第53話

「しゅわしゅわ美味いな、おかわり」


堂々と誠は真昼間からしゅわしゅわと小さな泡を吐き出す黄金色の液体を呷る。

プハーッと満足げにと息を吐くがやはり平日の昼間、店主も呆れたように小さく嘆息し一言。


「兄ちゃん、それ麦茶だ」


「麦だから一緒だろ。俺酒に弱いんだよ、具体的に言って飲んだらトラウマで死ぬレベル」


割と冗談抜きで。


「そりゃあやべぇな、昼間に酒場でダラダラしてるお前がやばいけど」


「店長そりゃーないよ、俺は今人を待ってるんだ。今日ばかりはマジで仕事」


「はいはい、それとな。いつもお前と一緒にダラダラしてた男がいただろ?あいつ就職したって話だ」


「ほーん」


ぐいっと麦茶を飲んで誠は思いに耽る。

彼が王都に誘拐まがいのことをされたり、天撃だったりスライムだったり、魔王軍とかどうとかする前はよくある男性と一緒に麦茶を飲んでいた。

男は彼の無職仲間で中々話しが合う人間だった。

娘や嫁の悩みを相談しあい時に揉めて時にアホみたいに笑う。

いわば友人のような人間で誠が信頼してる人間の一人だ。

それがいまや就職、中々の驚愕の事実に誠は麦茶を喉に流しながら思案する。

一体男は何の仕事についたのだろうか、ブラックじゃないことを誠は願った。


からんからんとドア上に付けられた鈴が鳴り、一人の女性が酒場に入る。

有り体に言えば世間一般では美少女と呼ばれる容姿の少女に一瞬酒場内の人間は目を見張るがすぐに誠に向けての抗議の視線に変わっていく。

こんな田舎の酒場だ、きているメンバーは常連、つまり誠と知り合いの人間が大多数。

つまりはーー


「おい兄ちゃん、あれお前さんの連れか?」


限りなく冷たい目で店主が誠を見る。


「そうだけど何だ?おーい、メイリー、こっちだ」


ひょいひょいと誠が手招きするとボサッとした古びて色が抜けてしまったシャツに申し訳程度の男物のズボン、小汚いローブを羽織ったメイリーが小走りで寄っていく。

ガシャんっと勢いよく店主は麦茶を誠の前に置くと静かに冷徹な目で一言。


「兄ちゃん、浮気はクソだからな?」


「いや店長は何言ってんだ?こんなガキンチョにそういう関係できるわけないだろ?」


「ならいいんだが。あんないい嫁さん泣かしたら酒場内でお前の味方はいないからな?」


「悲しいなー、数十回も入り浸った俺よりも嫁の味方が多いなんて......あっ案外嬉しいかもしれない。てか真面目に何で?家内の性格が宇宙一良くて銀河一可愛いから?」


