50「深淵の対決」

 意識の奥底を魔法用語で深淵・・、と呼ぶそうだ。


 アランとソニアはソファーに身をゆだねて、体の力を抜いて目を閉じる。


「ん~っ、行くわよ~~」


 人の深淵領域に入り込む為には強い魔の力が必用で、それが人間でありながらフェリアンが魔女と呼ばれる由縁だ。


 アランの真っ暗な視界に光りがいくつも点滅する。それは徐々に数を増して全てが白く輝いた。


 目を閉じているアランの眼前に空間が広がる。


「ここが深淵しんえん――か……」


 白一色の世界は目が慣れるにつれ、奥行きもあり枝分かれしている回廊などもあると分かる。


 二人は裸――、淡く光る素体のような姿となっていた。


 アランは剣と封印のペンダントを身に付けているだけで、ソニアは十字架を首に下げているだけだ。


 髪を止めているピンも結んでいた紐もないので、髪の毛がハラリと顔を覆っている。


 その髪をかき上げながらソニアが言う。


「ここがランシリ様の意識の中……」

「うん、そうみたいだ。ここのどこかに取り憑いている悪魔がいるはずだ」


 二人は互いの姿には特に触れない。裸同然の恰好なのだが気にもしない。子供の頃から施設の仲間たちと水浴びをしていたし、兄弟のようなものだからだ。


 アランはチラリと見て、また綺麗になったと思い。ソニアはたくましくなったなあ、などと互いに昔の姿を重ねて感慨する。


「僕の方が、背が高くなったんだ」

「一年前に戻って来た時は同じぐらいだったのにね」


 そんな話をしながら、二人共に同じ方向を目指して歩く。互いに悪魔の気配を感じていたからだ。


「アランは王都でこんな経験はあるの?」

「初めてだよ。僕が戦っていたのは蝿の軍団で、力こそが悪魔の証明だって言ってるような連中だったし。ソニアは?」

「もちろん初めてよ。深淵への交信ディープコンタクトを使える神父様やマザーはここの教会にもいると思うけれど……」

「そうなんだ!」

「うん、だけと送り込めるのはたぶん一人だけよ。二人もだなんて……」


 フェリアンはアランが戦う王都で、このような戦いを手伝っていたに違いない。接点がなかったのも納得だ。


 あの時、城壁の外に迫る蝿の軍団とは別に、王都の人間には別の悪魔が迫っていたのだろう。


「序列第六席、知略の悪魔王の配下か……。実際に悪魔に取り憑かれた人の話なんて聞く?」


 アランは周囲に目配せしつつ話を続けた。初めての空間で気は抜けない。


「これは秘密よ。数年で数人なんて噂があるわ」

「この空間では誰が対処しているのかな?」

「これも秘密で噂。Aクラスの冒険者に直接依頼するか、教会にいる私兵にAクラス以上の人がいるとか。他には王都の特殊騎士団のメンバーが、行政区の中で待機しているとかね」

「ふ~ん……」


 どれもこれもありそうな話ではあるなとアランは思った。特殊騎士団のメンバーには顔馴染みもいた。彼らの何人かは蝿の軍団を退けた後、全土へと散っている。


 もしかするとこの街にもいるかもしれない。どちらにしても冒険者ギルドにとっては管轄外の仕事だ。


「こっちだね」

「ええ」


 分岐している回廊を、二人は迷うことなく進んだ。


 素足の感触は特に冷たいとか暖かいとかは感じない。体は人間そのものだが、感覚は現実そのままではないようだ。


「あれか?」


 白一色だけの景色に、違和感のある物体が目に付く。行き止まりの広い空間に一人の悪魔、デウモスが立っていた。容姿からして悪魔そのものだ。


 竜とは違う小ぶりの角が四本頭部に生えている。足は黒い獣の毛皮で覆われ、先は鳥の三本爪だった。


 髪色は黒で肌の色は青く、白い布を体に巻いている衣装に、やはり白いローブをまとっていた。


 顔は人間ふうだが口には上下に四本の牙が生え、尖った耳がいかにも悪魔らしかった。特に武器は携行してはいない。


「よくここまで来やがったな……」

「まあね」


 アランペンダントが震え始め剣が閃光の剣ライトニングソードへと変化した。ソニアも十字架を胸元から外す。


「俺様の目的は達したぜ。その女と契約成立だ!」

「アラン……」

「ふん……」


 デウモスはこの期に及んでも、まだ誘惑を使い抵抗するつもりのようだ。ソニアは目配せし、アランは鼻白んだ。


 今までとは違う。神の力が発動された今のアランには、悪魔の嘘が手に取るように分かる。


「これでこのシスターは悪魔の使徒よ!」

「バカみたいだ……」


 そう呟いたアランは剣を振り、ソニアは十字架を突き出した。双方から白い光が発し同時に悪魔の胴体にぶつかる。


「ぐがっ――がっ……」


 腹に大穴が空き、デウモスは後方の白い壁まで飛ばされた。


「なめるなよ~、神が~っ!」


 そして黒い霧のように変化して、それは徐々に薄くなっていった。アランは何かの攻撃かと身構える。首のペンダントが一層強く震えだした。

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