申し子、もふもふと出会う


 東門に一番近い宿舎棟は確かに他の建物とは違っていて、形も立方体に近く、場所も一棟だけ孤立して建っていた。


こぼ亭』という看板がかかった入り口から入ればフロアは二分割されており、左手はテーブルセットが並ぶ食堂、右手の狭めのスペースは魔法鞄預かり箱に似たガラス窓の小箱が並ぶ部屋になっている。


 ――これ、卵の自動販売機に似てる!


 ガラス窓の中にはそれぞれ卵・野菜から肉さらに総菜まで並び、田舎の商店ほどの品揃え。もちろん、石鹸・タオルの日用品もある。

 入口近くに、コイン用と魔粒用の投入口が付いた箱と情報晶が置いてあった。

 各ボックスには、五百円玉ほどの大きさの情報晶だけが付いている。――『おつりは出ません』だって。ボックスを選択してあそこで払えばいいのかな。


 石鹸が二つで百レト、裏庭の新鮮卵が十個で百レト、畑のとれたて野菜(訳アリ品)籠いっぱい百レト、しぼりたて牛乳二瓶で百レト(瓶代二十レト返金します。食堂カウンターへ)肉バラエティ切り落とし百レト……どれもかなり安い。

 しかも王城の食材よ! うわー! テンション上がっても仕方ないと思う!


 これだけあれば一週間は持ちそうな量だ。

 身分証明具をあてて選択し、お支払いの情報晶にあてると、その上に半透明のスクリーンが現れ金額が表示される。

 コインを出そうと腕を動かした拍子に情報晶がピカっと光った。


 : 500レト

 : 口座払い 済


 スクリーンにはそう表示され、横の棚にお買い上げ商品がどっさりと現れた。元々品物が入っていたガラスケースの方は空になっている。

 あれ?!

 口座払いでお支払いされちゃったんだけど。銀行で口座作っただけでお金入れてないはず。なんだろう? 頭を傾げながらも魔法鞄に品物を入れた。

 払えたなら、まぁいいか?




 調合屋『銀の鍋シルバーポット』で買い物して宿舎まで戻ってくる途中、なんか気配がして振り向いた。

 すると、白くて小さくて長い生き物が後ろにいる! 何この子?! かわいい!! いつの間についてきていたの?!

 立ち止まってしゃがみ込むと、お座りしてあたしを見上げた。

 大きな三角の耳に、真っ白なもふっとした毛並み。足元だけブーツを履いているみたいに焦げ茶色だ。

 ワンコ……じゃないわよね。――――小さい狐?


『クー』


「狐? どうしたの?」


 かがんで聞いてみると、白い生き物はつぶらな瞳であたしを見上げた。


(『――いいにおいするの』)


 聞いておいてなんだけど、返ってきたわよ?

 しかもこれ、頭の中に直接語りかける念話ってやつ。


(「今、しゃべったのって君?」)


(『うん、そうなの。おねえしゃん、いいにおいする。かみさまのにおい?』)


(「え……この間、神様に助けてもらったからかな? 神様知ってるの?」)


(『かみさま、いいこいいこしてくれるの』)


 手をのばして首元を撫でると、キツネは『クー……』と鳴いた。

 白い狐は神様の使いって言われてるけど、この子もそうなのかしら。


(「いっしょにくる? 卵焼いてあげようか」)


 そう言うと、小さな白い姿はびっくりしたように固まった。


(『……でも、ぼく、足きたないからだめって……おうち入っちゃだめなの。まっ白じゃないから、かみさまのつかいじゃないって』)


(「そんなこと……このお城の人たちが言ったの?」)


(『ううん……ほかの国の人……』)


 ここの人たちが言ったのなら、この子を連れて城を出ようかと思った。違ってよかった。ここの人たちはきっとそんなこと言わない。

 あたしは立ち上がって、自分の足を見せた。


(「ほら、同じ焦げ茶色のブーツ。おそろいね」)


(『――おそろい!』)


(「いっしょに行こう。あたしはユウリ。君、名前は?」)


(『ぼく、シュカだよ』)


(「シュカ、フワフワ卵とプリプリ卵どっちがいい?」)


(『フワフワがいいの!』)


 シュカはうれしそうにしっぽをパタリと振って、あたしといっしょに歩きだした。狐もいっしょに住めるか、後でレオナルド団長に聞いてみないと。

 玄関前でシュカに「ちょっとふわっとしていい?」と[清掃]をかけると、びっくりした後に『たのしー!』だって。ふわっとは楽しいみたい。






「――――動物といっしょに住む? もちろん構わないが、犬か? それとも猫か?」


 獅子様、動物好きなのね。

 お皿を返しにきたレオナルド団長は、動物と聞いて目を輝かせた。部屋の中へ案内すると、シュカを見て「あぁ……」とつぶやいた。


 牛乳入りのフワフワオムレツを食べて満足そうなシュカは、ダイニングテーブルの椅子に座り、前足をテーブルに乗せて(『おにいしゃん、だぁれ?』)と言っている。これ、団長に聞こえるのかしら。


白狐びゃっこ……。遠見隊から見かけたと報告があったが、本当にいたんだな」


「見た人がいたんですね」


「数日前から裏の森で見かけたと複数報告があった。――そうか、神獣は光の申し子のりだったんだな……。しかも働き者の足を持っている」


「働き者の足、ですか?」


「ああ。真っ白な体に足だけ色が付いている動物をそう呼ぶんだ。主のために幸運を運んできてくれると言われているんだぞ」


(『ぼくの足、いい足?』)


 シュカはうれしそうにしっぽをパタリパタリと揺らした。

 椅子を勧めると、レオナルド団長は丸テーブルのシュカのとなりに座って、じーっと見ている。手を出したそうな遠慮しているような気配。


「この子はシュカっていいます。――シュカ、このお兄さんはレオナルドさん。このお城を守っている偉い人だよ」


(『レオナウロしゃん、すごいひと!』)


「……ユウリ……、おじさんでいいんだぞ」


 この年でお兄さんは図々しいだろう。とかなんとか言って照れてるのがなんかかわいくて、あたしは思わず笑ってしまう。


「あたしの経験上、自分をおじさんおばさんって言うのは、子どもか甥っ子姪っ子がいる人です」


「確かに、甥がいる」


 獅子様は苦笑した。

 そのとなりで構って欲しそうにウズウズしていたシュカは実力行使で、大きな膝にふわりと飛び乗った。

 レオナルド団長は驚いたものの落とさないように抱え直して、そのまま撫で始める。シュカの作戦勝ちだわね。


「レオさん、よかったら夜ごはん食べていきませんか」


「あ、いや、だが……」


「たいしたものはないし、忙しいのでしたら無理にとは言わないんですけど、シュカがうれしそうだから」


 シュカときたら、大きな手に撫でられてすっかり目を細めてくつろいでいる。

 もしかしたらウトウトしてるかもしれない。


「……それではお言葉に甘えていいだろうか」


「もちろんです」


「では、ワインを持ってこよう」


 レオナルド団長はそう言って席を立ち、片手にシュカを抱いたまま、部屋を出ていった。





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