申し子、初仕事


 ※工房長の名前がちょっぴり変更してます。(発音的なとこで調整しました)




 ―――――――――――――――


 休日の朝。

 国土事象局の調査が始まる日で、おやしき内はお客様を受け入れる準備でわさわさしていた。

 ゴディアーニ辺境伯家の方からお手伝いの人が到着して、アルバート補佐やマリーさんとテキパキとこなしている。

 つけいる隙……じゃなくてお手伝いする余地なんてないわよ。

 なので、調査の人たちが来る前に、配達の初仕事に行くことにしたのだ。


「ユウリ、これを持っていってくれるか?」


 とレオさんが持ってきたのは、小さめの樽。見るからにお酒。


「中身はダークエールだ」


「ダークエール、ですか」


「ああ。少し濃いめのエールだ」


 エール、いいわね!

宵闇よいやみの調べ』でちょっと飲んだけど、日本のビールよりもアルコール度数が高めで、コクがあってフルーティだった。フユトは、ホップが軽いんじゃないかって言ってた。

 ダークエールって聞くからに濃そう。おいしそう。

 バルーシャ工房長がジョッキ持ってたら、すっごい似合いそうよね。


「これは取り引き始めの挨拶用になる。よろしく頼む」


「――――は、はい。預かります! 確実にお届けします!」


 ピシッと敬礼すると、苦笑いされた。


「シュカも頼むぞ」


『クー!』


 レオさんに見送られて、あたしは『七色窯』の前へ[転移]した。



 ◇



「こんにちは、ベイドゥ」


「あっ! ユーリとシュカ! いらっしゃいだし!」


 少年ドワーフがニカッと笑顔を向けた。

 ドワーフは“さん”とか“様”とかをあまり使わないと、前に来た時に教わって気安い感じに呼び合うことになったのだ。


「工房長はお仕事中?」


「そうだし。もうちょっとで休憩時間になると思うだし」


 朝早めの時間に来たのに、工房長たちはもうがっつりと働いているみたい。働き者だなぁ。レオさんなら、まだ食後のコーヒー飲んでるような時間なのよ。


「持って行ってもらうものはもう箱に詰めてあるだしよ」


 そう言ってベイドゥが持ってきた木箱は五箱。割れ物のガラス製品が入っているからか、小さめの箱だ。


「確認させていただきます」


 ふたを開けると分厚いビニールのような緩衝材に包まれたグラスが、几帳面に詰められていた。

 手に取り開けてみると、色ガラスの花が華やかなワイングラスだった。足が短めなのもかわいい。


「……すごいかわいい。これも工房長が?」


「そうだし。前に作って売れずに物置きにあったものだし。今はまだ色ガラス飾りは親方しか作れないけど、これから母ちゃんもまた練習できるって。そのうち母ちゃんのも店に出るだし!」


 デルミィ副工房長のものも楽しみ!

 次々とグラスを見ていくと花の他に葉の飾りや、ブドウの飾りが付いているのもあった。


「うわー、かわいい……すごいかわいい……葉のは白ワインで、花が赤ワインがいいかな。自分用にも欲しくなっちゃうわよね。このブドウのはあたしが買い取ろうかしら……でもどれもステキでどれも欲しいわよ。ああ……悩ましいっ……」


「――――あー、ありがとだすな。嬢ちゃん」


「はぅ?!」


 すっかり見入ってたところに、声をかけられた。顔を上げると、真っ赤な顔のバルーシャ工房長と、笑顔のデルミィ副工房長が立っていた。


「ユーリ、本当にありがとうだすよぅ。親方なんてあれ以来張り切っちゃって……ビンも作ったんだすよ」


「は、張り切ってなんぞないだっす!!」


 立ち上がり、副工房長が差し出したビンを手に取る。

 ハーフボトルくらいの高さで首がほとんどない形だ。側面にはワインレッドの花の飾りが一つ付いていた。


「……かわいいです……! 工房長、これすごく好きです!!」


 まさにこういうのがよかったの! 女子が見てうれしくなるボトル!

 絶対にバスタイムが楽しくなる!


「こ、これは、あれだっす……ほら、その……」


 耳まで真っ赤にして眉間にしわを寄せて工房長がごにょごにょ言っていると、ベイドゥが横から口を挟んだ。


「ユーリにプレゼントだって言ってただし! 鞄の色と同じだっし!」


 ああ! たしかに、この魔法鞄と同じ色!

 びっくりして工房長をまた見ると、すごい顔してそっぽ向いていた。


「持っていくだっす! つ、使ってみないとわからんだっす! 試しに使ってみるだす!」


「……はい。ありがとうございます。大事に使いますね」


 かたくなに横を向いたままの工房長だったけど、小さくうなずいたのが見えた。


「こちらの箱の中は全部確認させていただきました。こちら受け取り証です」


 レオさんのサインがある紙を副工房長へ渡し、木箱を魔法鞄へ入れる。

 そうそう、あれを忘れずに渡さないとね。


「――――と、こちらは領主から、ご挨拶のしるしです。お納めください」


 どーんと出した樽を床に置く。

 バルーシャ工房長とデルミィ副工房長の目が輝いた。


「えっと……ダークエールだそうですよ?」


「ダークエールだすかぁ! 領主様、わかってるだっすねぇ!」


「うむ、よくできた領主様だっすな!! よし、今日の仕事をダッタカダッタカ終わらせて飲むだす! 嬢ちゃんも来るだすか?!」


「それはいいだすなぁ! 夜はあげイモ作るだすよ!」


「デルミィ、秘蔵の火熊のソーセージも出すだっす!」


「そうだしそうだし! ユーリもシュカも来るだし!」


『クー! クー!!』


 あああああ、なんて魅力的なお誘いよ……!!

 シュカまですっかり乗り気だし!


「うぅ……今晩は、お客様が来るので……くっ……来れないんです……」


「そうだっすかぁ、残念だっすぅ」


「うむ、だすが違う日に飲みに来るといいだす。まぁだいたい毎日飲んでるだすからな!」


 今度ぜひよろしくお願いします! おつまみ、火熊のソーセージとか言ってた?! 魔獣よね?! 気になりすぎる!

 ゴキゲンな二人は、やる気に満ちた様子で奥へと戻っていった。

 残されたベイドゥは、ちょっとさみしそうな様子でシュカを撫でている。


「……また今度飲みに来るからね」


 いきなり目の前で[転移]するのは無作法らしいので、あたしは建物の外に出て手を振った。


「うん、待ってるだし。ユーリたちが来てから家がまた明るくなっただし。ありがとうだっし!」


 少年にそんなことを言われると切ないわね。

 魔法が発動する寸前に「……父ちゃんがいたらよかったのに……」というつぶやきを聞いて、さらに胸が痛くなったのだった。





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