第35話 大切な弟なのに。
この数日間、オレの策の何が間違っていたのか徹底的に考えた。
そして答えを導き出した。人が恋に落ちるには何が必要か。
それはズバリ、雰囲気、さり気なさ、そして二人きりになれる時間だ。
今まではオレが出しゃばり過ぎていたのだと悟った。
ジェラルドが何故かクリスの好物を尋ねてきたので、焼き菓子だと伝え、そして是非クリスに直接渡すべきだと力説した。
舞踏会ではルイが女性たちからのダンスの誘いにうんざりしてきた頃を見計らって、ロビンと引き合わせた。
ジェラルドはクリスの反応が好感触だったと嬉しそうに語っていたし、ルイ達が庭の木立の陰に消えていくのも見た。
よしよし、オレの策は功を奏しているな。
この調子で運命を捻じ曲げてやる……!
「お兄様?」
ラファエルの艶やかな黒髪が日の光を反射して輝いている。
「ああ、すまない。考え事をしていた」
「お兄様がオレを誘ったのに、オレ以外のこと考えるなよ」
ラファエルがぷくっと頬を膨らませてみせる。
その可愛らしい表情に癒されながら、オレ達は城下町を二人で歩いているのだった。
さて、彼らをいい雰囲気にすることは出来たっぽいが、それだけでは不安だ。
まかり間違ってラファエルが誰かに口説かれていないかチェックせねばならない。
しかしいきなり詰問しても不自然に思われそうなので、こうして城下町で遊び、世間話の振りをしつつ聞き出すのだ。
「ごめんごめん。ほら、ラクレットを食おう」
道端に出ている屋台を指して誘う。
オレたちが今歩いているのは貴族街ではない、平民街なのだ。
ラクレットは巨大なチーズの断面を温め、溶けた部分をナイフで削いでイモに絡めた食い物だ。吊り下げられた巨大チーズが温められているのを見るだけで唾が出てくる。
十代になった頃から、こうして内緒でラファエルと二人きりでよく平民街には遊びに来ていた。
「ところでラファエル、御子様にはもう会ったか?」
屋台で買ったラクレットを渡しながら、まずは王城に来たばかりの御子がラファエルに接触してないかどうか聞く。
「ああ、会ったな。この間外で魔術を試していたらたまたま遭遇した」
「え……?」
てっきり舞踏会で姿を見かけたとかその程度だと思っていたのに。
「そ、それで……?」
「御子様が自分も魔術を使いたいって言うから、誰かに習いなって軽くあしらった」
思わず買ったばかりのラクレットの皿を取り落としてしまった。
その場に崩れ落ちそうになるのを、理性で何とか倒れずに踏み留まる。
ヤバい……今の内容、ゲーム中のラファエルルートの一番最初のイベントだ。
主人公、いやロビンはラファエルルートに進み始めているというのか!?
「お兄様、大丈夫!? 火傷してない?」
ラクレットを取り落としてしまったオレを、ラファエルが心配そうに覗き込む。
「ラファエル、お願いだから今後御子とは口を利かないでくれ……っ!」
弟の肩を掴んで必死に頼み込んだ。
「お兄様…………それはもしかして嫉妬?」
「あ……」
しまったと思った時にはもう遅かった。
嫉妬に駆られるあまりに、弟に御子との関わりを禁じる。
それはゲームの中のマルセルがやっていたことと同じだ。
ただ死にたくない一心だったのに……オレはゲームの中のマルセルに近づいている?
『――――貴方も悪徳貴族として非業の死を遂げるかもしれません』
リオネルの言葉が脳裏を過る。
どう足掻いてもオレは死ななくちゃいけないのか……?
「……お兄様っ!」
ラファエルの声が木霊する中、オレの意識はブラックアウトした。
*
「お兄様、大丈夫?」
目を覚ますと、ラファエルが目の前にいた。
「ここは……?」
「近くにあった宿屋だ。お兄様を休ませる為に部屋を借りたんだ」
身体を起こして自分がいる部屋を見回してみる。
そして頬が熱くなってしまうのを感じた。
この宿屋は男が娼婦を連れ込んで抱く為の……現代で言うところのラブホに相当する種類の宿だ。
こんな所にラファエルと二人きりでいるのだと意識すると、妙な気分になってしまう。
「お兄様……
「え?」
ラファエルが心配そうにオレを見つめている。
気絶している間、オレは
「お兄様」
ラファエルがオレの手を取ってぎゅっと握る。
「何がお兄様を苦しめているのかオレは知らない。でも、オレはいつでもお兄様の味方だから。他の何よりも、オレにとってはお兄様が一番だから」
「ラファエル……」
彼が黒い瞳を潤ませながらオレを見つめている。
ラファエルがそこまでオレのことを思ってくれていたなんて。
フラグさえ満たされれば彼に裏切られて殺されるかもしれないなんて思っていた自分が恥ずかしい。
それと同時に、恋に落ちてしまえば簡単にその順位は塗り替わってしまうのではないかという不安もあった。
恋をすれば簡単に人間は変わる。きっとラファエルにとっての一番はオレではなくなる。
その不安をラファエルも読み取ったのか、さらに口を開く。
「もしもお兄様が不安なら……オレの一番大事なものをあげるから」
ラファエルが自分の衣服に手をかけ、はだけさせていく。
シャツのボタンが外され、彼の白い肌が露わになっていく…………
「なっ、ば、大丈夫だ、言葉だけで充分だ……ッ!」
オレは彼のあられもない姿を見てしまわないように目を手で覆うと、物に躓きながらも慌てて部屋の外へと飛び出したのだった。
バタンと部屋のドアを締め、ドアを背にしながらオレはバクバクと鳴る自分の心臓の鼓動を聞いていた。
な、なんだこの気持ちは……オレは何を動揺している?
何故こんなにも身体が熱いんだ?
ラファエルは、大切な弟なのに。
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