【日常(?)編】人身売買組織 ANGURA

 ミュルはサングラスと紺色のトレンチコードの服装で『ANGURA』がいるとされる某所に向かいました。


 見張りと思われる黒服の男に身体検査と手荷物チェックをされると、壁にかけられているランタンの明かりを頼りに地下へと降りていきます。


 そして、『Welcome!!』とボンヤリと浮かぶ看板を眺めながらドアノブを捻ります。


『……何この臭い?』


 入って早々、襲ってきたのは鼻が曲りくねりそうなぐらいの悪臭でした。魚が腐ったような生ゴミ置場のような下水道のような……この臭いを例えるなら枚挙にいとまがございません。


 ミュルは出かける前に食べた炙り明太子を戻すのを必死に堪えながら道なりに進んでいきました。


 やがて、ひらけた薄暗い場所に着きました。上を見上げればあまりの高さに光が届いていません。


『ここの地下の構造おかしくない?』


 そんな愚痴を心の中で呟きながら辺りを見渡します。彼女の他に来客は数人いました。

 どれも皺くちゃのお爺さんで気味の悪い表情をしながら一点を見つめています。

 同じように視線を向いてみますと、そこには……


『ろ……牢屋!?』


 無数の牢、しかも収容されているのは全員女性です。


 まだ生まれて数年の幼女もいれば、色盛りの成女、艶っぽい熟女など……多種多様な女性達が小さな牢(はこ)に収められていました。


 ミュルはこれから行われる売買じごくを予想し、すぐさま出口に向かおうと踵を返しました。


 と、その時、突然淀んだ空間に不釣り合いなファンファーレが鳴り響きました。


 彼女は反射的に牢屋に視線を戻しました。すると、そこには真っ黒な山高帽子にちょび髭、皺のあるタキシード、やたら大きな真っ赤な蝶ネクタイ、ヨレヨレのズボンに傷だらけのローファーという19世紀に流行ったと思われる服装をした男が堂々とした表情で立っておりました。


 そんな時代遅れのファッションセンスをお持ちの彼の名はレーテ・オブソー。この狂った組織『ANGURA』を結成した総支配人です。


 レーテはコホンと咳払いをしますと、誰かに合図しているのでしょうか、靴のカカトを3回叩きました。


「さぁさぁさぁ、皆様……お手を拝借……よぉ〜!はいっ!」


 彼の掛け声と同時に何処からともなく心を踊らせるようなジャズが流れてきました。


 レーテはやや誇張したような身振り手振りで踊り出します。



 ───いやーはやはや……ここは生臭い!汚い!いるだけで吐きそうだ!



 すると、彼はどういうわけか音楽に合わせて歌い出しました。まるでミュージカルの一場面が始まったかのようです。


 彼はクルリとターンを決めてから牢屋の中にいる推定16歳くらいの金髪の少女に声をかけました。



 ───そう思うだろ?



「そう思います」


 普通なら戸惑って答えるのに躊躇してしまいますが、この少女はすんなりと返事を返しました。


 レーテは満足そうな顔をしながら華麗なステップを踏み、隣の牢の黒髪が美しい美魔女に問いをかけます。



 ───君は?



「毎日ご飯は一食。パサパサのパンと生温い水だけです」


 美魔女がそう答えるやいなや、レーテは大袈裟に目を見開きのけぞりました。



 ───Oh!こいつぁ、酷い!君は?



「硬い床で寝かされています。まるで囚人です」


 今度は3歳くらいの女児が目に涙を浮かべながら訴えました。


 レーテはその反応に明らかに芝居臭い悲しい表情を見せました。



 ───わぁお!最悪だね……



 牢を離れ、天を仰ぐように両腕をあげますと、まるで劇の主人公のようにスポットライトが当てられました。



 ───このままじゃみんな御陀仏だ!おぉ!神よ!彼女達をどうかお救いください!



 祈るように膝をつきましたが、わずか数秒で嬉々とした表情をして立ち上がりました。



 ───だけど!この地獄から救い出してくれる救世主メシア!!



 彼が人差し指を向けますと、すぐさまスポットライトが移動してミュル達を照らします。



 ───その方々が目の前に………



 彼がそう言うやいなや、牢にいた女性達が一斉に鉄格子を掴み、喉が擦り切れると言わんばかりに叫びに近い声で助けを求めてきたではございませんか。


 レーテがその光景にさも可笑しそうに口角を上げ、コミカルな歩き方で牢屋を一見していきます。



 ───そうだ!命乞いをしろ!



