第46話 デートじゃなくてか?
「荷物持ちをさせたいなら、自分の家の使用人に頼めよジェラルド」
「違うんだクリス、今日は対等な友人として君と付き合いたかったんだ」
今日は裕福な商家の子息程度の服装に身を包んでいる彼、ジェラルド。
いつもよりいくらかグレードを落とした格好なのに、それでも様になっているのが何だか腹立たしかった。
対するオレも今日は執事服ではなく普段着だ。
そんな二人が並び立てば、釣り合っているように見えたろうか。
まさか貴族様に街に遊びに行こうと誘われる日が来るとは思わなかった。
彼が相手じゃなかったら、絶対についてなんて行かなかっただろう。
休日まで仕事をするなんてごめんまっぴらだから。
でも、彼と一緒ならばそれは仕事ではなくて……
「友人として、ねえ……? デートじゃなくてか?」
「……!?」
オレが彼を見上げて意地悪っぽく微笑みかけると、彼はギクリと身を竦ませたのだった。分かりやすい奴め。
考えてみれば最初っから明白だったのだ。
何故こんなに分かりやすい奴のことを不可解に思っていたのか。
そうだ、これはデートなのだ。
彼の顔色を見れば一目瞭然だ。
顔を真っ赤にして
「お坊ちゃまに庶民街での遊び方なんて分かんのかよ。案内してやろうか?」
「馬鹿にするな、庶民街に来るのはこれが初めてではない」
ジェラルドは咳払いをして襟元を正すと、オレに手を差し出した。
「私が君をエスコートしよう」
燃えるような赤い瞳がオレの心を射抜く。
庶民の服を着ていたって、彼の姿の凛々しさを見れば誰もが彼が高貴な人間であることに気づいただろう。彼は、まさに生まれながらの貴族だった。
「……あんた、変装下手すぎだろ」
「なにっ!?」
照れ隠しの言葉をぼそりと呟くと、彼の手を素直に握ってやった。
彼は一瞬驚いて固まったが、すぐに毅然とオレの手を引いて歩き出したのだった。
*
「ほら、クリス」
「む」
市場を見て回ってると、彼が不意に何かを投げて寄越した。
手の中に飛び込んできたのは赤い果実だった。
「いつの間にこんなの買ってたんだ」
「季節の果物を取り扱ってる屋台があったのでね」
気障かよ、と思いつつ果実にかぷりと齧り付く。
柔らかい果肉から、甘い果汁がじわりと染み出してくる。
偶然にもそれはオレの好きな果物だった。
まさかそうと知っていて買ってくれた訳じゃないとは思う、流石に。
だってマルセル様だってそんなこと知らないと思うから。
「そこのお客さん、見ていかないかい?」
声をかけられて視線を向けると、アクセサリーを扱っている屋台があった。
「これは……宝石か?」
「ははっ。宝石がこんな値段で売っている訳ないだろ。これは魔力結晶を加工したものだ」
「へえ、知らなかった」
魔力結晶を加工したアクセサリーなんて貧乏臭いものを貴族は付けないから、知らなくても無理はないだろう。彼は目を輝かせてそれらを見つめている。
「そんなに珍しいなら買ってやろうか?」
「いや、それは……」
「それならこれはどうだい?」
ジェラルドが断る前に、屋台の女店主がすかさず一つのペンダントを差し出した。
丸く磨かれた青い魔力結晶が鎖に繋がれている。オレの髪の色と一緒だった。
ジェラルドの視線がペンダントに釘付けになる。
どうやら欲しくなったらしい。
咄嗟にオレの髪と同じ色の魔力結晶をあしらったアクセサリーを勧めるとはこの店主、相当な手練れだな。
「ほら、プレゼントだ」
ペンダントを手渡すと、彼ははにかみながら自分の手でそれを付ける。
その嬉しそうな締まりのない顔に、こっちが気恥ずかしくなってしまう。
「ありがとう……このお返しは絶対にする」
「いいっていいって、そんくらい。ジェラルドもオレに色々とくれてただろ」
「でも……」
彼は納得がいかないという顔をしていた。
これはまた近々彼が土産を持参して会いに来てくれそうだ。
彼の赤面したおぼこい表情も、燃える瞳の色も。
こんなに愛おしく感じる日が来るなんて思ってもみなかった。
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