第二十三相 空回る錆びた歯車

「皆、テストお疲れ様ぁ!」

 中間テストが終わり数日後、結果の返却と張り出しも終わり生徒会も通常の業務に戻る中、生徒会室に最後に現れた雪乃は盛大な扉を開く音と共にそう言った。特に珍しくもない雪乃のその行動に、各々好きなように過ごしていた生徒会面々は一瞥の後に元の作業に戻っていった。

「え、冷たくない皆? 会長が来たんだよ?」

「お前の煩い言葉に呆れているんだ、察しろ雪乃」

「いい加減自己主張の激しい入り方はやめてください、毎回驚くこちらの身を考えられませんか?」

「うえぇ……瑠璃ぃ、銀士郎君といろはが酷い……!」

「あはは……これに関しては雪乃が悪いかなって」

 泣きつこうとする雪乃をひらりと避けた瑠璃は、俺が座るソファーの背後に逃げ、俺越しに雪乃の様子を見ていた。生徒会発足から二ヶ月と少しが経過した頃、ここの雰囲気も最初期に比べたら随分と柔らかくなったものだと思う。この短期間で距離感をいい具合に近づけられることができたのは、我ながら上出来なものだ。珍しく自分を褒めてもいいと思えるくらいには。恐らく妹も同じことを考えるだろうが、今まで意図的に異性の友人を作ろうとせず、もっと言えば同性の友人と呼べる人間も限られた数しか居なかったのだ。そんな俺がこの七人の癖の強い女子達と険悪ではない関係を構築できた。それはもう偉業とも言える。まぁ一人は昔馴染みで、一人は随分と人懐こい人間だったので厳密には五人か。

「っとと、今はそんな話をしようと思ったんじゃないんだ」

 雪乃がはたと嘘泣きを止め、拍手をする。その音に、今まで横目に好きなように過ごしていた役員面々が雪乃に視線を向ける。

「今日は一つ、会議の題目があります。なので皆席に着いてね? 結構大事な話だし」

 その言葉に、俺や瑠璃、月夜のソファー付近に居た面々は自分の席に戻り、いろはや月乃、紅は筆記用具やメモを取る紙の準備などを始め、七望はホワイトボードの側に立っていた。その様子に満足そうに頷いた雪乃は、部屋の最奥に鎮座する会長の席へと座った。

「では、今日も元気に生徒会を運営しよっか。今日の議題は――――」

 雪乃が何時になく真剣な声色で話を始める。一体どんな話が始まるのか。

「まもなく始まる林間学校の行程と実行委員の統括について!」

 ずるりと思わず体を崩してしまった。見れば瑠璃や月乃も同じような姿勢になっている。それもそうだ。

 真剣な声色で生徒会全員集まった上での大事な話と聞いていたら、その内容が林間学校について。大事と言えば大事だが、しかしノリが完全に間違っている。呆れの溜息が複数出ているのを敢えて無視した雪乃は、手元に持った書類を片手に話を進める。

「今年は例年とはちょっと違ってね、グループ分けに関して少し私達は特殊になったよって話をまずしておこうか」

「……特殊? どういう事よ雪乃」

「うん、今から説明するね」

 雪乃が七望に何かを手渡す。それを見た七望は目を見開き、雪乃と手に持った書類の紙面を交互に忙しなく見る。

「…………雪乃、これ本当なの?」

「うん、二学年担当の先生方にも確認は取ってある正式な書類だから安心してね」

「でも……これ……」

 何故か七望が俺を何度も見てくる。一体何なのだろうか。俺に関する事なのだろうとは話す内容と七望の視線で推測できるが、肝心の中身がわからない。七望が動揺するような内容で俺に関するもの――――皆目見当がつかない。情けないことに。

「さて、今七望に書いてもらっている内容、まず一つ目の審議」

 マジックペンの小気味良い音が響く。そのペン先で綴られる内容が次第に明らかになるにしたがって、周りの面々は呆気にとられた顔に、俺は陰鬱な顔に変化していった。そこに書かれていた文字はこうだ。

