第58話 ねえ、ルイ。

 ボクは今日もルイの部屋に遊びに来ている。

 今日はルイに外国の言葉を習っているところだ。


「この文字とこの文字を組み合わせると、読み方が変わるんだ。いいかい?」


「う、うん」


 ルイがすぐ隣にいて、教科書を指差しながら教えてくれる。

 彼がこちらを向いた拍子に彼の金髪が揺れ、ふわりと花の香りが鼻を擽った。

 彼のひそやかな声が部屋に響き、まるで耳元に囁かれてるかのように錯覚してしまう。


「ふふ。今日も緊張してるのかな?」


 ボクの顔色を見て、ルイが微笑む。


「あ、いや……うん。ちょっとだけ」


 胸がドキドキと高鳴っているのを見透かされたようで、頬がかあっと熱くなる。


「発音規則を一気にやったからね。今日はこの辺にしておこうか」


 ルイのその言葉により、彼のレッスンが終わった。

 うーんと、思い切り伸びをする。


「それにしてもロビンは凄いね。隣国の言葉も習ってみたいなんて」


「まずは母国語の本を完璧に読めるようになってからの方が良かったかな……?」


「いいんだよ。好きなことは好きなときにやった方がいい」


 くつろぐ為にソファに腰掛け、彼に隣に座ってくれるように誘う。

 ルイはにこりと笑うと、隣に腰掛けてくれた。


 彼の蒼い瞳を真っ直ぐに見つめる。


 ボクはかねてから思っていたことがあった。

 ルイに触れてみたい、と。


 ルイは以前『身体に触られるのは嫌いだけど、好きな人に触れられるのは嫌じゃない』と言っていた。

 最近はルイと随分仲良くなれたと思っているし、彼に心を開いてもらっているように感じる。


 だがそれはルイがボクのことを好きだということになるのだろうか?

 ボクが彼に触れても怒られないだろうか?

 ルイがボクを見つめる瞳の色に特別なものを感じるのは、ボクの思い過ごしだろうか?


 もしかしたら嫌われてしまうかもしれない。

 それはすっごく怖いことだけれど、思い切って聞いてみよう。

 そう思ったその時だった。


「ねえ、ロビン。手……握ってもいいかな?」


 と、ルイが顔を赤らめながら聞いてきたのだった。

 まるで今口にしようとしていたボクの言葉が、ルイの口から出てきたかのようだった。


「ふぇ!?」


 何が起きたのか分からず、妙な声を出して狼狽えてしまった。


「やっぱり駄目……かな?」


 ルイの眉が寂しげに下がる。


「駄目じゃない、全然駄目じゃない!」


 むしろ自分の方から言い出そうとしていたのだ。

 駄目な訳があるものか。


「じゃあ……」

「うん」


 伸びてきた彼の手に交互に指を絡ませ、手を繋いだ。


「……」

「……」


 互いの指の温度を感じているなのに、ルイの呼吸が少しずつ荒くなっていくのが分かる。海よりも深い蒼の瞳が潤んでいくのが見える。


 もう、我慢できなかった。


「わっ」


 ソファに押し倒されたルイが驚きの声を上げる。


「ねえ、ルイ。触れてもいい?」


 彼を真っ直ぐに見下ろして、さっき尋ねたかった言葉を口に出す。


「それって……」

「うん」


 そっと、音もなく。

 二人の唇が合わさった。



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