申し子、水面下の策略
「――――こんばんは、メルリアード
あごを反らし気味に上から目線の美女は、口元を扇子で隠した。
さっき身体検査をした時に見かけたような気がする。
豪華な金髪、ツリ目に神秘的なアメジストの瞳。絵に描いたような悪役令嬢そのものよ。ちょっとときめく! だって、悪役令嬢モノの小説好きなんだもの!
それにしてもこっちの世界は美人が多すぎませんか。目鼻立ちくっきりで背もすらっと高くてうらやましい。
「バスクード伯爵令嬢、こんばんは。何かご用でしょうか」
うわ、なんと冷ややかな声……。男爵様、社交の場でそれでいいのですか……。
平民のあたしが心配になるくらいの塩対応。
だけど、相手の伯爵令嬢とやらも負けていない。
「用かとはご挨拶ですこと。パートナーも伴わず夜会に参加する卿に、一曲お付き合いしようかと思っただけですわ」
「私のことはお気遣いなく。ご令嬢がお誘いになれば、みなさんお喜びになられるでしょう」
えええーーーー?! 待って! ご令嬢のそれってツンデレのツンじゃない?!
ほら、レオさんがそんなこと言うから、傷ついた顔したわよ。
「――――メルリアード卿、今宵は涼風宴。年に二度しかない大舞踏会ですわ。その大事さをご存じでございましょう? ですのに一曲も踊らないつもりですの?」
令嬢のもっともなセリフに、となりでため息をついたのがわかった。
「団長、わたくしは巡回に戻ります。――――失礼いたしました」
伯爵令嬢に目礼をして、下がる。
「ユウリ……」
かけられた小さい声には、振り向かなかった。けれど、少し歩いてから振り返ると、大きな背中が美しいドレス姿をエスコートしているのが見えて、見なければよかったと後悔した。
舞踏会は見たかったけど、もうダンスを見る勇気もなく、ホール外を巡回をしていた。
「――――そこの衛士のあなた」
予感がして振り返ると、さきほどの伯爵令嬢がまっすぐに見ている。
あたしはにっこりと笑った。
「――――はい。何かお困りですか?」
「ふぅん……そこで笑えるんですのね。ねぇ、ちょっと付き合ってくださる?」
もしかしてこれって呼び出し?
「勤務中なので、私的なお付き合いはできかねますが」
「具合が悪くなった人に付き添うのなら構わないのではなくて?」
「……お付きの方はいらっしゃらないのですか?」
「ええ」
「狐がいっしょでもよろしいでしょうか?」
『クー!』
「……仕方ないですわね。いいですわよ」
あら、なんかちょっとうれしそう。
狐好きに悪い人はいないと判断して、あたしは空話具で来客対応の報告をした。
休憩用の
伯爵令嬢は近づいて来たティー・レディに手際よくお茶を頼み、最奥のスペースを陣取った。
「あなたもかけたらいかが?」
「仕事中ですので」
「では、その……白狐様だけお預かりしますわよ?」
『クー!』
シュカは肩からさっさと降りて、豪華なドレスの膝の上に乗った。
……シュカめ、かわいがってくれる人なら誰でもいいのか……。
ちょっと複雑な気持ちで眺めていると、令嬢はうれしそうに毛を撫ではじめた。
紅茶と軽食が運ばれてくると、再度椅子を勧められる。
紅茶のカップが二つある以上、いいわよね。
あたしは「失礼します」と向かいの長椅子へかけ、制帽のつばの影で目線を隠しながら、令嬢を観察した。
改めて見ても超美人。ちょっとキツめだけど。年は多分同じくらい。二十を過ぎたばかりには見えないし、けど三十はいってなさそう。貴族の結婚は早いって聞いてるけど……伯爵令嬢ってことは結婚してないってことよね。
この距離で香水を感じられないのに好感を持った。
令嬢は紅茶を一口飲んでから、口を開いた。
「――――あなた、レオナルド様とはどういうご関係でいらっしゃるのかしら」
「部下、ですね」
「とぼけるんですの? 城内で国王陛下の獅子と手をつないでいた黒髪の衛士って、あなたのことでしょう?」
ぐふっ。
喉の奥の方で変な声が出た。そう言われるとすごい破壊力なんだけど!
