない!恥ずかしく無い!そんなのじゃない!そう言いたかった。けど反論したら、何て言われるか分からなくて怖かったから言ってしまった。




「ほ〜んと。最悪なの。魔法が使えない癖に兄貴ずらしてなんか言ってくるし一家の恥なの」




 その時、運の悪い事にお兄ちゃんがクラスに来ていた。忘れ物を届けに来てくれたのだ。お兄ちゃんは悲しそうな顔をして、その後手の動きでお弁当を届けに来た事を言って去っていった。その悲しそうな顔が忘れられなくて申し訳無くて家でずっと無視してしまうようになった。


 お兄ちゃんは毎日「おはよう」って言ってくれるけど私はどう対応したらいいのか分からなくていつも無視してしまう。




 そんな時だった。風邪を引いて寝た後、目が覚めたらお兄ちゃんが病院にいる事を伝えられた。驚いた。






====




 いきなり頭が痛くなった。頭の中に直接響いてくるトラウマ。婚約していたのに浮気を目の前でされた事。頭の奥で危険信号を出している。


 そいつは裏切ると、そいつは信用したらいけないと。




 危険を感じて甘えてくる綾を突き飛ばす。




「キャッ」




 そいつは裏切るぞ。




「そんな事ない!綾はあいつとは違う!」




 そうとも限らない。




「違う!綾は違う!綾はそんな事しない!」


「かっ、海斗。ど。どうしたの?」




 心配してくれる綾。ホラ。優しいじゃないか!




 演技かもしれない。




 心の底から噴き出てくる怒り、蔑み、哀れみ、劣等感、絶望。そんなものが自分を暴走させる。綾が触れようとしてくる。危ないからやめて欲しい。そう思って絞り出した言葉が。




「触れるな!俺に触れるな!」




 叫んだ瞬間、もう1つの声が出てしまう。




「触れるな!この糞アマ!アバズレ!」


「えっ、どうしたの?か、海斗?」


「そうやってまた俺を騙すんだろ!金を巻き上げるんだろ!」


「なっ」




 触れようとしてくる綾。そして触れた瞬間にいろんなものが溢れた。




====




 兄貴が叫んでいる。けど、人の言葉じゃない。獣の雄叫びだ。綾ちゃんが触れた瞬間にそこから波動が出てくる。




「キャァァァァっ!」




 一気に吹き飛ばされる。色々な魔法が兄貴の身体から吹き出る。こんな魔法は見た事がない。それほど強い魔法だった。




「魔族魔法管理委員会東京支部長、荒山新!荒山新及びこの部屋に居る魔族に魔法使用の許可を下す!」




 その声を聞いた瞬間に魔法を放つ。




「スパイラル!」




 私が兄貴の魔法を拡散させない為に。




「シールド!」




 父さんがみんなを守る為に。




「スリープ」




 母さんが兄貴の暴走を止める為に。




「ヒール」




 荒山さんが綾さんの怪我を直す為に。




「バインド!」




 私が海斗を縛る為に。


 何度もみんなで魔法を打ち続けた。30秒後ようやく兄貴が失神した。廊下から走る足音が聞こえてきた。これを見せてはいけないと思って急いで魔法を使う。




「修復!エリアヒール!」




 そしたら焦ったように荒山さんがいう。




「ここでは何も起きなかった!何も見ていない。ただ俺が転げ回ってふざけていただけだ!」




 皆が頷く。




「何かありましたか!」




 ナースが駆け寄って来る。




「いや、失礼しました。私がはしゃぎ過ぎたようです」


「そうですか?しかし……」


「そうなんです!」


「失礼しました。ただ病院ですのでお静かに」




 重圧的な声を聞いてすぐに退出するナース。綾さんは壁で震えている。亘さんは動画を撮っていたらしく、スマホをしまっていた。




 「へへっ。こりゃヤベェな」




 まるで特ダネを見つけたマスコミのようだ。




「何してるんですか!今すぐ消してください!」


「君は……。唯ちゃんだね。いや、あえて呼び捨てで。唯、君はバカなのか?今の海斗は完全におかしい。魔法を使っていた。だが、あいつは魔法が使えない。おかしく無いか?あいつが何をしたのか、あいつは知る権利と義務がある」


「でもっ!」


「相手にならない。お母さん。海斗は今までにトラウマになるよな過去はありますか?」


「いえ……。無かったはずよ。魔法の魔のかけらのセンスも無かったわ」




 悔しかった。溜息をついて蔑む眼を向けられた時腹が立った。兄貴の気持ちを考えたのか?その上での発言か?




「亘……。見せてくれ……」




 そしたら目が覚めたのかいきなり兄貴は虚ろな眼をして言った。












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