第三章 旅立ち編
申し子、責められる
「あれぇ、メルリアード男爵夫人じゃないですかぁ。いらっしゃい~」
『銀の鍋』の扉を開けると、ニヤニヤとしたピンク髪の店主に出迎えられた。
「な、え、ちょっと! ミライヤ! 変なこと言わないでよ!」
シュカはさっさと肩から降り、ミライヤの手からちゃっかりシリーゴールの実を食べさせてもらっている。
「全然変なことじゃないですよぅ。おめでたいことじゃないですか。夏至祭に行ったんですよね?」
「そうだけど…………なんでミライヤが知ってるの?」
「それはペリウッド様が教えてくれたからですぅ」
「……え? レオさんの下のお兄さんの?! え?! なんでペリウッド様?!」
「時々、白狐印の
辺境伯の次男様が配達ってどうなってんの?!
ミライヤはふふふと笑っている。
しばらく来なかったのを責められている気配もあるわよ。それは悪かったけど、こっちも忙しかったのよ……。
『デスガリオ伯爵家反逆事件』の後、ちょっとばたばたしていた。あたしも関わってしまったからいくつか事情聴取を受け、数枚の報告書を書いたり。
そして、「魔法鞄しか持ってこなかったけど、中に持ち込みたいものがあるので袋が欲しい」人のために、ミニトートバッグを売る企画も立てていたりした。
魔法鞄預かり具の横に無人販売庫を置いて、必要な人には買っていただくスタイル。
手荷物検査をしやすいように、浅くマチがひろいデザインで、お化粧ポーチが入るくらいのごく小さいものと、ランチバッグにできるくらいの小さめのもの、書類や本が入るくらいの大きさのものの三種類がある。
作っているのは金竜宮のお針子軍団、
空き時間に余った布の端切れなどで作ってもらっていて、売り上げは国の孤児のために使われることになっている。
余った布で作ったバッグとはいえ、王城の布なのでモノは大変よいのですよ。
しかもお針子さんたちノリノリで、エンブレムが入ったタグを作って付けたので、王城みやげとして人気が出てしまいました! 手荷物用として使わない人まで買っていっちゃうのよね。
端切れだからいろんなデザインのものがあり一点ものだということも、コレクターズアイテム化に拍車をかけてる。
かくいうあたしも、ついつい販売庫を覗くのが習慣になってるわ。だってステキなのが日々置かれてるんだもの。
その王城トートバッグをカウンターに乗せる。
「――これ、お土産なんだけど、なかなか来ない薄情な友人からはいらない?」
「キャー! いります~!! ユウリ、ありがとう!」
バッグの中には、メルリアード男爵領で買ったバターたっぷりの焼き菓子を入れてある。
現金な友人は、笑顔で中を覗いた。
「おおう! 男爵領のお菓子! さりげなく広げようとするとはさすが夫人。抜け目ないですぅ」
「もう! その夫人ってやめてよ。全然そんなんじゃないのに」
「ええ?! だって夏至祭に行ったんですよね?!」
「行ったわよ?」
「…………まさか。――――あぁっ、ユウリって他の国の人だったっけ!」
ミライヤは頭を抱えている。そして、はぁ……とため息をついた。
「いいですか、ユウリ。心して聞いてくださいよ? 夏至祭というのは冬至祭というか新年祭と対になる、格式高い祭りなんです。なので、いっしょに行く相手は基本的には配偶者で、あとは結婚予定の恋人とか婚約者と決まってるんですよ」
「―――――――え?」
「夏至祭にいっしょに行きませんかは、恋人になってくださいということです。誘われて、行ったんですよね?」
「さ、誘われた。…………え?! でも! そんな話聞いてないわよ?!」
「……はぁぁぁ……、もう団長様も変なところで詰めが甘いというか、抜けてるというか……それともわざと……?」
ミライヤがさりげなくひどいことを言っている気がしたけど、ほとんど耳に入らなかった。
えええええーーーー?! そんなの、聞いてないんだけどーーーー!!
顔が熱くなっていく中、数日前のことがよみがえった。
王城でも夏至祭があるからと近衛団の配置人数が多い中、仕事後に一人で城を抜けて男爵領へ行った。
もう[転移]は使えるし、レオナルド団長は仕事でギリギリになるから、先に支度をしていましょうと、アルバート補佐に言われていたから。
祭りの支度のお手伝いかぁ。何するんだろう。飾り付けとか?
