37「食事の時間」

『ラ・フロイデ』との看板を見上げる。開店間近といった感じだ。


「僕が先に行って話してくるよ。動物を入れたらまずいかもしれないし。ちょっと待ってて」

「は~い」


 アランは扉を開ける。


「こんにちは……」

「あっ、まだオープン前でして……」


 店のテーブルでは女性と娘らしき子供が座って話をしていた。


「あの~……、ギルドのクエストの猫を見つけたのですが……」

「えっ!」

「みゃーっ?」

「そうそう、その『みゃーっ』だよ」


 まだ少女に満たない幼女の笑顔が弾けた。


「まあ! 良かったわわねえ……」


 母親はそう言って娘の頭を撫でる。アランがうながして、三人は外に出た。


「みゃーっ!」


 この店の娘、クエストの依頼者はフェリアンに駆け寄る。そして子猫を受け取って抱きかかえた。


「心配したよ~」

「良かったわ~」


 二人して言葉の語尾が伸びている。母親がアランに向き直り、改めて礼を言って頭を下げた。


「あの、よろしかったら……」


 クエストの報酬はここの料理、ディナーのコースを振る舞ってくれるそうだ。アランたちはありがたく、ご相伴に預かることとした。


 アランとフェリアンは店内に招き入れられ、テーブルに案内された。


 幼女は『みゃーっ』を抱きかかえて奥へ行く。店内は猫の誘惑が多すぎる。


「セルウィンズ卿からはアランにキチンと食事をとらせろ、とも言われているのよ~」

「そんなことまで?」


 監視者はそんなことまでも監視、指導するのが仕事のようだ。


「きちんと食事をしないと体に悪いわ~。育ち盛りだし~」

「うん……」


 それはその通りだった。アランももっと背は伸びて欲しいと願っている。体格の善し悪しは冒険者の力にも影響する。


 二人は向かい合って席に着いた。



 生ハム、チーズ、季節の野菜スティック、クラッカー、スモークサーモンなどが次々に運ばれ、アランはゴクリと唾を飲み込む。野菜とクラッカー以外は最後に食べたのはいつか忘れてしまった。


「私はワインを頂きたいわ~」


 母親のウエイトレスはニッコリと微笑んで、こちらもサービスで出してくれた。アランはお茶を飲む。


「こんなクエストなら毎日でもやりたいわ~。人の役に立つって気分が良いわね~」


 今日は魔族の将と戦った現場を見るのが目的だったが、子猫探しの方が何だかやりがいがあった。


 美味しかった。ガツガツと食べそうになって、アランは注意しつつゆっくりと食べる。今日は二人共に昼食は抜きだった。


 腹が落ち着いてきたアランはフェリアンに言う。


「今度はクエストを受けようか」


 アランとしても早くフェリアンの戦いを見てみたい。


「使い魔を倒せば良いのよね~」

「今日みたいにギルドに魔核を出せば報酬をもらえるよ。王都では何をやっていたの?」

「騎士団のお守りよ~。退屈な仕事~」


 騎士団なら王立軍の精鋭中の精鋭だ。ゆっくりとワインを楽しみながら、けだるそうに言う。


 一年前、精強な彼らに助けられ、アランは蝿の軍団と戦った。


「王立軍にいたの?」

「卿の私兵団よ~。お給料は軍からもらってたから、騎士団のお守りなのよ~~」


 ちょっと複雑な事情があるようなので、アランはそれ以上聞くのを止めた。一年前の王都でフェリアンもどこかで戦っていたはずだ。


 続いてメインデッシュのシチューとパンが運ばれる。大ぶりの鶏肉がゴロゴロと入っていて、アランは再びゴクリとツバを飲み込んだ。


 バンにかぶりつくと、香ばしい焼きの香りが鼻腔をくすぐった。朝焼きではなく、ディナーのために夕方焼いているパンだ。それを更に炎であぶってから出しているのだ!


 鶏肉は一度ソテーしてからシチューと煮込んでいるようだ。噛むたびに肉汁が口の中にひろった。


 いつも食べている屋台のスープとは、味わいに天と地ほどの差がある。


 アランはガツガツし、あっという間に完食した。


「ふう~っ……」

「あらあら~。私の分、食べていいわよ~」

「いや、それは悪い……、いっ、いいの?」


 アランの耳クソのようなケチなプライドと、食欲という本能が激突し言葉は意味不明だ。


「いいのよ~。私はおつまみを頂いてるから~。それに屋敷の朝食は豪華なのよ~。食べ過ぎちゃうわ~」


 そしてアランは二周目のメインデッシュも速攻完食する。


「ふう~っ……」


 こんなにお腹一杯に食べたのはいつ以来だろうか? アランの本能は久しぶりに満足した。


 そして今日の出来事を思い出す。フェリアンには聞きたいことが山積みだ。


「あのスキルはどうやるの?」

スキル~?」

「薬草を一気に刈り取ったスキルさ」


 一瞬でアランのスキルを時代遅れにした、あの新技ニュースキルだ。


「あれはね~、ある特性を持った物、それだけを選ぶ魔力。それを地面で切断する魔力。そして魔力を行使した物体だけを集める技を、三つ組み合わせたの~」

「そう……」


 切断は分かる。暫撃の輪リングリッパーだ。物体を集めるは浮遊軌道リフティングレールの応用だろうか? 特性を選んで行使する力はまるで分からない。


 そして三つの魔力を複合して、あの狭い空間だけに使用したのだ。


 これがSクラス、魔女の実力だった。いったいどのように使い魔と戦うのだろうか?


「セルウィンズ卿の仕事もあるのよ~。ない時はアランに合流するわ~」

「うん、朝はいつも新聞や果物を売っているんだ。場所は――」

「大丈夫よ~。こちらから見つけるから~」


 探査の力である。思えば今日もアランを見つけ出して接触したのだから、この街のどこいるかなどは分かるのだろう。


 魔女に狙われたら、もう逃れることなどできない。

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