56「吸血の討伐」
名も知らぬ元少女は両腕に使い魔を集中させていた。それは異様に大きくて凶悪に長い。ゆっくり歩いていたアーヴは一瞬で速度を上げ肉薄する。
「早いっ!」
驚いたリュドレが叫ぶ。やはりただ者ではない。動きの次元が違うのだ。
伸びる腕の攻撃を瞬間移動のごとくにかわして切り捨て、アーヴは横滑りしつつ側面に回った。
切られた腕が変形して
「むうっ……」
リュドレが魔導具をかざして唸ると、空中に光が結晶し敵に向かって発射された。魔導技
ソニアも首の十字架を外し、戦いの様子を観察する。赤い目を見開き長い金髪を振り乱す元少女は、使い魔に浸食されている残った腕を
アーヴも心得たもので、右に左にかわしながら確実に使い魔を削っている。
「動きが早すぎて攻撃する隙がない。さすが王都の騎士だ」
「私たちは、もう少し見守りましょうか」
「はい、しかしあれほどの力を持つ者を、王都はよく手放したよなあ。まだ蝿の残党がしつこく周囲で活動しているのに」
「……」
「勇者と共に戦ったなんて、どこの家の人なんだろう?」
リュドレの独り言のような言葉をソニアは聞き流す。貴族の事情に口を挟むつもりはない。
片腕に魔を集中させる攻撃は、かえってこちらの思惑通りであった。アーヴは攻撃を受け続けるように仕向けながら、ひたすら元少女に融合している使い魔を切り取る。
「そろそろですね……」
ソニアは自分の出番かと十字架をかざす。吸血の敵との間、空間が広範囲に光り始め、そして球体として収束する。
「離れて下さい!」
アーヴは
「これが浄化か……」
ゆっくりと地上に降り立ったアーヴは、倒れかかった少女を抱き止めた。リュドレとソニアはその元に駆け寄る。
「もうこの少女は大丈夫ですわ」
「さすが聖女ですね。お見事でした」
「いえ、アーヴの力あってこそです」
「いや、私は少し戦っただけですよ」
少女を抱えたアーヴとリュドレ、ソニアは教会に戻り、ソニアと教会のシスターたちは早速治療に取り掛かる。連絡を受けた少女の家族が教会に駆けつけた。もう少女は大丈夫であろう。
今夜も三人は宿坊に泊まった。
◆
「それではリュドレ神父。お元気で……」
「あっ、いや、はい……」
まだ暗い翌朝、教会を出た三人は街道に差し掛かる。ここから進む道は別々であった。
「またお目に掛かれる日を、楽しみにしておりますわ」
「はっ、はい。その時は研修を終えて神父になっていると思います。私も楽しみにしております」
「はい」
ソニアはとびきりの笑顔を見せ、リュドレも笑顔で頷く。しかし、ここでお別れなのだ。リュドレは急に暗い表情になった。
「リュドレ。入れ違いとは寂しいが、いつかまた共に戦おう」
「はいっ」
「王都とて安穏としておれんぞ! 勇者無き今、様々な悪魔がちょっかいを出してくる」
「蝿以外もですか?」
「そう、あの手この手でな」
「早く研修を終えて一人前になり、私も悪魔と戦います」
「その意気だ。
アーヴは
「いつか再びの再会を、リュドレ神父」
「はい、シスターソニア」
二人は見つめ合い、アーヴはその姿を見て微笑んだ。
◆
「クリヤーノに帰るのは十年ぶりですよ。ずいぶん街も変わったのですかね?」
「ん~、特に変わった所はありませんかねえ……」
「そうですか。懐かしい街です」
アーヴは目を細めて道の先を見やる。道中、故郷の街が近くなるにつれて、はやる心を隠そうとしない。ソニアはこの元騎士に興味が湧く。これから再び仕事を共にすることもあるだろう。
「ところで、なぜそこまで勇者に心酔してらっしゃるのですか?」
「うーん、説明するのはなかなか難しいなあ……」
御立派な、すばらしいお方、などと言っていたがアーヴは真剣に言葉を選んでいた。ソニアにしても願ったりでぜひ聞きたい感想である。
「純粋な人なのです。ただ純粋でありたいと感じました」
それは確かにそうだ。色々な物事に対して純粋ではある。お金も仕事もだ。
「私など少年の頃、ああは考えたことなどなかった。あれほどの力を手に入れれば大人だって自分を見失ってしまうでしょう。あの少年にはそれがなかった」
「……」
「あっ!」
「どうかされましたか?」
「いえ、つい言ってしまいまった。どうか少年だとは忘れていただきたい」
「今の話は懺悔といたしましょう。他言はいたしません。シスターの仕事ですから」
「助かります――。ついでに言わせてもらえば、私が故郷に帰るのは結婚を申し込んだ恋人がクリヤーノにいるようなのです」
「まあっ!」
少々恥ずかしそうにアーヴは告白する。
「消息を探っていた時に偶然勇者様の話も聞きました。突然いなくなってしまった、その女性を追いかけて行くしだいでして……。これは懺悔ですね」
「もちろんです。そちらの方が重要ではないですか!?」
女性のソニアとしては当然にそう思う。勇者のことなど放っておけば良いのだ。
「いや、まあ……。私にとってはどちらも重要でして……」
「それはいけません! 恋人に集中なさいませ」
『東スト』の記事にうってつけの話である。突然に去った恋人を追い求めての帰郷。騎士の身分を投げ打ってまでだ。このようなロマンチックな話に、たかが貧乏な元勇者など不要ではないか? などとソニアは考え込む。
「それに、妹が一人で家を守っている。これからは私が経営に専念して、少しは女の子らしい暮らしをして欲しいと思って――。いや、少しおしゃべりだったね」
「いいえ、素晴らしいご決断だと思いますわ」
「いやあ……」
アーヴは照れたように頭をかく。強さを持ち、そして優しい性格のようだ。それが勇者と共に戦った騎士なのだ。ソニアは今更ながら安心する。あの日々は
二人でクリヤーノの城門をくぐり、しばらく進むとアーヴは立ち止まる。
「それでは私はこちらへ。この先に知り合いの屋敷――、恋人の手がかりがありまして……」
「分かりました。アーヴ様に神の御加護がありますように……」
「ありがとうございます。でわっ!」
アーヴは気合いを入れてその道を進んで行く。先にはエルドレッド・シー・セルウィンズ卿の屋敷がある。これは本当に神の導きなのか? ソニアはなんとなくそう思った。
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