メルリアード領主邸(元ゴディアーニ辺境伯別荘)へ入っていくと、アルバート補佐の奥さんマリーさんが出迎えてくれた。そのうしろにくっついていた息子のミルバートは、「しゅかきた!」と、目を輝かせている。
「ユウリ様、お待ちしていました。さぁ、こちらへ」
今日はお祭りのせいか、侍女さんや従者さん衛士っぽい人などが屋敷の中にいる。前は全くいなかったのに。なんか領主邸っぽくなってるわよ。
「今日はすごいですね。人たくさんいるんですね」
「夏至祭ですからね。本家の方から手伝いに来てもらってるんですよ。あちらは人手もあるし使用人たちも慣れたもんですからね」
マリーさんに案内されて通された部屋には、ずらりと並んだ侍女さんたちが。
「……え?」
「みなさん、こちらがレオナルド様の大事なお客様の、ユウリ様です。よろしくお願いしますね」
「「「はい!」」」
「では、ユウリ様。後ほどお迎えにまいりますね」
「え、マリーさん、ちょっと……」
「さぁさぁ、ユウリ様。こちらへどうぞ」
ベテラン風の侍女さんがものすごい笑顔で部屋の中の扉を開けた。
あれ? 前に泊めてもらった部屋だと思ってたけど、そんなところに扉あったっけ?
促されて入れば、真新しい豪華なドレッサーとクローゼットが並び、さらにその向こうはお風呂場になっている。
「まずは湯あみからになりますよ。時間がございませんので、申し訳ございませんがお急ぎくださいませ」
え? え?! 祭りの仕度って、あたしがお仕度されちゃうってこと――――?!
湯あみのちマッサージ。ドレスを着せられてお化粧されて髪セットされて、なんか王城に来たころを思い出しましたよ。ええ。
すっかりなすがままで仕上げられたのは、白いドレスのご令嬢。誰よ、これ。
高い位置でハーフアップにされた髪はレースで飾られ、ノースリーブのドレスもレースをふんだんに使ったふんわりとしたものだけどボリュームは控えめで、子どもっぽくない。品よくエレガントな仕上がりだ。
仕上げに二の腕まである手袋をつけたころ、トントンと扉がノックされた。
入ってきたレオナルド団長も白いスーツを着ていて、心臓が跳ねる。
けけけ結婚式っぽい…………!
「……っ。ユウリ……もう、行けるか?」
「は、はい……」
すっと手を差し出されエスコートされる。
こういうところはやっぱり貴族なんだなと思う。
「レオさん、今日は白なんですね。いつも黒だから新鮮です」
「ああ、夏至祭の服は白と決まっているんだ」
そうか、あたしが持ってないだろうからって用意してくれたんだ。
「そうなんですね。あの、用意していただいてありがとうございます」
「来てもらうのだから、このくらい当たり前だ。…………その、すごく似合っている……」
「あ、ありがとうございます……」
レオさんが赤くなるからー! 社交辞令だっていうのにあたしもテレちゃうじゃないー!
お屋敷から出る時に、レオナルド団長はアルバート補佐から受け取ったストールを肩にかけてくれた。
「夏とはいえ、こちらは冷えるからな」
青い瞳に優しく見つめられて、心臓はばくばく言うし、もうどうしたらいいか……。
その後、男爵領の神殿まで馬車で行き、レオナルド団長のとなりで祭りを楽しんだ。
祭りの半分は神官が執り行う厳かな神事で、あとの半分はふるまい酒やら領民の舞や歌で領内の交流を深めるものだった。ワインは美味しいし、みなさんが声をかけてくれてとてもうれしかったのよ――――……。
「――――それで、ただの招待客だと思ってたと?」
「…………だって、何も言われなかったし……。あたし、他の国から来てるし、レオさんがこっちの文化を見せてくれたんだなぁって……」
「まぁ、ユウリがそう思いたいなら、それでもいいですけど?」
でも、でもさ、恋人って思い込んで勘違いだったら痛い人だし、キツイじゃない……。
ミライヤにじとーっと見られていたたまれなくなり、あたしは早々に店を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。