 ───叫べ!泣け!笑え!



 ───子供は甘えろ!女は色気づけろ!



 ───どんな手段を使ってもお客様を魅了させろ〜!



 ビブラートを愚者おきゃくに聴かせながらバレリーナのように一回転します。



 ───お客様は神様〜!まさしくその通り〜!



 牢で必死に乞いている彼女達に向きを変え、今にも演説するかのように仁王立ちしました。



 ───お客様は大富豪!天国に連れてってくれるさ!



「例えば?」


 赤髪の幼女が純粋な瞳で汚れた大人に問います。


 レーテはその質問を待っていたかのように指を鳴らしました。



 ───毎日、浴びるようにレモネードが飲める!腹がはち切れんばかりにパンが食べれる!



「他には?」


 赤髪の女の子の隣にいたコスプレでしょうか、猫耳が付いている少女が深緑のまなこを輝かせました。


『その質問も待っていた!』とでも言うように両手を叩きました。



 ───フカフカのベッドに寝かせてくれる!



「それで?」


 赤髪と猫耳の少女の隣にいる片目に眼帯を付けている女の子も尋ねます。


 レーテは彼女達の反応に嬉しく思っているのでしょうか、軽快な音楽に合わせてタップダンスを踊り始めました。



 ───全人類を魅了させる衣装に身を纏いながら……優雅にティータイム!



 ───もちろん、君は何もしなくてもいい!全部召使いがやってくれる!



 彼がそう歌いますと、囚われの身の女性達の命乞いに緊迫が強まっていきました。


 上目遣いで愛おしさをアピールする者、自慢の歌声で愚者おきゃくの気を惹こうとする者、中にはボロボロの衣服を脱ぎ捨てて捨て身の覚悟で自分を買い取って貰おうとする者までいました。


 レーテはこれを愉悦そうに眺めながら愚者おきゃくの方に視線を向けます。



 ───さぁさぁ、お客様!お選びください!



 彼が促しますと、頬が無駄にたるんだ肥満のお爺さんが一人の女性を指名しました。


 レーテがすぐさま黒服に目配せします。


 すると、無数の黒服が牢屋に駆けつけ、すぐさま鍵を開けて女性を牢屋から出し、愚者おきゃくの所に連れていきました。無事に女性しょうひんが届けられるのを確認しますと、瞬く間に鍵を閉めて立ち去っていきました。


 指名を受けた女性は頬を涙で染めながら何度もお礼の言葉を連ねます。


 愚者ぐしゃは穏やかに慰めの言葉をかけていましたが、その表情かおは卑しさで満ちていました。


 そして、初対面にも関わらず彼女の腕を掴みながらこの場を後にしました。


 レーテが高らかに拍手をします。



 ───はい!一名様ご救済〜!



 すると、『次は私を私を』と彼女達の喉が千切れてしまうのかと思わせるぐらい愚者おきゃくに呼びかけました。


 レーテは笑いを堪えるのに必死なのでしょうか、肩を震わせていました。



 ───そうだ!叫べ!叫べ!乞食のように!



 ───安眠が欲しくないか!満腹が欲しくないか!



 ───自分の命を惜しめ!必死になれ!



 ───選ばれたやつは救われ……選ばれなかったやつは滅ぶ……



 見せつけるように滑稽な動きのダンスを披露し、バッと両手をあげました。



 ───そう!ここは地獄と天国の狭間アンダーグラウンド………



 全スポットライトが彼に注がれます。



 ───ANGURA!



 音楽が最高潮に達し、その音色の中で彼はよく分からないダンスを踊り続けます。



───ANGURA!



 これを合図に音楽が止みました。そして、彼はまるでショーを終えた演者のように一礼しますと、足早に立ち去っていきました。


 残されたのは地上の光を願う囚人しょうじょ達と卑猥な妄想を抱いている愚者おきゃく、そして死人のように青ざめたミュルだけです。


『………』


 彼女は何も考えられませんでした。これは悪夢だと、自分は今アパートの薄い布団の上で寝息を立てながら見ている夢だと思いました。


 しかし、頬をつねっても指を噛んでも染みの多い天井を拝むことはございませんでした。


 現実。今、彼女が見ている地獄こうけいはまごうことなき現実なのです。


『………』


 彼女は耳を塞ぎながら一切振り向くことなく、この地獄アングラから逃げ去っていきました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます