申し子、雨期の中で 2
窓からは雨が降っているのが見えた。
あたしは知らず、はぁ……とため息をついていた。
向かいのエクレールも、はぁ……とため息をついた。
となりのマクディ副隊長も、はぁ……とため息をついた。
反対側のとなりに座るレオナルド団長は、膝にシュカを乗せ困ったような顔であたしを見た。
雨は止む気配もなかった。
なんでこんなうっとおしい状況になってるのかといえば簡単なことで、食堂が混んでいて近衛団で相席したところから始まる。エクレールがいたテーブルにあたしも座らせてもらって、マクディ副隊長が混ざった。
広い食堂なんだけど、十二時過ぎだと時々あるのよね。
警備隊の衛士たちが集まれば、今一番ホットな話題はアレよアレ。
悪ダヌキ、カムバック。
あんな迷惑こんな迷惑を
「レオさん、あの悪ダ……や、警備隊長、反省したと思います?」
「ああ、どうだろうか。謹慎は初めてだったと思うし、少しは反省していてほしいところなんだが」
「反省なんてしてるわけないじゃないっすか。なんか怒られたー。なんか謹慎になったー。あの女のせいだ! って思ってますって。ユウリ、どうする~?」
うわぁ……。ありそう。すんごいありそう。
マクディ副隊長の言葉に天井を仰ぐ。
「……やっぱり、近衛団から退団するしか……」
「だめだめだめ! ユウリ、辞めないで! エクレールもいなくなっちゃうかもしれないのに! 朝番が崩壊するって!」
その言葉に、団長とエクレールは額を押さえた。
「エクレールが、なんですって……?」
「あっ! お口が滑っちゃった。てへっ」
マクディ副隊長のおちゃらけを冷ややかに流し、無言の圧を加える。
早く白状しなさいね? 神獣けしかけるわよ?
「……マクディ。仕方ない、言ってもいい。ユウリ、悪いがまだここだけの話にしてくれるか」
「はい、レオさん。わかりました」
「あー、えっと、あの、エクレールは副団長になるかもしれないから、警備隊から昇格するかもということなんだわ……。うん」
マジか……。
正直、悪ダヌキが戻ってきてもエクレールがいるからって、結構心強く思ってたのよ。
朝番はおじいちゃん衛士が多いから、みんな心が広いっていうか気が長いっていうか、悪ダヌキを甘やかしそうなの。っていうか、甘やかしてきたんだと思われる。
伯爵家の息子だし、強く言うとめんどうだし、まぁまぁそのうちよくなるべ~。的な。
そのうちっていつ!
その間に新人さんたち続々と辞めちゃうから!
「くっ……エクレール衛士、ご昇進おめでとうございます……」
「そんな恨めしそうな顔で言われても?! それに、まだ決まったわけじゃないですよ!」
「エクレール、ユウリには悪いんだが、ほぼ決まりだと思ってくれ。護衛隊からは人を出すのが難しいと言われた」
はい、朝番地獄が決定いたしました。
辞めるって言うのは簡単だけど、エヴァが心配だし、辞めるに辞められないでしょ……。
はぁ……。と、あたしはもう一度ため息をついてしまったのだった。
マクディ副隊長とエクレールは食べ終わって場を後にした。
あたしはいつもなら美味しい黒パンをモソモソと口にしている。
ああ、嫌だなぁ……。
もちろん、槍で脅されたのも嫌だったし、警備室で長々とグチグチ言われたのも嫌だった。
でも、一番ムカついたのは、移民の人たちを汚らわしいと言ったことだった。直接的に何かされたわけじゃないのに、ただ他所からきたってだけで気に入らない。そう思っているのに腹が立った。
あたしなんて他の国どころか他の世界から来てるけど、この国の人たちと仲良くしたいし、役に立てればいいなって思ってる。移民の人たちだって、そう思ってると思うんだけど――――。
不意に、頭にポンと優しい感触があった。
横を見上げると、心配そうな顔のレオナルド団長がふわりと頭を撫で、シュカが手の甲をペロリと舐めた。
ささくれ立った心が、ふっとほどける。
「大丈夫だ。その時間は俺もいる。何かあったらすぐ空話具で呼んでくれ。団長・副団長間の送信番号を教えておくからな」
「それただの衛士に教えては駄目なものじゃ……?」
「ユウリはただの衛士じゃないからいいんだ」
ただの衛士じゃなかったら、なんの衛士?
首をかしげたけど、団長は笑って何も教えてくれなかった。
* * *
『食堂で獅子の恋を無言(だったり違ったり)で応援する会』は解散の危機に瀕していた。
なぜなら二人と一匹が仲良く昼食を食べる姿を見る機会が、なくなってしまったからだ。
――――そう、わかってますとも。黒髪のお嬢さんが出入り口に衛士として立つようになったからですね。
登城して明るく声をかけてもらえると、朝から気持ちよく仕事ができます。とてもうれしいです。
が、お昼のささやかな幸せがなくなったのは、さみしいですーーー!!
お城の守護神、国王陛下の獅子こと、レオナルド近衛団団長。
ちょっと前までは、
それが小柄で黒髪の女性と現れるようになってからは、笑顔や優しい顔・困惑した顔など、いろいろな表情を見られるようになったのだ。
二人が仲良さそうに食事をする姿は、一部の人たちに癒しを与えていた。
だが、このところそれぞれ別の時間に現れており、一部の人たちには
(((((ああ、昨日も今日もあとちょっと時間がずれていれば、お二人は会えたのに……。すれ違いなんて、辛すぎる……)))))
切ないため息が食堂を満たす日々。
それが本日。
(((((久しぶりに並んで座っていますよーーー!!!)))))
『食堂で獅子の恋を無言(だったり違ったり)で応援する会』の会員たちは内心沸き上がった。
他の近衛団の衛士たちもいるけど、まぁよし。
テーブルの雰囲気がどんよりしているけど、まぁよし……?
今日はお二人が並んで座っている姿を見られただけで、満足です――――。
何人かの会員たちは、他の衛士もいることだし何も起こらないだろうと食堂から出て行った。
何人かの会員たちは特に期待するでもなく、さりげなく近くのテーブルで見守っていた。
しばらくすると、他の二人の衛士が席を立ち去って行った。
(((……………………!! いやいや、きっとなんにもないはず。他の二人がいなくなったからって、すぐに何かなんて…………)))
二人と一匹になったテーブル。
しっとりした雰囲気の中、大きな手が、黒髪をするりと撫でた。
そこには前よりも確かな、信頼感のようなものがあった(ような気がした)。
(((――――ああ、団長様!! (私たちと)会えない間に愛は育っていたのですねーーーーー!!!!)))
喜びつつも、もう、獅子には応援などいらないのかもしれない……そんな気がして少しさびしくなる『食堂で獅子の恋を無言(だったり違ったり)で応援する会』の会員たちなのであった。
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