『生徒会役員の宿泊小屋統一』

 一見すれば特におかしいものはない。日本語が破綻している訳でも、漢字の間違いがある訳でもない。そもそも夥しい量の書籍を読む七望がそんな初歩的なミスを犯す事はまずない。問題は別にある。それは――――。

「ちょっと! 何よこれは!!」

「わぁ、びっくりしたなぁ結乃……いきなりおっきい声出さないで?」

「出したくもなるわよ!」

 俺もそう思う。

「これ、文面そのままに捉えるなら我妻君も同じ小屋で寝泊まりするってことなのかしら? 雪乃」

「そうだよ月夜。理由は単純に作業・連絡効率の上昇と小屋の使用数の絞り、後は私個人の意思かな?」

「バッカじゃないの!? 良い年した異性同士で同じ小屋に宿泊とかありえないわよ!」

「そうかなぁ? 私は別にやましいことは何もないし、銀士郎君じゃ絶対に何も起きないって信頼からの効率化の提案なんだけど」

「いやぁ……流石にいきなり同じ部屋は……ねぇ、夜姉」

「……流石にちょっと恥ずかしいわね」

「わ、私は別に……銀士郎さんがいいなら……」

「吃驚したけど、私もぎんじろーが良いなら構わない」

「アンタらは恥じらいと貞操観念をもっと持ちなさい! 雪乃、私はそれを認めないわよ!」

「そんなに銀士郎君が信用できない?」

「違うわよ! そんな訳の分からない事して風紀と秩序を守ってる私達がそれを壊しかねない事をしたら立つ瀬がないって言ってるのよ!」

「銀士郎君が嫌だから、じゃないんだね?」

「…………アンタも何か言いなさい」

 雪乃が口を大きく弧を描く笑みを浮かべ紅を見ると、その発言に何か思う所があったのか、紅が俺に話を振ってきた。

「そうだな、俺は反対だ」

「どうして? 銀士郎君」

「常識的に考えて、男女が同じ班というだけならまだしも、同じ部屋で寝泊まりは行き過ぎだ」

「銀士郎さんは……私達と居るのが嫌、だったり?」

「瑠璃、今は好きだ嫌いだの感情論の話じゃない。論理的に考えて紅の意見は至極尤もだ。月夜や月乃も然り、恥じらいや貞操観念はもっとしっかり持て」

「コイツの言う通り、そもそもコイツがノーと言った時点で話は終わりよ」

「うーん……そっかー、良い提案だと思ったし先生たちも説得したのになぁ」

「別に緊急を要する連絡なんてそうそう無いはずだ、お前達はお前達で、俺は俺で固まって行動すればいい。何かしらで集まる時には問題なく集合する」

 そう、何も常に行動を共にする必要は皆無だ。俺だって女所帯の場所に一人居て肩身の狭さに苛まれるのを良しとはしない。恐らくクラスを超えて班を構成できるので、俺は涼と響也の所に入る。わざわざ篝火の様に無意味なヘイトを生む場所を作る必要はない。

「それじゃあ今の話はお終いかな、仕方ないけど私はどっちでもよかったしね。別にそれに固執する理由はないし」

 不穏な口ぶりと視線を向ける雪乃を無視する。触らぬ雪乃になんとやら、だ。

「では次に行程について。今年の林間学校も例年と同じ三泊四日。一日目は完全に移動や使う小屋の清掃の後食堂で夕食。二日目は水上及び山間部のアスレチックエリアでの自由行動の後に昼食作り。三日目はハイキングと肝試し、最後にキャンプファイヤー。そして四日目に帰宅。ここは実行委員が主に進行をやってくれるけれど、私達生徒会役員は何の巡りか全員二学年。先生方は自主性を今回主題にするらしいので、私達一同が全体のまとめをすることになります」

