第54話 また年上をからかって。
オレはフェルナン。
今日は愛しの人と――――会話をしに来た。
図書室の隅で本を読んでいる振りをしているマルセル様が、チラリとこちらに視線を寄越す。マルセル様にご足労頂いているのだから、逃げ出すことは出来ない。
眼鏡をかけた紫髪の愛しい人、リオネルさんがすぐそこにいる。
オレは意を決して彼に話しかけた。
「り、リオネルさんっ」
「おや、フェルナンくん」
上擦った声が出てしまう。
アガっているのか? しっかりしろ、オレ!
「今日は、その……」
「うん。どうしたのかな?」
オレはここで問題に気が付いた。
告白をしない場合、リオネルさんと何を喋ったらいいか分からないのだ。
聡明なリオネルさんは軽薄な話題には食い付かないだろうし……。
困ったぞ。彼との共通の話題が何もない。
オレは助けを求めて図書室の隅のマルセル様を見やる。
「ヒッ」
途端にオレは飛び上がりながら小さく悲鳴を上げた。
マルセル様の鋭い眼光が真っ直ぐにオレを射抜いていたのだ。
お、怒っていらっしゃる……!
『何でもいいから早くいつも通りに会話しろ』というお叱りが聞こえてきそうだ。
もうこうなったら、フラれると分かっていても玉砕覚悟でいつものように告白するしかない!
「リオネルさん、好きです! 貴方は、他の誰よりも美しくてっ、」
「ははは、フェルナンくん。また年上をからかって」
軽くかわされてしまった。
駄目だ、まったく効いてないどころかそもそも攻撃として認識されてない。
子猫がじゃれてきたぐらいにしか思われてない。
クソ、オレだって女なら星の数ほど抱いてきたのに……!
オレをそもそも男だとすら思ってないなんて、リオネルさんが初めてだ。
男同士だからか? 年上だからか?
どうすればリオネルさんにオレを男だと意識させることができる?
「違います、からかってるんじゃないです!」
「はいはい。何度も聞きましたよ」
いつものお決まりのやんわりとフラれるパターンに入ってしまった。
うう、もう駄目だ……。
「それでもオレは、貴方のことを本気で想ってますから!」
「私もこう見えて忙しいので。この話はこれで終わりでいいですか?」
駄目元で言葉を重ねてみるものの、リオネルさんの笑顔の裏に苛立ちが見えてきた。
これ以上食い下がったら本気で怒られる奴だ。
「はい……」
こうしてオレはすごすごと大人しく引き下がることになったのだった。
リオネルさんは図書室のカウンターを去り、オレは一人取り残された。
「おい、お前」
背後からかけられた声にビクリと身体が竦む。
マルセル様が声をかけてきたのだ。
「ちょっと、二人で話をしようか]
マルセル様のツリ目が真っ直ぐにオレを貫いている。
も、もしかしてお怒りでいらっしゃる……?
*
「お前、いつもああなのか?」
死刑台に連れて行かれる死刑囚のような気分でマルセル様の後をついていき、そして現在オレはマルセル様の部屋のテラスで詰問を受けているのだった。
「はい……いつもあんな感じでリオネルさんにフラれます……」
しょぼけながら答えると、「ふっ」というマルセル様の声が聞こえた。
マルセル様、今まさか笑ったのか?
「すまん、オレの質問が悪かったな」
顔を上げると、確かにマルセル様は微かに微笑みを浮かべていた。
「女を口説く時もお前はああなのか?」
その言葉にギクリとする。
彼の視線が恐ろしかったからではない。
かねてから懸念していたことを言い当てられた気がしたからだ。
「いえ……。適当な女を口説く時は、あんな風にいきなり告白したりしなかったです。まずは仲良く会話して警戒心を解かせます」
仲良くなりつつ、誉め言葉をたくさん浴びせてその気にさせる。それがいつもの手口だ。
ところがリオネルさんを目の前にすると、いつものように振る舞えなくなる。
愚直な愛の告白の言葉しか思いつかなくなってしまうのだ。
「ふむ。本気にされないのはそのせいかもしれないな。『百戦錬磨の男があんな童貞のような告白をする訳がないから、揶揄われているに違いない』、そう推測されているのだろう」
「ど、どうて……っ!? いや、そうですね。ということはつまり、何とかしていつもの調子を取り戻せば相手にしてもらえると……?」
だがマルセル様は悩ましく顔を顰める。
「いや……それはそれで遊びで抱きたいだけなのかと思われるだろうな」
「それじゃあ八方塞がりじゃないですか!」
彼の言葉に、オレがリオネルさんと結ばれる方法はないのかと絶望しかける。
「だからどうしたらいいか、こうやって調査しているのだろう」
だが、マルセル様はそう言ってくれた。
「今日はご苦労だった。引き続きリオネルさんについて此方で調べておくから、また数日後にでも会おう」
「はい、ありがとうございます」
チクチクと申し訳ない気持ちが胸を刺す。
彼が神がかった的確なアドバイスをしてくれて、オレはそれに従って恋が叶う。
そんなビジョンを想像していたので、彼がオレに対してこんなに時間をかけてくれるとは思ってなかった。
「あの……いいんですかね? オレ、マルセル様にお返しできるものが何もないのに」
「ん、ああ。確かに無報酬というのもアレだな」
オレの言葉にマルセル様が考える表情をする。
「しかしな……特に欲しいものもないしな。考えておくとしよう」
マルセル様の言葉にほっと胸を撫で下ろした。
彼をただ働きさせるなんて胃がキリキリと痛んで仕方ない。
何を要求されるにしろ、喜んで彼に支払うとしよう。
「ところで」
これで話は終わりかと思ったら、マルセル様が口を開く。
「何故そんなにリオネルさんにぞっこんなんだ?」
「あ……」
彼の問いに、オレは顔を曇らせた。
「それは……流石にマルセル様相手と言えど、ちょっと言えないです……」
もちろん、理由を言った方がマルセル様の調査にも役立つのだろう。
むしろそれくらいも伝えられないなんて、真面目に結ばれる気があるのかと怒られても仕方ない。
だが、言えないのだ。それはリオネルさんを裏切ることになる。
「ふむ、そうか。ならそれでいい。こちらも言えないことはあるしな」
マルセル様はあっさりと納得して引き下がってくれた。
もしかして……マルセル様って見た目と違って結構優しい人なんじゃないだろうか。
マルセル・ディノワールは第二騎士団の中では実力もあり、人望も高く既に次期副団長の座が約束されている。
その評判は正直信じていなかった。
ディノワール家の嫡男としては魔力が無くて宮廷魔術師を継げないなんて情けないから、せめて副団長くらいの地位には就かないと格好がつかないという理由で持ち上げられているのだと思っていた。
でも、そうじゃないんだ。
オレは既にマルセル様に本物の尊敬の念を抱き始めていた。
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