申し子、働く 1


 夕食時に、『デライト緑の丘農場』へ行ってきたことをレオさんに言うと、ちょっと困った顔で笑っていた。


「ブドウ畑からの見晴らしがよくて、とても気持ちのいい場所ですね」


「……気に入ったか?」


「はい。今度蔵の方も見せてもらおうと思ってます」


「そうか……。ユウリは、あの場所に住みたいか?」


「え?」


「住みたいのであれば、住みやすい大きさの家を用意する――――建物には結界があるし、シュカがいれば問題ないだろうしな」


『クー(もんだいないの)』


 シュカはレオさんの膝の上でわかってる風なことを言ってるけど、その膝の上でお肉を食べることがなくなるって、わかってないだろうな。

 昼間見た、さわやかな風が吹いていた丘を思い出す。

 住みたいかと聞かれれば、悪くないと思う。

 でも……そんな顔で提案されても、困る……。


「――――あの気持ちがいい丘の小さな家で、シュカと暮らすのは楽しそうです。でも、こちらも楽しいですよ? 便利ですし、にぎやかですし。まぁ、ちょっとお邸が大きいのは慣れないですけど」


「やはり小さい家がいいのか」


「大きいのが悪いわけじゃなくて、慣れないっていうだけなんです。――――ああ、でも……自分たちだけの小さな家というのは、ちょっと憧れます」


 両親が事故で亡くなるまでは、小さい庭がある小さい家に住んでいたからかな。憧れというか、思い出かもしれない。


「そうか」


 でも、ホントにここで暮らすのはとても楽しい。なんだかんだ言って心強いし。さびしくないしね。

 眉を下げたレオさんに、感謝を込めて笑いかけた。





 そしてとうとうその日がやってきた。

 プレオープン初日。

『メルリアードの恵み』お披露目第一弾は、ゴディアーニ辺境伯家の家族の親睦会だ。

 総責任者のお言葉を、スタッフ一同で聞いていた


「あー、今日は初めて客を迎えるがゴディアーニ辺境伯家うちの家族が食事に来るだけだだ。緊張しないで気楽にやってくれ」


 シュカを片手で抱いたレオさんがそう言うと、張りつめていた場が少し緩んだ。

 胸を借りるつもりで、練習させてもらおうってことね。

 辺境伯家で修行してきた給仕の人たちも、少しは気が楽だと思う。


 レオさんは今日はスタッフ側。総責任者として今回は挨拶に行くみたい。通常ならそういうことはないんだけどね。ちなみに施設責任者はこちらの食事処はポップ料理長。販売所の方はマリーさんになっている。

 あたしはそういうことがない顧問という役職だそうだ。それでお給料をいただけるとか、ありがたいことでございます。


 っていうか、総責任者。普通にワインの準備してますけど……。重いものなら任せておけとか、いい笑顔なんですけど……。もっとこう総責任者らしい準備をしていただいてもいいんですよ……?

 それを横目に、あたしは地下のワインセラーで、せっせとワインをラッピング中。

 他にはない包みで付加価値を持たせようと、メルリアード産の赤とデライト産のシードルを風呂敷で包んでいるのよ。

 デライト領で栽培されているノスフワで作られた風呂敷は、青地に白い波模様で北方海らしい色合いだ。


 まずは角が上下左右にくるように広げて。で、左右の対角線上に、ビンのお尻とお尻をこぶしひとつ分あけて向かい合わせるように置く。下の角を上の角に重ねるように△に折って、左右に長細くなるように手前からくるくる巻き。上の角まで巻いたら、真ん中にあるお尻とお尻の間で風呂敷を折って立てて、左右の角を上で結べば“瓶二本包み”のできあがり。

 ビンとビンの口の上の部分で結ばれているから、そこが持ち手になると。


 中身が見えるような透明な袋があれば、それもいいかなと思うんだけど……。

 ま、風呂敷がステキだからいいわよね。


「――――何度見てもすごい技術だな」


「そうでもないと思うんですけど……あたしがいた国ではわりと古くからある包み方なんです。いろいろな包み方があって、この正方形の布一枚持っていればいざという時に役に立つんですよ」


 実は、前々からダーグル先生で確認しておいたのはナイショ。

 包み方はだいたい知ってたけど、一応ね。その時についでに覚えたスイカ包みも披露すると、大変感心されました。


「この布も販売所の方に置くか」


「いいですね。包んである見本をいっしょに置いたらいいかも」


 レオさんはそれを聞いて、さっそくマリーさんを呼んできて伝えている。


『クークー(ぼくもくるっとしてほしいの)』


 シュカがそんな絶対にかわいくなることを言うから、試作品の小さめの風呂敷を三角に折って、バンダナ風に首元に巻いた。


「おお、シュカもかっこいいな」


『クー!』


 ゴディアーニ辺境伯、上のお兄様夫妻、ペリウッド様とエヴァで5セットね。あとレオさんの甥っ子くんたちに果実水のセット。

 よし、準備オッケー。

 あとは、お料理といっしょに出す分のワインも用意する。


「これを上に持っていけばいいか?」


「はい。お願いします」


 出すワインはお土産用のワインと同じものだ。

 後日飲みながら思い出を楽しんでもらうという趣旨で、同じものでそろえることが多いらしい。

 そのあたりは主催者次第で、今回はゴディアーニ辺境伯の意向なのだそうだ。


「――――父上なら、三本ずつにして料金を高くしてもよかったな……」


 という言葉は聞かなかったことにしておくべきか、さすが総責任者と拍手を送るべきか、迷うところよね。









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