「はぁ.....だってよ、お前が浮気するならわかるんだが....」


「おい待て、聞き捨てならんぞそれは」


誠だって浮気なんて一度たりともしたことがない。

ラブレターをもらって行ってしまったことしかないのだ。


「あの完全に......ちょっと依存気味の嫁さんが浮気するなんて欠片も想像できねぇ.....災龍が村男に惚れ込んだってぐらいあり得ないぜ」


災龍が村男というパートを聞いて思わず驚き誠の気道に麦茶が落下、思い切りむせ返り誠の口から麦茶が飛んだ。


「どうした兄ちゃん?汚いからやめてくれ、そういうのは美少女がやるから許されるんだ」


「店主の脳も大分腐ってやがる」


ダメだこの店主早く何とかしないと。

誠の隣に座ったメイリーは真紅の双眼を抗議するかのように彼に向ける。


「誠、人を呼び出しといて何してるのよ?」


そう、メイリーを呼び出したのは他でもない誠だ。

先日の夜に渡していた念硝石、つまり通信用魔道具で連絡を入れて金曜の昼この酒場で待ち合わせしたのだ。

誠は今現在講師である、その上何故か昨日の件でやけに人気が出たはいいが何分調子が悪いのでミウが休みを強制的に与えたのだ。

おそらく学校では彼女が誠が受け持っているクラスの担当をしていることだろう。

と、考えてる時。

由緒正しき伝統あり気品ありの世界一の魔術学院では、ある意味大事件が起きていた。


「先生!!燃焼石はきちんとこの箱に戻して!あっ燃えてる!えっと.......えっと」


水晶石入れの箱に無造作に投げ込まれた燃焼席は無邪気に茫々と木箱を燃やし始める。

当の投げ込んだ本人、空色の髪を頭の後ろで団子状に結わいたこの魔術学院の学院長である女性、ミウはドヤ顔で水魔法を唱えて火を消した。


「ふふんっこういう時は慌てずに、よ?次から気をつけなさい」


「先生が投げたんでしょうが!?」


ぜーはーぜーはーと女生徒は息切れを起こして膝をつく。

こんな感じでミウは先ほどから逐一ミスを起こして回っていた。

彼女は生徒ではない、教師だ、そして女生徒は教師ではなく生徒だ。

どちらが教師なのか生徒なのかもはやわからないこの状況に思わず他の生徒たちは唖然としていた。

だがそんなことを知らずにまたしてもミウは完全に冷え切ってしまった燃焼石を手に取る。


「さてと、この燃焼石だけど水をかけると一時的に熱が消えるのだけれど中に内包されてる炎の気が残ってる限り熱をまた発生させるのよ、すごいって熱い熱い!!火傷しちゃう!!」


「先生手から離してください!!何やってるんですか!?」


「えいっ!!」


ぽいっとミウはいい加減に放り投げて......


「先生どこに投げて......何薬品や触媒がある棚に投げつけてるんですか!!」


女生徒の泣き声を背景に淡々と熱を発する燃焼石は高温になっていき棚に火をつける。

そうして簡単な瓶に込められてしかいない液体類を熱していく。

無論その中には熱に反応して爆発やガスを撒き散らすヤバイ液体も入ってるわけで.......


「先生ぃぃぃぃ!!なんで休むんですかぁぁぁぁ!!」


涙目で魔術を放つ女生徒の悲鳴が学院に木霊した。

今日は恐らく学院に入って一番の厄日だ、そう女生徒は静かに確信した。


だがそんなことも知らずに誠は知ったような顔で笑う。


「魔術学院の学院長が講師してるんだ、生徒たちも嬉しいだろ、今頃忙しいだろうな」


「そんなもんなのね」


麦茶をカラッと乾いた喉に流し込み栄養などほぼ摂取できないのだが彼女は美味しそうに笑った。


「さてと、本題なんだがお前今下着何着てる?」


「殺すわよ?」


「いや真面目な話ただの布で巻いてるだけだろ?」


「そうだけど何よ?わざわざセクハラするために呼んだわけ?」


「な訳ないだろ、俺が今回お前を読んだのは下着モデルをやってもらいたいからだ!!」


ドヤァァァァァと効果音が聞こえてきそうなほど自信満々に、純粋な笑顔で無茶苦茶なことを誠は叫んだ。

だがやはりメイリーはかけらも理解できずに半眼を向ける。


「......真面目にどういうこと?話についていけないんだけど」


「よくぞ聞いてくれた!!」


勢いよく誠は立ち上がり仰々しくまるで吟遊詩人のように腕を広げて口を開く。

この時点で大体ろくでもないことだと想定したメイリーは半分聞いて半分無視だ。


「いいか?この世界では下着なんてものは存在しない・・・・・!!」


「何言ってるのよ、こういうのがあるわよ」


最早どうでもいいという風にメイリーは自身のシャツのボタンを外しぺったんこに近い胸元を見せる。

そこには麻色の布を金属で固定するかのような物が彼女のなけなしの胸部を支えていて誠は思わず哀れんだ表情を浮かべる。


「俺の世界ではもっと違うのがあってだな。それって実際血行を邪魔したり肌を傷めたり、体に悪影響しかないんだよ」


「でもそんなの魔術で直せばいいでしょ?」


「体にガタがくると老年期魔術欠乏症とか血液内魔素喪失症とかに繋がるんだよ。まぁ話を続けるが俺はそれを下着とは呼ばない!!そんなのエロくもないしそもそもの話体に悪い!!俺が求めてるのは下着ではなくブラジャーである!!」


