61「移動生産要塞」
朝の商売を終え、いつもの薬草採取へと向かう森の道、アランはヴヴヴ……と、お馴染みの気配を感じた。
「仕事かあ……」
報酬のない本業への呼出しである。周囲に人気はなかった。目の前に渦を巻く光が発生し、アランは目を閉じてそのまま進む。
天使の間ではオルディアレス、アレスが相変わらず、けだるそうにソファーに寝そべっている。天地逆さまの状態も、いつもと同じだ。
「こっちは特に変わりないけどね」
「蝿と戦っていた騎士が来たのねえ~」
「うん、信頼できる人だよ」
二人はまず、世間話を交わす。変わりなしは戦闘の話だ。アレスは特にアランの人間関係に気を配る。神の力は人間の手に余るので、内心からおかしくなってしまう人もいるらしい。アランは呑気で無頓着、そして純粋な
「良かったわ。理解者は一人でも多い方が良いものね」
「まあね。今度ギルドの
「ええ、その前に大物を仕留めておきましょうか……」
どうやら全てお見通しのようだ。アレスが手をかざすと、隣に新たな光の渦が巻く。外界、人間世界のある場所に通じる通路なのだ。そこに御指名の敵がいる。
「今回のは、ちょっと厄介よ」
「相手は?」
「不明よ。人間を捉えているみたい。目標を殲滅しろって、神が言ってるの」
どの道みち行くしかない。使徒のアランに選択権などないのだ。
「ササッと早く終わらせよう。僕はこれでも忙しいんだよなあ」
「貧乏暇なしね。ササッと終わればいいけれど」
「将来は儲かりすぎて忙しいだよ。だいたい――」
「早く行って」
「はいはい……」
アランはその渦に向かって進む。アレスもまた、けだるそうに立ち上がり続いた。
「なっ! なんだ? アレ?」
空中に飛びだした二人は、
「あの山向こうが街よ」
アレスは白銀を頂く山並みを見た。アラン少しホッとして、目標の相手を再度見下ろす。それは地上すれすれを浮かびながら、ゆっくりと移動する巨大な異形である。
「使い魔よ。さあ、早く倒して!」
「うっ……」
気味が悪い姿であるが、驚くべきはその大きさだ。貴族の豪邸をいくつも合わせたほど大きい。巨大な建物が動いているようなものだ。
無数の触手が蠢き、いくつもある巨大な目もギョロギョロと動いている。表面は無数の使い魔の集合体のようだ。
「早くは終わらないかなあ……?」
こんな相手は初めてである。普通はじっくりと責めるような相手だ。
「あなた次第でしょ? 早くやって!」
「はいはい……、それじゃあ――」
胸のペンダントが震える。アランは剣を抜いて、大きく振りかぶった。切っ先に発生した
とりあえず小手調べと思いつつ、早く終わらせたいとも思いつつ、攻撃動作が大ぶりになってしまった。体全体を伸ばして、反り返る。そして力を溜める。
「――いっけーえっ!」
そのまま振り下ろすと、その異形に神の光輪が襲い掛かった。しかし――。
「あっ!」
輪は異形に触れた途端に砕け散る。効き目なしだ。
「なんで……」
「
「王の力か――。神の力でぶっ壊してやる!」
「もうっ! ダメよ。今回は中に侵入しての調査もあるの」
「調査ねえ……」
今一つ意味が分からない。アランとアレスは低空に下りて巨大使い魔に接近する。表皮がポロポロと剥がれ落ちて、普通の使い魔に変化した。
アランは素早く機動し、まとめて撫で切りにした。
「吸血王か……、けっこう本気なんだね」
「そう、これ、厄介な相手なのよ。中に入りましょう」
「中? 入り口がないよ」
「玄関なんてないわ。適当に切り裂いて侵入するの!」
「はいはい、さっきのは?」
「
接近戦なら
「じゃ、この辺で……」
「気持ち悪いなー」
「当然、悪魔の手先だもの」
気乗りはしないが仕方なしと、アランは内部に侵入しアレスも続いた。
「なんだ? こりゃ??」
内部の壁は赤く肉感があり、体液でぬめっている。天井に埋め込まれている水晶が光り、その明かりに気味の悪い使い魔たちが照らされていた。両側面にずらりと並ぶそれらは、今にも動き出しそうだ。
「いくつもの使い魔を改造して融合しているのよ。素材は吸血中心だけど、他の悪魔のもまざっているわねえ……」
それらは、確かに犬や鳥、さまざまな形が無秩序に合わさっている。
「人間を強制誘惑して、強力な使い魔に改造する
内部にいる素材は、捉えた人間と使い魔たちだ。そしてそれらを融合する。
「こんなのを街に向けて放つつもりなのか……」
「ええ、もう何体か吐き出して街の近くまで来ているのよ。それが
「ふ~ん……」
なかなか面白い記事が書けそうだ。神の力を使う状態のアランは、呑気にそんなことを思った。
「序列第七席、吸血王ヴェリーヌが作り上げた移動生産要塞ね」
使い魔たちが覚醒し動き始めた。体に繋がる血管を引きちぎり、不気味な唸りを発する。
「燃やし尽くして」
「了解」
アランは剣を鞘に戻して
「よし、行こうか」
燃やすだけならば
二人は外に脱出して上昇した。
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