「――――そ、それでは、国王陛下の獅子と城内で手をつないでいた黒髪の部下ということで」
「ちょっと! 部下はそんなことできるって言うんですの?! うらやましいですわ!」
令嬢がなんかおかしなことを言いだした。
そこんとこ詳しく! と、前のめりに目がギラギラしている。
「……昼食を同席したり、近衛団でお酒を飲むことはあります。職場が同じということは、そういうことです」
「……悔しい……! 城内ではそんなうらやましいことが起こっていたなんて!」
「――――失礼ですが、もしかしてお嬢様はうちの団長のことがお好きなのでしょうか?」
赤く染まった顔が扇子に隠れた。
「ち、違いますわ! あんな恐ろしい顔の男性好きなわけないでしょう!」
「そうですか。でしたら、わたくしと団長の関係は気になさることではございませんよね」
「えっと、ですから……あんな恐ろしい方となぜ親しくしているのか、どういうつもりなのか知りたかったというか、気になったというか……」
「それを話す必要を感じませんが――――わたくしは、団長の顔を怖いと思ったことはございません。どちらかと言うと……素敵だと思っております」
「なんと……なんということですの……」
はらりと扇子が落ちる。
呆然とした令嬢はわなわな震え、見開いた目をこちらへ向けた。
「……そう……ですわ……そうなんですのよ!! レオナルド様、素敵ですわよね?! 恐ろしいけど素敵なんですわ!!」
膝の上にいたシュカをギューギュー抱きしめるので、シュカは『クキューー!』と鳴いた。そんな鳴き方するなら戻って来ればいいのにと思ったけど、どうやら楽しいらしい。……そう、スリルを楽しむスタイルなのね……。
「ああ、やっと話ができる方がいたわ! わたくしも本当は学生のころからそう思っていたんですの! ただ、周りの方々はみんな恐ろしい恐ろしいとおっしゃって、とても言い出せなかったのですわ」
ああ、学生の時はね……。女の子のグループだとそういうのあるわよね……。
わからないでもないけど、あたしは絶対にしないわ。好きな人を悪く言うなんて、例え隠れてだってイヤだもの。
ヴィオレッタと呼んでちょうだいと伯爵令嬢は名乗った。
そして遠い目をして、思えばきっとわたくしと同じような人もいたのでしょうね……と続けた。
「あの方は学院でも目立って大きかったですし、目元も厳しかったので、本当に苦手な令嬢もいたとは思いますわ。お一人目の婚約者の方も、あんな
……聞くつもりなかったのに、レオさんの婚約破棄話を聞いてしまったわ……。
「でも二人目の方は……あの方は多分レオナルド様のことを嫌いではなかったと、今なら思うのですわ……」
「そう……ですか」
「――気になりませんの?」
気にならないわけじゃない。わけじゃないんだけど……本人がいないところで聞くのは違うと思うのよ。何より、気になっていることをこの令嬢に知られたくないわ。こちらの情報を渡したくない。
それに――――そうね、ヴィオレッタ様ならいいかもしれない。
あたしは口元だけでにっこりと笑った。
「ヴィオレッタ様は気になりますか? 例えばレオナルド団長が、執務室で書類を前にむずかしい顔をしているところですとか、近衛団の青薔薇ことキール護衛隊長と並び立って指導しているところですとか」
「――――ふぁっ?!」『グキュー!』
「上品な所作で食事をする姿ですとか、飲み会でさりげなく優雅にワインをサーブしてくださるところですとか」
「――――うっ!!」『ムギュー!!』
「城内で襲ってきた不届きな暴漢を倒して、部下を守ってくださったり」
「――――なんと…………」『クゥー……』
「よくやったなとほんのり笑顔でほめてくださったり」
「そ、そんなの、死んでしまいますわ!」『クキュークキュー!!』
「――――気になりますか?」
問いかけると、ヴィオレッタ様はブルブルと震えながら顔を赤くした。
「き、気にならないわけないじゃないの!!」
あたしはこの世の終わりを告げるように言った。
「そうですか、残念です。近衛団でならすべて見られるのですが――――」
「――――くぅっ…………!!」『グギュギューーーー!!』
命の終わりのように鳴いたシュカが、やっとこっちに戻って来た。
揉みくちゃにされてて大騒ぎしていたくせに、どこか満足そうな顔をしているわよ。どうしようもない狐ね。
あたしはさらにさりげなくつぶやく。ちょっとだけ脚色して盛って。
「近衛団警備隊は、城の行儀見習いに上がるのとそんなに変わらないのですけど、男の人と知り合う機会が多すぎるのが困るんですよね……。たくましい近衛団の男性の他に、文官の方々からもたくさん声をかけられたりするので、ホントおすすめできないのですが……」
ヴィオレッタ様は扇子をぎゅっと握りしめ、
「…………待っていればいつかチャンスがと思っていたけど……そうよ、このまま行き遅れと言われて家にいるよりは…………」
小さく独り言をもらした。
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