「は?ぶらじゃー?」


「そうだブラジャーだ。エロ下着やエロブラ、黒下着から純粋な白色パンティー、夢が広がる!!」


「要するに貴方は女性を性的な眼でしか見てないのね、怖」


軽蔑の視線、もはやSM系の店の女性のようで酒場のMっけのある男が頬を赤く染める。

だが誠は椅子にきちんと靴を脱いでから足をついて演説するかのように大声を上げる。


「男なんてそんなもんだ!!良いか?こっちの世界の学生なんて異性のパンツとか熟女のブラとか、後はエッチの教師の下着に興奮したりだとかするロクでもない生物なんだよ!」


「「「おぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」


酒場の酒に酔った男達は威勢良く共感の声を上げる。

だが常識人である店の店主は静かに食事を運びながら酷く蔑んだ眼で誠を見つめる。


「おい兄ちゃん、全男性に謝ってくれよまじで」


「知らんな!!おっちゃんも男ならば異性の胸部興奮するだろう!」


「いやまぁ、男だからな.....」


「ほら見ろ!このおっさん異性の胸見て興奮する変態ーー痛っ!?なんで殴るんだよ!?」


「お前が悪い」


「まぁいい、男だったら興奮するよな!!清楚系美女のロングスカートが奇跡的にめくり上がり中身が見えるのを!!美しいドレスから覗く魅惑的なたわわな果実を!!」


「「「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」


誠の男の欲望をぶちまけた演説にやはりロクでもない男達は賛同の声を上げる。


「って感じだ、見ればわかるだろ?女が思ってる以上に男は異性を異性としか見てないパターンがある。そんないつも考えてるわけじゃないがな」


「なんか男性のイメージが私の中で崩れてってるんだけど」


「これは女性にも言えることだ。女性は高収入の人と結婚したいだとか、豪邸に住みたいだとか、宝石財宝を身に付けたいとか、簡単に言って男のそういう部分しか見ない。あと顔とか顔とか顔だな、うん」


そう言いながら誠は某勇者サマとその取り巻きを思い出す。

勇者という確かな地位を持ったシンジに砂糖に群がる蟻達のように女性達が群がっていた。

ひどい話だがシンジは魔女と勝手に決めつけダルマにしてそういう・・・・事をするなど残虐な行為も正義を振りかざして行っていた。

その上周りにハーレムというのだから呆れて物も言えない。


「はっ全くわかってないわね、乙女は恋をするのよ」


「金に?」


「違うって言ってるでしょ!?」


頬を若干紅色に染めながらメイリーは髪をくるくると指で回す。

ボロクソな見た目とは裏腹に髪の毛は大変手入れが行き届いてるようで美しく光を乱射していた。

ふんわりとした甘い匂いは男達からではないだろう、彼女から漂う匂いはとても優しい香りで心が落ち着くものだった。

誠は深く嘆息してから彼女に問いかける。


「なぁお前今日なんでそんなボロクソの物乞いが裸足で逃げ出すような格好してんだ?」


確か手紙で呼び出された時はもっと違ったはずだ。

誠の記憶にはたしかに純白のワンピースに身を包んだ彼女の姿が鮮明に残っている。

少なからず十人中九人が二度見するほどの美しい容姿をしているのは間違いない。

美少女、その単語が似合う人間というので間違いはなかったはずだ。

それなのに今日のこの私貧乏ですと言うような格好、哀れすら湧いてくる。


「これにはフカイ島並みに高くタカイ島並みに深い理由があるんですよ」


「そりゃあ高くて深い理由だな」


フカイ島にアツイ島は双子島であり名前が全く合ってない上に地獄の入り口と言われるほど深い穴があったり、天国への階段と呼ばれる世界最高峰の山があったり。

どちらも高レベルの魔物が嫌という程住んでいて高レベルの冒険者のレベル上げにいいとかなんとか。


「で、結局本当にどうしたんだそれ?はっきり言って異常だぞ」


「裏切られたのよ」


「はいはい、やっぱりーーっては?裏切られてた?」


てっきりうっかり焼いたとか、寝てる間に荷物だけ盗まれたとかその辺の理由を誠は想定していた。

なのに裏切られた?

