第5話道場破り

 ――明石・円明流道場


 大勢の門弟が袋竹刀で打ち合って床が軋む音が門の外まで響き渡っている。


 女剣士拵えのお千代が、風呂敷を抱えたお節をともなってやって来る。


 目の前を黒猫が飛び出す。


「あら、黒猫。道場の猫かしら?」


 お千代、膝を折って手を伸ばす。


 黒猫、身構えて毛を逆立てて、お千代の腕に飛びかかって傷を負わせる。


「痛いッ! 」


「姫様!」お節、慌てて黒猫を追い払う。


 お千代、笑って「いいのですよこれしきの傷。さあ、道場へ参りましょう」


 お千代、道場の活況に胸弾ませ門をくぐる。


「お節、さすがは西国一の剣客、宮本武蔵様の道場。門弟たちの活況が音だけでこちらまで伝わりますね。わたくしも武蔵様に一手御指南いただくなくては」


「お千代様! はしたない。剣は男の戦道いくさみち。女は奥につとめて慎ましくお城を守らねばなりません」


「古いわねお節は、昨今風は、伊井家にいらした女城主伊井直虎様のように女も活発でなければ流行りませんよ」


 お千代、袋竹刀を取りツカツカと道場へ上がって行く。キョロキョロと見回し門弟に稽古をつける強そうな高弟の青木粂右衛門を見つけ、門弟を肩で押しのける。


「どなたか存じ上げませんけれど、よろしくお願いいたします」


 と、袋竹刀を構える。


「女とはいえ、円明流は手加減致しかねますぞよろしいか?」


「御気遣い結構、では、こちらから参ります」


 と、お千代の鋭い打ち込み。意表を突かれたとは言え鮮やかな一本だ。



 お千代続いて、同じ高弟の石川左京へ。


「参りますよ」


 お千代先程、粂右衛門への攻撃と同じくポン! と先手をとる。


 左京、横へ切り払う。


 左京「ははっ、私は待ちの剣です。同じ手は通じませんよ」


「さすが宮本武蔵様の円明流、達者な人材が揃っていますね。でも、しかし……」


 お千代、左京の短刀を誘い出して、姑息に小手をとる。


「ウフフ。女剣法だと思って甘くみて短刀で誘いにのりましたね」


 膝を叩いて悔しがる左京を押し退けて、豪槍を小枝のように回す竹村与右衛門。


「まだまだ、円明流は手加減致しませんぞ! 」


 乱れ突きを放つ与右衛門。


 お千代、圧される。


 必死で突きを払いかわすお千代。与右衛門の呼吸と突きの乱れを見逃さず、懐へ飛び込み面をとる。


 乱れた呼吸を整えながらお千代、


「これで門弟たちは一掃出来たかしら?」


「ニャー! 」と、玄関で先程の黒猫の鳴き声。見ると、黒猫を胸に抱えた大男が立っている。




 ――同・屋敷


 縁側で横になり小壺に入ったイカナゴのくぎ煮を箸でつまみながら、まだ子供の伊織と将棋を打つ宮本武蔵。


 月代がボサボサさ伸びほうだい、無精髭で何日も風呂にも入っていない武蔵が、アゴをなでながら長考している。


「ちと、痒いの」


「もう三月風呂へ入っておりませんからな」


「前は夏の陣のころだったかのう?」


「それは3年前でございます。この前、小笠原の殿と明石見聞の前に風呂に入ってございますが、少々、においます」


 武蔵、ボリボリ胸元を掻きながら、ニタリ。


「これで王手だ」


 龍を置く。


養父上ちちうえ、参りました」


 宮本三木之助が来る。


養父上ちちうえ、お久しぶりですでございます」


 先頃、姫路藩・本多忠政の嫡子・忠刻へ小姓として仕官した黒の紋付き羽織に、鼠色の袴を履き、若侍らしいサッパリした三木之助。


「義父上、いつきても円明流の道場は活況がありますな」


 武蔵、飛び起きてあぐらをかき、枕元の竹刀を掴む。


「三木之助、久しいな。(竹刀をみせ)どうじゃ? 」



 ――道場。


 武蔵と連れだって三木之助、伊織が来ると、道場には見るも無惨な光景が広がっていた。


 門弟をはじめ血だらけの高弟の青木粂右衛門、石川左京、門口に追いすがるように竹村与右衛門が転がっている。


 オロオロと、門口に立ち尽くすお節が武蔵を見つけてすがりつく。


「武蔵様、お千代様が……」


「姫様がどうされた? 」


 お節、オロオロとロザリオを武蔵へ渡す。


「ロザリオではないか、どうした、しっかり話さぬか!」


「お千代様が、キリシタンの不死身の剣士に拐われました」



 つづく

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