* 伯爵令嬢の憂鬱


※長くなってしまったので分けます。続きは明日!



 * * *



 家に居場所はない。


 バスクード伯爵家の長女であるヴィオレッタは、思わず出てしまったため息を扇子で隠した。

 目の前では妹たちが醜い争いを繰り広げている。

 王都にある伯爵家別邸のティールームでくつろいでいたところに、二人が突然入ってきたのだ。


「若いわたくしの方がいいに決まってますわ!」


「学院で主席だったわたくしの方が侯爵夫人に向いてます!」


 どこぞの侯爵家跡取りへの声かけを、どちらがするかということで揉めているらしい。


「お姉さまはどちらの方がいいと思われますの?!」


「もちろんわたくしですよね?!」


「……ふ、二人で声をかけたらいいのではないかしら?」


 扇子の影で引きつりながら答えたヴィオレッタだったが、妹たちは気に入らなかったらしい。


「まぁ! お姉さまったら恥ずかしいですわ! 姉妹で同じ方にお声をかけるなんて!!」


「そうですわよ! まるでわたくしたちが必死みたいではないですか! はしたない!」


 必死にしか見えなくてよ?!

 白目になって固まると、妹たちはそれぞれ扇子を開いた。


「こんなことだから、お姉さまはいつまでたってもお相手が見つからないのですわ」


「行き遅れだなんて、『北方の紫のバラ』も過去の栄光ですわね」


 つんとあごを反らし「もうお姉さまはお茶を飲まれたでしょう、わたくしたち喉が渇いているのですわ」と追い出された。

 一体なんだというのか。

 ヴィオレッタはもう一度ため息をついた。




 バスクード伯爵の長子である彼女は、本来なら伯爵を継ぐ立場にあった。

 この国では女性が爵位を継ぐことはさほど珍しくない。男女関係なく第一子が優先される。

 ヴィオレッタは王立オレオール研究院統治科を悪くない成績で卒業しているし、美しく社交の手腕もある。伯爵となるのになんの不足もないはずだった。


 しかし、第一子であることよりも、結婚して後継ぎがいることはさらに優先される。

 第二子であり長男であるヴィオレッタの二歳下の弟は、学院でさっさと相手を見つけ婚約し卒業と同時に結婚。当然のように伯爵領の領主邸に住み、さくっと後継ぎを作ったのだった。


 その時点で、ヴィオレッタは自分が伯爵になることはないかもしれないと思った。

 それなら弟夫婦にはきっちりと領を治めていただきたい。

 弟の甘いやり方に喝を入れ領経営手腕を叩き込み、嫁いできた義妹には自身も子も守れるようにと護身術を教え、立派な小うるさい小姑となった。


 小姑に対して泣き言を言う息子夫婦かわいさに、父母はヴィオレッタを王都の別邸にやることに決めた。

 ついでに結婚相手を探さなければならない妹たちも送り出した。


 そして今に至る。


 ヴィオレッタはお茶を飲んだら出かける予定だったので、仕方なくそのまま出ることにした。

 今日は学生時代からの友人たちとのお茶会だった。

 文官を経て同じく文官の夫と結婚した友人と、実家に出入りしていた商家へ嫁いだ友人。どちらも共に研究院統治科を卒業した仲だ。


「ヴィオレッタ様、お久しぶりですわね」


「ごきげんよう。お二方ともお変わりありませんこと?」


「ヴィオレッタ様は相変わらず光り輝いていますのね」


 ひとしきり挨拶をしてお互いの近況報告などをした後、文官夫人がそういえばと話を始めた。


「北方の獅子様、とうとう結婚なさるようよ」


「――――えっ……?」


 突然の話に驚くヴィオレッタに、商家の夫人もそうそうと話を続ける。


「その話聞きいておりますわ。知り合いの宝石商が『揃いの宝飾品を作られて、結婚間近のようですよ』って言ってらして」


「……もう縁談は受けないって聞いてましたのに……」


 ヴィオレッタは呆然としながらつぶやいた。


 このレイザンブール王国では『道は自らの手で作れ。縁は自らの手で結べ』の風潮が強い。王子ですら恋愛結婚だ。

 北方海を越えた北の大国ノスドラディアでは、貴族は政略結婚以外の選択肢はないというのに。


 それでも政略結婚が全くないわけではなかった。

 婚約破棄後すぐにまた縁談が来るなんていうのは、強大な国軍北方師団の指揮権を持つ辺境伯、ゴディアーニ家だからだ。

 北方に属する領であれば、属する領でなくても、その縁が欲しくない者などいない。


 三男であるレオナルドの縁談も二回とも相手方からの強い希望だったらしい。

 その二回ともが破談になった時、辺境伯はもう一切の縁談を受けないことにしたという。

 レオナルドが研究院を卒業間近の十七歳の時のことだった。


 ――――もうあの方は結婚などされないのかと思ってましたわ……。


 学院には十歳になる年から入学できる。そこで五年間学んで、さらに学びたい者は研究院へと進学する。


 ヴィオレッタが学院に入った年、レオナルドは研究院へ進んだ。

 本来であれば違う学科の研究院生を見かける機会はほとんどない。だが上級生である第二王子殿下の学院内護衛をレオナルドがしていたため、時々見かけることがあった。


 華やかな取り巻きの中で、体も大きく厳しい顔をしたレオナルドは異彩を放っていた。

 恐ろしいと多くの生徒たちに恐れられていたその顔を、ヴィオレッタは神殿にある彫像のようだと思っていた。


 ――――厳しくそして美しい――――。


 女生徒たちにあんなに怖がられていた人だ。

 待っていればいつか他に相手がいなくて、自分を選んでくれるのではないか。

 そんなずるいことをぼんやり夢見て、何もしてこなかった罰なのだろう。


「――――小柄で黒髪の女性衛士と仲良さそうに手を繋いでいたそうよ」


「……あの恐ろしい方が?!」


「デレデレですって。優し気な笑顔を見せて、恐ろしさは全くないと夫が言ってたわ」


 あの、獅子が、手を繋いで、デレデレ。


 ヴィオレッタは倒れるかと思った。

 ものすごく好きだったわけではない。薄ぼんやりと憧れていただけだ。

 それでも、大変な衝撃を受けた。


 どこかで仲間だと思っていたのだ。あの方が結婚してないんだから大丈夫だと。勝手に安心していた。

 でも、大丈夫ではないらしい。どうやらおいていかれるらしい。


 せっかくの楽しいお茶会だというのに、その後の話はどうにも身が入らなかった。





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