困惑を顔いっぱいに浮かべて誠は両目を見開く。


「吸血鬼の仲間に襲われて身ぐるみ剥がされて犯されかけたのよ。結局うちの老婆が助けてくれたけど今回の反乱の時に吸血鬼の隠れ里の場所をばらしたバカがいたのか服とかもう構ってられる状況じゃなかったのよ」


メイリーは少し服をずらすと真新しい傷跡が腹部にあった。

どうやら鋭利な物でやられたらしい、スッーと腹部を横に切り裂いた跡があった。


「いやお前かなり強いだろ?魔術あれだけ使えて貧弱な吸血鬼に負けんのか?確か今吸血できないから弱ってるんだろ?」


「わからない。可能性なんて考えればいくらでも出てくる。別の種族の間者のせいか、まぁ結果として吸血鬼の数がだいぶ減ったのと国の討伐隊が出てるって所ね」


「そうか......ってかなんでここにきてんだよ!?そんな大変な状況で!!」


残りの吸血鬼などを集めて逃すなり、討伐隊を足止めするなり幾らでもやらなければいけないことはあるはずだ。

なのに彼女は今ここで適当に呼んだ誠の元に着ているのか。

その最早奇行とすら言える彼女の行動に誠は勢いよく机を叩いた。

だが彼女はひたすら落ち着いた様子で返す。


「私が呼ばれたってことは何か頼みごとでしょ?ならそれの報酬を求めるわ」


「いやだから......ってまさか!?」


「そのまさかよ、私達を助けて。救国の勇者さん」


何処か意を決した様子で彼女は静かにそう呟いた。

その両眼には確かな覚悟の色があり真っ直ぐと誠の両目を射抜いていた。


間違いなくガキンチョと呼ばれ文句を言うような子供ではなく一つの種族の全吸血種を背負った女の姿があった。


「......その呼び方やめろ、中二病くさくて背中がむず痒い。それとお前馬鹿だろ......」


「何よ!私だって考えるに考えて決めた結論なのよ!?」


「考えるに考えて他人に全て任してしまうのは逃げだ。その前に頼れる大人に相談しろって話だよ」


「相談できる大人なんて......店主さん?」


「な訳ないだろお前の目の前眼前にいますー!!」


「はっ、貴方が頼れる大人?笑わせないで」


「はぁ......俺の慈善、偽善事業なめんなよ?お前は絶対に泣く」


誠の慈善事業ーーいや、偽善事業はとても国から見ればよろしいものでも、奴隷商から見ても好ましいものでもない。

今回の件、彼女の種族である吸血種を守るための一つの手段が誠にはある。

それも国と戦争するとか、他の候補者と争うとか、そんな争いばかりで解決するような邪道ではなくごく普通で、それでいて平和な道。


「丁度いいし今から行くか、善は急げだ」


「まだ説明してもらってないんだけど!?」


「お前は俺に全権託したんだ、お前に拒否権はもうねぇよ」


「でっでも」


「やってから後悔すんなよ、別に誓約書も何も書いてないんだ、後で返してやる。おっちゃん、これでぴったりだよな」


笑顔で誠がそう言い麦茶代を机の上に置く。

踵を返して早足で店を出る誠の後ろを駆け足でメイリーが追おうとするがーー


「おいちょっと待て、代金足りないんだが?」


とびきりの笑顔の店主がメイリーの肩を掴む。


「えっおっお金......?」


彼女は慌ててポケットを探るが無論そこに財布はない、もしも金の類も剥がれた際にこぼれ落ちたままだ。

つまり現状をわかりやすく簡単に、簡潔に表現するならば。


「無一文なんです.......」


「あ?って......お前の分じゃねぇか、これ。ほいこれ代金」


誠は慈しむような顔で紙に書かれた金額を手に取りメイリーの前に差し出す。

若干悔しそうだがメイリーは右手を伸ばしてーー

バッと思い切り握りしめ頭上高く誠は右手を掲げる。


「うっそだよーん!!自分の分は自分で払えや!!」


「むっむきー!!!ゲス!屑!!人でなし!!」


確かに金がないことを完全に失念し注文した自分も悪いがわざわざ出してからやらないと叫ぶのは酷すぎるのではないかとメイリーは心の中で愚痴った。

ぴょんぴょんと飛び跳ねてその右手に手を伸ばすがやはり身長差がありなかなか届かない。


「俺は奢ることは絶対にしない!!残念だったなガキンチョ!俺は偽善者だが優しかないんだよ!!」


「じゃああれよ、今回の下着とやらの報酬で......」


「よっしゃ、もってけ泥棒。これが報酬だからな・・・・・・・・・


「はいはい」


彼女は知らない、誠がこれまでにないほど悪い顔をして左手でスマホの録音機能を起動していることに。

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