第59話 報酬の話だが。

「感触は悪くない、が……」


 数日後。

 オレは調査結果をフェルナンに報告していた。

 いつものようにオレの部屋のテラスに彼を呼び出したのだ。


「リオネルさんは年の差と身分の差を気にしてるようだな」


 リオネルさんとの会話の内容を簡単に伝えた。


「それはつまり……オレは嫌われてないってことですか?」


 フェルナンが顔を輝かせる。


「まあ、嫌われてはいないな」

「なんですか、その言葉の濁し方は」


 どう答えたものか、頭を悩ませる。


 リオネルさんは確かにフェルナン自体について一言も言及していなかった。

 それはフェルナンのことを憎からず思っているからかもしれない。

 だがその逆にフェルナンについてまったくの無関心だから、という可能性もなくはない。


「……リオネルさんにお前への興味を持たせるべきだな」

「おお、遂に!」


 悩んだ末に、まずしなければならないことを彼に提示することにした。


「それで、その方法は!?」

「あまり期待するなよ」


 彼があんまりにも食い付くので、思わず釘を刺した。


「まず、図書室以外の場所で会え。そして他愛もない会話をしろ。以上だ」


 まずはフェルナンがどんな人間であるかリオネルさんに知ってもらう必要があると思い、そう言った。


「無理です!」


 即答されてしまった。


「何故」


「だって図書室以外でなんて手段も分からないし、それに会話だってしてみようとは思ってるんですけど、頭が真っ白になってできないんです!」


 彼の主張に溜息をつきそうになった。

 これは懇切丁寧に教えてやる必要があるようだ。


「まず図書室以外の場所で会う方法だが、お茶をするのでも街に繰り出して遊ぶのでもいい。リオネルさんを誘え」


「デートですね!」


 コイツは本当に調子がいいな。


「いいか、『デート』という単語は絶対に出してはいけない」


「え……?」


「リオネルさんは浮ついたことは自分に相応しくないと考えている。デートというていで彼を誘えば、まず失敗するぞ」


「なるほど……」


 どうやらフェルナンは理解してくれたようだ。


「もし誘って断られたなら、可能性はないから諦めた方がいい」


「そんな……!」


「仕方ない。そこで無理に押せば嫌われることは分かるだろう?」


 残念そうながらも、フェルナンはこくこくと頷いて納得したことを示す。

 彼だって女を口説いてきた経験があるのだから、引き際は心得ているはずだ。


「そして会話についてだが、誘う場所はこちらで選べるのだから、自然に会話が出来そうな所に誘えばいい」


 多分だが、フェルナンが緊張してしまうのは図書室という場所のせいもあるのではないだろうか。

 知的な会話をしなければならないと意識してしまうのだろう。

 フェルナンが自分の意思で選んだ場所ならば、その緊張も少しは解けるはずだ。


「それなら会話できそうか?」

「はい、多分。いえ、できます」


 フェルナンは幾ばくか自信を取り戻したようだった。


「そこで口説いてはダメだぞ。普通の会話をするんだ。まずは互いの人間性を知るところから始めろ」


「分かりました」


 フェルナンは従順に頷く。意外に物分かりがいい。

 案外賢明なのか、藁にも縋る思いなのか。 


「……」

「どうかしましたか?」


 オレが黙り込むと、フェルナンが気遣うような表情をする。


「いや。いろいろと偉そうなことを言ったが、結局は相性次第だからな。お前が素を出すことさえ出来れば、自ずとリオネルさんとの相性も分かるだろう」


「スタート地点に立たせてもらえるだけ、ありがたいです」


 数々の浮名が信じられないほど、彼の態度は殊勝だ。

 リオネルさんに恋をして変わったのか、それともこれが彼の素なのか。


「ああ、そうだ。報酬の話だが」

「はい」


 フェルナンが居住まいを正す。


「特に思いつかなかったから、金でいい」

「はい、いくらでもお支払いします!」


 金貨の山を降り注いで来そうな勢いでフェルナンが答える。


「待て待て。調査にかかった時間と、これからかかるであろう時間を算出して時給に換算してだな……」


「じきゅ……う……???」


 フェルナンの頭の中に宇宙が展開される。

 どうやらこの世界の貴族は時給換算とは無縁の生活を送っているらしかった。

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