「教師陣の怠慢じゃないのかそれは……と言うか、だから同じ小屋の寝泊まりなんざ言い出したのか」

「Exactlyだよ銀士郎君。まぁその案は銀士郎君自身に却下されちゃったけどね」

「当たり前だ、絶対的な理由がない以上納得はしない。そもそも俺の立場が危うくなる」

「ま、取り敢えず日程毎の流れは今後実行委員達が固めていってここに提出してくるから、覚えておいてってだけ」

 ポスポスと音を鳴らしながら椅子に置いてあったクッションを軽く叩きつつ、雪乃はそう締めた。大事な話と言ったものの、これで本当に終わるのかと各々が顔を見合わせる。

「雪乃、もしかして話はそれだけですか……?」

「ん? うん、そうだよ」

 あっけらかんとした様子でそう言った雪乃に、いろはは頭痛でも患ったかのように額に手をやった。俺と月夜も、呆れたように顔を見合わせ溜息を吐いた。

「……今更何も言うまい」

「上に立つ人間としては、このくらいが丁度良いのかもしれないわね……」

「もう少し自分が人の行動を簡単に左右できる立場にいることを自覚してください、雪乃」

「えっ、なんでそんなこと言うの……?」

 三者三様の言葉に右往左往している雪乃。昔から人を振り回しながらも圧倒的なカリスマで集団を率いてきた姿を知っているからこそ多くは言わないが、周囲の人間からすればたまったじゃないだろう。俺の様に受動的な人間でもなければ尚更だ。

「ううぅ……私会長なんだよ……? もっと優しく接してよぉ!」

「十分優しい対応だ、少しは身の振り方を見直せ」

「銀士郎君いつもは何も言わないのに!」

「俺だけに関わる状況なら何も言わん。お前の我儘を黙って対応できるのは恐らく俺だけだからな」

「…………」

 不自然な沈黙が始まり見てみると。何故か黙りこくっている雪乃。抱えたクッションを顔の前に抱き、表情を確認することができないので何をしているのか理解できず周囲に目をやる。

「何だあれは」

「えっと……雪乃の珍しい慌て方でしょうか……」

 瑠璃に向き聞くも返ってきた答えは曖昧で掴み所の無いものだった。雪乃が慌てる事がそれほど珍しいのかと言われれば俺としては異を呈したいが、しかしそれは昔馴染み以外には見せない姿の可能性もある。生徒会長として男女問わず理想化された雪乃ならば、確かに常に冷静沈着、狼狽えなどしないと信じる人間もいるのだろう。同性同士ならば弱みを見せれば喰われるのだろうし、異性相手ならば自分の価値を高め立場を万石にしようともするのだろう。狡猾な雪乃の事だ。恐らく女子の前では一片の隙も無い完璧な姿を、男子の前では敢えて弱さを見せ、人心掌握のきっかけ、或いは庇護欲を湧かせ敵意を削ぐと言った目的故の技術だろう。こいつは両親の仕事柄故に立ち回りに常に気を配っている。隙の無い承和雪乃と隙のある承和雪乃を使い分けていると考えるのが、瑠璃の認識と俺の認識を矛盾なく説明できる。

 だが生憎、俺にそれをしたところでお前の本性を詳らかにできるくらいには知っているので効果はない。強いて言うなら略脈の無い行動に疑問を投げるくらいだ。

「何をしているのか知らないが、三文芝居なら誰もみな――――うぉ!」

「…………ばか」

 俺が言葉を発するや否や、雪乃は抱えていたクッションを思いきり俺の顔面に向かって投げてきた。完全に気を抜いていた状態だったので防御する暇も無く顔にクッションがヒットした。痛みこそないが、視界が暗転し咄嗟に身構えてしまうのは性か。

 クッションを払い除けると、頬を膨らましジトッとした眼でこちらを睨む雪乃が椅子の上で腕を組んでいた。

「…………?」

「アンタ、それ素でやってるなら直した方が良いわよ」

 紅が隣から呆れたような声色でそう言ってきた。主語が無い為に何を指して言っているのかがわからず、ただひたすらに混乱するしかない。俺は今の数秒の間に生徒会の面々から何故か白い目を向けられている。何故だ、そう聞こうにもそれすら許されない雰囲気に、柄にもなく気圧される。

