申し子、前に


「お客様、約束がない者との面会はできないとのことでございます。お引き取りいただけますか」


 そう言った時のローゼリア嬢の顔ときたら!

 キイーっ!! と言ってにらみつけましたよ。キイーって本当に言う人初めて見たわ。舞台女優さんになったらどうかと思うほどの、みごとな激怒よ。


 あたしのせいじゃないわよ、空話で連絡してたの見てたでしょうよ。それで団長が「悪いが約束がない者とは会えないと伝えてくれるか」って言ったんだから、仕方ないでしょう。

 キーキーわめかれていい気分はしないけど、ここで進入を止めるのがあたしたちの仕事。

 無理に通ろうとするなら拘束もやむなしよ。




 ここまですればもう来ないだろうと思っていたのに、次の日ローゼリア嬢はまた来た。


「レオナルド・ゴディアーニ近衛団団長は、本日所用によりこちらへ来ることができません」


「連絡もしないとはどういうことですの?! わたくしをなんだと思ってますの?! メルリアード男爵様の婚約者でしてよ!!」


「本日は席を外してますので、連絡できません。ご了承ください」


 婚約者だろうがなんだろうが、いないもんはいないし、来れないもんは来れないのよ。

 本当ならもう少し柔らかく言うんだけど、無理。婚約者とか、ウソなのか盛って言ってるのかわからないけど、もうホント無理。


 シュカもカウンターの上に乗り、シャーシャー毛を逆立てて威嚇している。

 ひとしきり騒いでローゼリア嬢は帰っていった……と思いきや、数分後に戻ってきた。

 見るからに貴族っぽい、襟からあわせに派手なステッチが入ったジャケットのでっぷりしたおじさんを伴って。

 ええ? 父親同伴なの? いやさらにもう一人いる。こちらも派手な服の腹のでっぱった男。見たことあるような――――――――。


 って!!!!

 悪ダヌキじゃないの!!!!


 派手なスーツで気付かなかったわよ!!

 謹慎中のくせに出歩いていいの?


 でっぷりしたおじさん貴族が、偉そうな態度で受付まで来て、そのまま通ろうとした。


「恐れいりますが、どういったご用件でしょうか? 通行許可証がない者はその先に入ることができません」


「ああ、そこの息子が許可証を持っている。それでよいな」


 …………息子。ってことは、これ、悪ダヌキの父親か! ローゼリア嬢が当然のようにうしろについているけど、親戚か何かなの?!


「――息子さんですか?」


「お前の上司だろう? グライブン・マダック警備隊長だ。わかるな? 制服じゃないからわからなかったか? グライブン、お前からも言いなさい」


「……あ、いや、父上……」


「恐れいりますが、現在警備隊長はマクディ・メッサですが。それにグライブン衛士は謹慎中のため、中に入る資格を有しません」


 あたしがきっぱりとそう言うと、悪ダヌキ父はわかりやすく顔色を変えた。


「お前はどこの家のものだ! わしをデスガリオ伯爵と知っての言葉か!」


「どなたであれ、正当な理由がなければお通しできません」


 この様子じゃ、あたし一人では止められないかもしれない。物理的になら止められるけど、それは最後の手段。

 調べられたらゴディアーニ辺境伯の名前が出るだろうし、迷惑はかけたくないもの。


『こちら玄関口、応援お願いします。こちら玄関口、突破されそうです。応援お願いします』


 空話具で応援要請を出すと、真っ先に飛び込んできてくれたのは玄関外の衛士だった。玄関外はいらないとか言ってすみません!


 が、元上司とその父の伯爵とよくわからない派手なご令嬢相手に、おろおろするばかり。

 あとは巡回者が誰か来てくれるかもしれないけど、期待はできない。


 空話具のチャンネルを変えて、もう一度応援要請を出した。


『――――わかった。すぐ行く』


 答えるはずのない声が耳に届いた。


「――――理由はある! デスガリオ伯爵がメルリアード男爵に会いにきたのだ! 小娘そこをどけ!」


「正規の手続きを済ませるまでは通すことはできません! それが規則だからです! 王城の規則を破るとは陛下のご意思を無視するということ! それでも通ると言いますか?!」


「それを言うているのは、小娘、お前だけだ! 貴族が通ると言っているんだ、そこをどけ! グライブン、黙らせてしまえ!」


「はい、父上! お前のことは気に入らないと思っていた! 新入りのくせに偉そうにしやがって! 女だと思って甘く見てたが、痛い目に合うがいい!」


 憎々しげにこっちを見た悪ダヌキは、勢いよく腰のサーベルを抜いた。


 ――――この男、王城で抜刀したわよ――――?!


 サーベルをふりかぶり、あたしに向かってくる。


 仕方ない――――!

