第4話お千代姫とロザリオ

 ――明石の港町・魚の西町。


 風にひらめく幟旗のぼりばた。威勢のいい声がひびき出店が建ち並ぶ。


 プンと香ばしい真鯛の塩焼き、串を刺したイイダコの足、ひらりひらりと炉に網をのせノリを焼いている。


「お節! お兄様の仰有ったイカナゴのくぎ煮はどこかしら?」


 つかつかと、歳の頃は17、8に見える大店おおだなの梅の花がチラホラ咲いたい小袖を着た身なりの良い娘が侍女を連れて、出店を初めて見るかのようにあちらへ頭をつっこみ、今度はこちら、はたまたあちらと、子供のようにはしゃいでいる。


 追いかけるのに必死の侍女が、とうとう追いつけなくなって、


「お千代様、あちらへこちらへ、わらべのようにひっきりなしに歩かれちゃお節は、ついて歩けません、お待ちになってお千代様!」


「お節、年寄りにわたしの共はつとまりませんとあれほど言ったのに貴女が意地になってついて来るからそうなるのです。あら、美味しそう」


 お千代、イイダコの串焼きを掴んで食べる。育ちが良いのか、食べる口元は、袖で隠して食べている。育ちが良すぎるのか銭勘定が分からず自由奔放なお千代の尻拭いをして歩くお節。



 お千代、屋台の横で、顔を汚したツギハギだらけのボロを着た同じ年頃の娘を見つけて、哀れに思ったのか、もう1本イイダコの串焼きを掴んで娘に差し出す。


「ほら、あなたも食べなさい」


 汚れた娘、神にでも祈るように合掌して、ブツブツ祈る。


「変わった娘ね、あなた名前は?」


「カタリナお純です」


「やっぱり変わった名前ね。まるでバテレン。でもいいわお腹減ってるでしょ?わたしのも食べなさい」


 お千代、カタリナお純に食べかけのイイダコも渡す。




 浜の方から、威張って十手で肩を叩きながら、岡っ引きの鯛造親分と、町人にふてぶてしくガンつけながら露払いをする子分で下っ引きの蛸八たこはちがやって来る。


 二人を見かけたお千代が、関わらないようにお節に袖を引かれて屋台の陰に隠れる。お千代、興味深そうに、鯛造、蛸八のやり様をうかがい見て、


「あれは何かしら?」


「(声をひそめて)町の御用聞きでございますよ」


「御用聞き? それって町方でしょそれがどうしてあんなに威張って歩いているの? 」


「(尚、声をひそめて)町方と言っても根はヤクザでございますよ。お千代様関わってはいけません」


 お節、お千代の前に立って隠してしまう。



 蛸八、町を歩く娘を見つけては、体つきを見定めて、胸や尻の張りを確かめるように触って歩く。時には、足元を開いてちょっかいをかけて走り回っている。


 鯛造は、蛸八の暴走を止める様子はなく、むしろ笑ってそれを奨励してるようだ。



 お千代、勘に触ったようにお節に噛みつく。


「お節! あれはどう言うこと? 町娘に片っ端に不埒を働いて、十手を握ったお役人は咎めるどころか笑っているわ」


「あれは親分の生業なりわいでございます。口はばったい話でございますが……、(お千代に耳打ち)」


「町娘に因縁をつけて女郎屋へ売り飛ばす! わたしちょっと言って懲らしめて来ます! 」


「お千代様、堪えて下さいませ。今回のお千代様はお忍びの身、ここでイザコザを起こせば、2度とお城を抜け出せなくなりまする。ご辛抱を」


 お千代、鯛造にピシャリと言ってやりたい心を抑えて身を隠す。




 偉そうに蛸八。


「ワシらは、この辺に隠れておると噂のキリシタンを探して居るのだ、決して女どもを見定めているのではない。これも仕事じゃ」


 ジロリ四方へ眼をくれる鯛造、屋台へ隠れるお千代の小袖を見つけて、蛸八へ耳打ち。


「へい!」と、蛸八。つかつかとお節を押し退けて、


「やい! てめぇ、見かけねぇツラだなどこの娘だ! 」


 キリッとお千代、


「舟上からちょっと探し物で参りました」


 訝しげに、お千代を値踏みする鯛造、アゴをしゃくって連れて行けと蛸八へ合図を送る。


「怪しい女だ。ちょいと番所まで来てもらうぜ!」


 蛸八が、お千代の腕を掴んでしょっ引こうとするところへ、ドンッ! と、カタリナお純が身を当てて蛸八を圧し倒して逃げる。


「まて! この野郎‼」


 逃げたカタリナお純を追いかける蛸八。カタリナお純が逃げた足元に十字架のついた数珠のようなものが落ちている。お千代、拾って、


「なに? 大事なものかしら? 」


 お節、めざとく、お千代の手から数珠のようなものを打ち払う。


「なりませぬ! そのようなもの!! それはキリシタンのロザリオでございます」


 お千代、キリシタン禁止令に恐れることもなく再びロザリオを拾いあげる。


「同じ人間です。恐れることなどなにもありません」


 鯛造、お千代とお節のやりとりに勘がひらめいたのか、忍び寄って、十手をお千代のアゴへあて顔を見聞する。


「ふふ、いい玉だ。高値がつきそうだ」


 お千代、キリッと、


「あなた役人でしょ? 初めて会った女の顔を品定めして値段がどうとか、どういうことです! 」


「おお、気性が激しいのも乗客がつくぜ、へへへ」


 鯛造、舌舐めずり。


「汚らわしい! 」


 お千代、いきなり鯛造の足をふんずけて行ってしまう。


 待ってました!と、鯛造「待ちねえ、この鯛造親分さんの足を踏みつけてタダで済むと思ったら甘えよ」


 おう!と、懐から縄を出し鯛造が、お千代をしょっ引こうと縄をかける。



 赤松山の方から町人の声がかかる。


「おい! 殿様の御成りだぜ」



 偶然、明石の赤松山の方から降りてくる小笠原忠真と宮本武蔵。


 小笠原忠真、鯛造の様子を目に止める。武蔵、忠真の心を汲みとって、鯛造を呼びとめる。


「これは何事であるな?」


「へえ、怪しい女を見つけた物でしょっ引きました」


「見たところ身なりも整って商家の娘と言ったようじゃが」


 と、武蔵、顔を見ると、お千代慌てて隠すように顔を伏せよく見えない。


「ええい、怪しいヤツめ! 殿様にそのツラを見せろい」


 と、十手で嫌がるお千代のアゴを引き上げる。お千代の隣りで申し訳なさそうに頭を下げるお節。


 ハッとする小笠原忠真、武蔵へ耳打ち。


「おい、小者、まあ、待て。その娘、ワシらに任せよ」


「へっ?」


 なんのことか分からない鯛造。武蔵、鯛造の懐へ金3両をつっこんむ。


 鯛造、ニヤニヤと、


「そう言うことでございますか」と、お千代の縄を武蔵にあずける。


 武蔵、白々しく、


「おい、娘! 怪しいヤツだ。お前は城内でたっぷり調べる」


 鯛造、お千代の耳へ吸い付かんばかりに顔を寄せ、


「観念しろよ娘! やっぱり鯛造親分の目に狂いはねぇ」


 お千代、鯛造に一言文句を言おうとしたときに武蔵に縄を引っ張られる。


「おいあましっかりついていかねえか! 」


 鯛造、お千代の尻を叩く。


 小笠原忠真、アッとなるが、心を押し止めて平然と、


「参るぞ」


 そうそうに町の見聞を済ませてお千代を連れて帰って行った。







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