「こんな奴に私が…………はぁ……」

「我妻君ってデリカシー知ってる?」

「繊細さ、優美さを示す英単語だ」

「知っててその行動は中々凄いと思うよぎんじろー」

「今は雪乃に同情するわ、我妻君が今は悪いわよ?」

「……何故だ」

「女性の機微の変化をもっと知るべきですね、結乃を相手にしては?」

「嫌よ、なんでわざわざ気分を害される割合が多そうな矯正に付き合わされなきゃならないのよ。いろはがやればいいじゃない」

「私は割と切り捨てるので、その辺に厳しい結乃が適任かと。それか瑠璃ですね」

「わ、私はあんまり当てにならないような」

「瑠璃にそう言う繊細なものを求めるのは酷じゃないかしら」

「夜姉何気に酷い……」

「もーいーでーすー、雪乃さんは怒りました。銀士郎君がちゃんと慰めてくれるまで一切会長としての仕事をしませーん!」

「仕事は仕事で割り切れ雪乃、俺が何かしたのなら謝るがやるべき事を見誤るな」

「つーん」

「…………」

 口で擬音を言ったぞこいつ。

「我妻さん、諦めて雪乃のご機嫌取りをしてください。私達としても業務の総まとめの人間が仕事を放棄されては困りますし」

「……俺がやらなければならないのか? コイツの機嫌を直すのに?」

「もとはと言えばアンタのせいよ」

「しかし……」

「誠意を見せてよ! せーい!」

「ガキかお前は!」

 何なんだ今日の雪乃は。何時にも増して子供っぽさが強い上に普段学校では見せない我儘をこれでもかと喚く。託児所や幼稚園の職員の苦労がなんとなく理解できた気がする。面倒臭い上に放置できないということがどれほど厄介かを今思い知らされた。

 髪を掻き上げる。あまりに面倒なタスクの不意の追加に、思わず嘆息が漏れる。即座に俺は、その様子を見た奴らが騒ぎ出すのではと思い慌てて前に視線を戻すと――――。

「おぉ……」

「ぎんじろー、もう一回やって」

「何がだ?」

「髪、グワーッて上げるの」

「オールバックか?」

「そう」

「……これでどうだ」

 何故か来たのは髪の掻き上げの催促。ついさっき余計な事をして面倒事が増えた身なので、ここは黙って指示に従うことにした。長い前髪を止めるヘアピンを外し、思い切り後ろに髪を流す。

「ふわぁ……銀士郎さん、格好良いです!」

「いつもと雰囲気が変わるのね、ワイルドって言えばいいのかしら」

「いいねいいねぇ、目元とかもハッキリ見えるからクラスの人も見る目変わるかもよ?」

「人の見る目なんざ興味ない」

「相変わらずだなぁ」

「でもその姿も似合ってますよ、ねぇ結乃――――結乃?」

 いろはが声をかけた紅は、しかしそれに反応する事は無かった。俺の姿を凝視し、顎に手を当てながら黙って座っていた。席が近いこともあり、紅の名と同じ紅い瞳が俺を射抜いて来る。その視線に普段込められた感情が籠っていない事だけが、俺に違和感を覚えさせた。

「……おい、紅。どうしたんだ」

「…………なんでもないわよ、その髪型、似合わないとは言わないけれど威圧感は増してるからここ以外でするんじゃないわよ」

「言われなくても戻す、前髪が無いと落ち着かん」

「……そ」

 紅が反応を返したことを確認した俺は、掻き上げていた髪を下ろしヘアピンを付け直した。瑠璃と七望が何故か残念そうな声を上げていたが、何をありがたがっているのかが俺にはわからなかった。

「むー…………」

「ん……?」

 そんな和気藹々とした空気の中、一人未だに膨れっ面をしたままの雪乃がこちらを睨んでいた。どうやら時間の経過で直る類のものではないらしい。こうなれば厄介だ、早めに手を打とう。