 腰の棒を抜こうとした時。


 背後から近づいてきていた足音と大きな背中が、あたしを追い越した。

 レオナルド団長が、突っ込んできた悪ダヌキの腕を払い蹴りを食らわせる。


「――――グライブン!! どういうことだ!!」


 悪ダヌキは床に叩きつけられ、聞きなれたレオナルド団長の低い声がホールに響き渡った。


「……ふが……はが……」


 無様に這う男の姿に、その父が顔色をなくした。


「……な、なんたる乱暴者……。メ、メルリアード男爵、縁談を持ってきてやったのだ。ありがたく受けるがいい。そして親戚となるデスガリオ伯爵の子、グライブン・マダックを隊長として引き立てるように。そ、それで今回の狼藉は水に流してやろう」


「何か寝言をおっしゃったか? デスガリオ伯爵」


 もう、背中だけでもわかる。国王陛下の獅子がすんごい怒っているわよ……。


「ひっ……む、無理ですわ! おじさま! いくらおじさまに言われましても、こんな恐ろしい男……」


「む、無理じゃない! お前の家の借金は誰が払ったと……。メルリアード男爵、縁談だ縁談! 二度も逃げられたお前に嫁を連れてきたのだ。ありがたく思え!」


 足音やささやきを交わす声がどんどん増えている。

 そんな大勢の中で、レオさんがこんなこと言われる筋合いないじゃない……!


 あたしは悔しくて、団長の前に飛び出た。


「馬鹿にしないでよ!! 縁談なんてい……」


「――――余の城で騒ぎを起こしているのは誰か」


 ホールが静まりかえった。


「へ、陛下っ……!」


 振り向くと落ち着いた濃紫のマントを羽織った上品なおじいさまがが近づいてくる。エクレールが先導し、キール護衛隊長以下護衛隊衛士を五人引き連れている。


 そうだ……レオナルド団長は謁見の途中に退出してきてくれたんだ。

 今日はエクレールと謁見に同席するから執務室にはいないって、玄関口へ連絡くれていた。まさか応答してくれるとは思わなかったけど。


 デスガリオ伯爵とローゼリア嬢はものすごい慌てている。そしてバタバタと伯爵は膝をつき首を垂れ、令嬢はドレスをつまみカーテシーをした。

 あたしはその場でこめかみ横に指をそろえて敬礼する。


「これはどうしたことだ? レオナルド」


 陛下が優雅だけど力強い足取りで近づき、となりに立つ団長へ問いかけた。


「はっ。デスガリオ伯爵の子グライブン・マダックが王城で抜刀したため、無力化いたしました」


「その者、近衛団の衛士ではなかったか?」


「……我が団の謹慎中の者です。私の指導が行き届いておりませんでした。お騒がせして大変申し訳ございません」


「謹慎中であったなら、近衛団に責はない。して、デスガリオ伯爵は何用でそこにおるのだ。息子ともども城を騒がせに来たか」


 陛下は不快そうな表情で伯爵の方を見た。

 伯爵は落ち着かない様子で体を動かし、悪ダヌキは床に倒れたままガクガクと震えている。


「い、い、いいいえ、と、とんでもございません! メ、メルリアード男爵に縁談を持ってきただけでございます……!」


「王城をおのが個人的なことに使うとは、どういった了見りょうけんであろうな」


「たた大変申し訳ございません!! すぐに下がらせていただき……」


 伯爵が引きつり笑いを浮かべて退出しようとしたところを、レオナルド団長が吠えた。


「王城での抜刀、反逆の意志ありとみなす! 警備隊、二人を捕らえて牢へ! 事情をお聞きするため、ご令嬢もお連れするように!」


「「「はっ」」」


 エクレールと巡回の衛士たちが、二人を拘束し奥へと連れ去っていく。

 国王陛下は団長へ軽くうなずいた。そしてあたしの前へ立ち、


「素晴らしい雄姿であったな」


 と微笑んだ。

 雄姿って……! たまらず前に出たことを思い出して恥ずかしくなる。

 顔が熱くなるのが止められないんだけどっ……!!


「あっありがとうございますっ!」


 ありがとうございますって何よ?! もっと気が利いた返事あるでしょうよ、自分! 重ね重ねどうしようもない感じ!

 陛下は優しげに「こちらこそいつもありがとう」と笑って奥へ戻っていった。


「……ユウリ、その……ありがとう……」


 頭上から降る声に、恥ずかしくてうつむく。


「あっ、いえっ……その勢いで……」


 返事がなくて、横をそーっと見上げる。

 片手で口元を覆い、あらぬ方向を見ていたレオナルド団長の顔は赤く染まっていた。


「――団長! 牢の使用許可書のサインお願いします!」


 エクレールの声が廊下の先から聞こえ、衛士たちが団長を取り囲む。


「ユウリ衛士も事情を聞きたいのですが!」


 あたしも?!

 交代の人員がもうカウンターに立ってしまっているし、仕方ないわね。飛び乗ってくるシュカを肩に乗せ、レオナルド団長のうしろについた。


 大きな背中。いつも守ってくれている優しい人。でもあたしだって守りたいと思うのよ。

 心の中でつぶやくと突然その背中は振り向き、優しい顔を見せたのだった。





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