申し子、戦いの火蓋

 

 それから数日が過ぎ、エヴァは研修を終え正式に警備隊に配属された。


 元々リリーがいた朝五番は、納品口が開く六時に金竜宮側の入り口に立つ番から始まる。エヴァは金竜宮で働いていたから、多少は気楽だと思う。


 その後は正面玄関口で馬車で出勤する方々を迎えながら出入管理、この国で言うところの出入り監視をする。通る人数自体は多くないけど、高位文官を相手にするから気は使うわね。


 その時間は隊長番がいっしょに入るから、多少はマシだと思う。ちゃんとした隊長やら副隊長なら。


 今日から悪ダヌキが戻ってくるし、付け入る隙を与えないように働かないと。

 あたしはいつも以上に気を引き締めて、納品ホールへと入った。


「おはようございます」


『クー』


 納品金にはちょっと疲れたようなエヴァが立っている。


「……エヴァ、もしかして休憩回してもらってない?」


「ええ、そうなのよ……」


 ひどい。新人さんが二時間ずっとは大変なのに。

 慌てて納品金に立った。


「休憩とってから玄関口に行ってね。ちょっとだけど休んで」


「ありがとうユウリ。上番前なのに悪いわね。ねぇ、この後ちょっと心配……。昨日まではマクディ副隊長とだったから安心できたけど、隊長とやれると思う?」


「実はあたしも隊長とは仕事したことないの。正直、心配しかないんだけど」


 二人でため息をつく。

 エヴァを見送って、納品金の交代が来るのを待つ。

 先に納品青のもう一人が来た。今日はベテランおじいちゃん衛士リアデクだった。


「おはようさんー。あれ、嬢ちゃん。納品金だったか?」


「違うんですよー。隊長が休憩回しに来ないから、エヴァと替わってあげたんです。あ、でもリアデクさんでよかった。交代来たら正面口の様子を見に行ってもらってもいいですか?」


「なんだ休憩回してもらえなかったのか。かわいそうに。そうだな、行った方がよさそうだな」


「はい。来てなかったら、いっしょに入ってあげてもらえますか」


「嬢ちゃんはいいのか? って、まぁ大丈夫か。新人の方が心配だもんなぁ」


 あたしも新人なんですけど。

 でもエヴァさんは大事な新人だからね。辞められたら、あたし辞められなくなるから。

 こっちは大丈夫。納品金の人だっているし。


 休憩回しは状況によってはないことだってあるから仕方がないとしても。この後はちゃんと時程に入った仕事だもの、玄関口に就くわよね。さすがにね、どうしようもない性格悪い狸でも、職務放棄はないわよね。


 ――――と思っていた時もありました。


 ええ。ヤツは来なかったようです。なので、忙しい時間帯を一人で回しましたよ。

 リアデクに行ってもらわなかったら、新人が一人で立ってたってことよ。

 ありえる? ないわ!




 小休憩にシュカと一本ずつ回復液を飲んで、次の配置場所の玄関口へ向かった。白狐印ですっきりしないとやってられない。

 エヴァと向かい合って敬礼して答礼してもらって、交代。ちゃんとやる時はビシッとやってるのよ。


「おつかれさま。大丈夫だった?」


「ええ、リアデクさんに来てもらったから助かったわ。ありがとう。ユウリが大変だったわよね」


 エヴァは苦笑している。ああ、笑えてるならよかった。

 逆にあの悪ダヌキは来なくてよかったかもしれない。


「エヴァ、お昼休憩の後の巡回で、団長のとこに報告行ったらいいと思うんだけど」


「国王の獅子に報告……?! えっ……それしないと駄目かしら」


「悪ダヌ……じゃなくて、隊長が来なかったの職務放棄になるし、やらかしたのが隊長だからその上に報告しないとって思うんだけど……報告しづらい?」


 報復が怖くて、密告したくないとかそういうこと?

 そういえばあの悪ダヌキ、伯爵家のゴレイソクとかだったっけ。

 いまいち貴族のそういうのピンとこないんだけど、貴族同士だといろいろあるのかもしれない。


「もし、エヴァが言いづらいなら、あたしから報告してもいいけど……」


「頼んでもいいかしら?! 団長様大きいし少し怖くて……。きっと緊張して報告なんて無理だと思うのよ……」


 え、まさかのそっち……?!


「あっ、レオさん、ちょっと大きいけど、優しいし怖くないんだけど……」


 エヴァは生暖かい目でふふふと笑い、お昼休憩へと去って行った。

 解せぬ……。


 となりが警備室なので、すぐ近くにアレがいると思って、必要以上にピシッと仕事してしまった。

 だけど、玄関口に立哨している間、警備室の扉が開くことはなかった。






「失礼します。団長、今お時間よろしいでしょうか」


 あたしが挨拶している横からシュカが跳んで行ったわよ。素早い。さっとレオナルド団長の膝に乗っている。


「ユウリ。いつも通りレオでいいんだぞ」


 苦笑されるので、あたしも笑ってしまう。前にもそれ言われた。一応、公私混同は駄目かと思ってちゃんとしてるのに。


「レオさん、今いいですか?」


「ああ、構わない。どうした? 何かあったか?」


「あ、あの、団長! 私は退室していましょうかっ?!」


 執務机の横に控えていたエクレールが突然そんなこと言う。


「え、なんで?」「どうかしたか?」


 あたしたち二人に聞かれ、エクレールは目を泳がせた。


「……いえ、なんとなく……? 鹿に蹴られそうかなと……」


 鹿? こんなとこに鹿なんていないに決まってるけど。なんの話なの。


「ああ、それはそうと、エクレール副団長候補。昇進おめでとうございます」


「あ、ありがとうございます。ユウリには大変申し訳なく思ってます……」


 お礼なんだかお詫びなんだかわからないことを言われる。


 エクレールは副団長候補として、今は団長に付いて研修中だ。副団長は隊長よりちょっと偉くて、候補なら隊長と同じくらい。いきなりすごい昇進なのよ。


 そのすごい昇進をしたエクレールは、まめまめしくお茶を入れお菓子といっしょにテーブルへ出してくれる。

 副団長候補っていうか、秘書かな?


 三人でテーブルを囲んでさぁ話をという時。

 ゴンゴンと雑なノックの音が響いた。

 なんとなく、そんな気がした。いや、なんとなくではないな。近衛団執務室に用があってこういうことしそうなのは、きっと……という推測。


 乱暴に扉が開き入って来たのは、これから話をしようとしていた張本人、グライブン警備隊長その人だった。





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