「……わかった、お前の要求をできる限り飲む。これでどうだ」

「ん……!」

「……?」

「恐らく『それで許す』と言っているんでしょう」

「言語すら忘れたか」

「雪乃、今日大暴れですね銀士郎さん」

「全くだ、林間学校の話からよくもまぁここまで脱線するもんだ」

 時刻を見れば放課後になっていい時間が過ぎていた。未だ言葉を忘れたままの我儘会長を取り敢えず放置し、俺はいろはへ解散を提案することにした。

「時間も丁度良い、これ以上やる事も無いし解散するか?」

「そうですね、もしここに残る人がいるのであれば鍵の返却を忘れない様に。では適宜解散」

 パンと乾いた拍手の音と共に、支度を始める者、会話を続ける者と別れる。今日の俺は瑠璃の勉強会や七望の書店巡り、いろはの招待のいずれも誘いをされていない。鞄に持ち帰りの作業道具や筆記用具を仕舞い背負うと、背後から袖を小さく引かれる感触がした。振り返ると、すでに鞄を手に持った雪乃が、下から掬い上げる様な視線で俺を見ていた。

「髪は留めた?」

「視界は良好だ」

 そう会話を交わし、俺と雪乃は生徒会室を後にした。





「……なんだろう、今の」

「ぎんじろーと雪乃、変なことを言ってたね」

「なになに? どしたの二人とも」

 瑠璃と七望は頭上に疑問符を浮かべ、その様子を見た月乃が寄ってくる。今しがた聞こえた銀士郎と雪乃のやり取りは、全く以て会話の流れの無い唐突かつ発した理由のわからないもので、瑠璃は単純な興味、七望は意図があるのかと勘繰っていた。

「今、銀士郎さんと雪乃が変な会話をしてたの」

「どんな?」

「『髪は留めた?』『視界は良好だ』って」

「……どゆこと? ついでにそれ我妻君のマネ?」

「うん」

「なんか凄い変だった」

「ひどいっ!」

「ぎんじろー、言葉を発する前に目を細めてた。多分暗号みたいなものかも」

「むむむ……夜姉ー!」

 月乃が机で本を読んでいる月夜を呼ぶ。それに反応した月夜は、顔を上げた。

「聞こえていたわ、放っておいてあげなさい」

「えー、なんで?」

「暗号だったとしたらあまり人に見られたくない何かがあるのだろうし、関係無ければ杞憂で終わる。人間だれしも隠し事はあるものよ」

「うーん……」

 首を捻りなお食い下がろうとする月乃、その考えを絶ったのは瑠璃だった。

「銀士郎さんが何かをするってことは絶対意味がある事ですからね、今は余計な事はしないでおきましょう!」

「瑠璃、ぎんじろーを随分信頼してるね」

「勿論! 一番信頼できる人と言っても過言ではないです!」

「知り合って二ヶ月ちょっとで随分な懐きようね瑠璃。気を付けなさい、そう言うアンタみたいなのが一番付け込まれるのよ」

「銀士郎さんはそんな酷いことはしないです!」

「まぁそうでしょう、彼は一定以上の信頼を持つに足る人物ですし、変な勘繰りは無粋でしょう」

「いろはも変わったわね」

「なんのことやら」

 結乃の鋭い視線をひらりと交わし、いろはは自分の荷物を肩にかけてほほ笑んだ。結乃はそれを見て、小さく鼻を鳴らしそっぽを向くと、はぐらかしに対し不承不承な態度をしながら自分の席に戻り鞄を手に取った。

「では私は部活に行ってきます! 大会も近いので!」

「本屋行く、結乃は?」

「クラスの子と帰るわ、新作の飲み物飲みに行くから」

「なら解散ね、月乃」

「はーい、準備はできてるよ」

「では鍵を閉めますね」

 騒がしかった生徒会室から一人、また一人と帰路や校庭に向かって行く。最後に残ったいろはが扉を閉め、鍵の施錠がされた音だけがゆっくりと部屋の中に溶けて消えた。

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