88話 女子会

 午後の自主練の時間の終わりを知らせる鐘が鳴り響きエーフは地べたに倒れこむ。立てないほどに足が痙攣し身体中筋肉痛で今動かせるのは口だった。

 その口には土独特の風味が広がり鼻腔には草独特の匂いが通過して行く。喉奥からは血の味が滲みすでに体はぼろぼろだ。


「エーフ大丈夫かの?」

「だ……だい……じょばない」


 エーフはシロネに支えてもらいながらなんとか立ち上がる。前にエルとやっていた特訓とは比べ物にならないくらいハードな特訓だった。

 前にやった特訓で基礎体力はそれなりについたもののやっぱりまだまだ実力不足だったことをエーフは実感させられる。


「エーフ回復するからそのまま動かないで……」


 エーフと同じ特訓メニューをこなしたのに息一つあげていないユイはエーフに回復魔法をかける。

 筋疲労や特訓中についた傷などが嘘のように消えていく。

 良くエーフはユイに施術してもらうが、ユイの回復魔法、スキルの効果や精度が上がっているのが良く分かる。


「ありがとうシロネちゃん、ユイちゃんもう一人で立てるから大丈夫だよ」


 エーフはユイの回復魔法の余韻にもっと浸りたかったが流石に迷惑をかけているのですぐに切り上げる。


「そうじゃ今日はこの後甘いものでも食べに行くかの」

「ほんと!いこいこ今すぐ行こ!」


 甘いものと聞いてエーフは飛び跳ねる。


「エーフそんな元気がまだあるとはの……これからもっときついメニューでも良さそうじゃ」


 シロネが笑顔でエーフに訴えかけてくる。この意味ありげな笑顔がたまらなくエーフは好きだったが、内要が内要なだけに素直に喜べなかった。

 

「そこは勘弁してほしい〜」


 エーフは直ぐにシロネに抱きつき許しをこう。


「ちょ!……人が見とるでないかやめいやめい」


 シロネは羞恥心から顔を赤くしながらエーフを引き剥がそうとするが、エーフはしつこくしがみつく。


「分かった分かったからエーフ離すのじゃ!」

「はーい!」


 シロネが認めたので、エーフは少し人肌を惜しみながら離れる。


「ほら二人共じゃれ合うのはそこらへんにして早く行かないと時間なくなるよ」

「ユイよ見てるだけじゃなく手伝ってくれてもよかったのじゃぞ」

「いつものことだからつい」

「ついってなんじゃ!ついって!」

「ほらほら早く行こう!!」


 エーフは二人と手を繋ぎ先導する。


 ルイン魔導学園にはルイン通りと呼ばれる、学生が自分で買える雑貨やアクセサリーなど様々な物が売っている商業施設が寮から南に行った所にある。

 約五百メートルの長さの石畳の道が続いておりその道の脇に様々な店が並び露店だったり、建物に入っているお店など様々で、お客さんは生徒と先生だけだがかなり賑わっている。

 食事も学生寮で食べてもいいしこういった所で食べるのも学生の自由になっている。ただ、ここでは月に支給される学園内だけでしか使えないルーエを使って売買するので食べ放題という訳ではない。


 更にルーエでいざこざが起きないよう学園カードにルーエが入るようになっていて貸し借りや譲渡といった行為が出来ないようになっている。ルーエを支払う時に学園カードが本人か確認する認証をするので他人の学園カードでは売買出来ない。

 偽装系の魔法やスキルにも対応しており学生では太刀打ち出来ないようにしてある。


 この学園に出店しているお店はその学生からもらったルーエが売り上げとなる。なので学園に出店したいというお店は結構あり基本半年で店が変わって行く。

 エーフ達たわいもない話をしているとルイン通りの入り口に到着する。


 この通りは朝から夜の日が沈むまで営業しており店によってまばらだが、最終的に担当の先生が最後の確認をしに来るのでそれまでには閉めるようになっている。


「さて到着したけどそのお店はどの辺りにあるのじゃユイ?」

「こっち」


 ルイン通りの入り口に到着するとユイの足取りが徐々に早くなっていく。ルイン通りまではエーフが導いていたがここにきて主導権を握る。


 ユイは、少し古びた老舗のような建て構えのお店の前で止まる。

 このお店は生徒が入っているのを見たことがないお店で謎に包まれた所だった。


「ここ……」


 三人店の前に着いたのはいいが、誰から入るかで目配せし合う。


「どうする?」

「入るしかなかろう」


 シロネが先導して扉を開けてくれる。エーフとユイはシロネの小さな背中に隠れながら恐る恐る店内を見渡す。

 中は意外にもしっかりと食事処っていう雰囲気で外とのギャップが凄かった。


 店員はおばあちゃんでとても優しそうな笑顔で出迎えてくれた。

 それに安心した三人は席に座るとメニューを見る。


「色々あるねー」

「そうじゃのわしはこれにしようかの」

「シロネちゃん早いっ!」

「私もこれに決めた」

「ユイちゃんも!!」


 エーフはメニューをペラペラめくり見ているがどのメニューも美味しそうで目移りしてしまいなかなか決めることが出来なかった。


「もうじれったいやつじゃのーこういう時は適当に開いて指さしたやつでも頼めばいいのじゃよ」

「なるほど」


 エーフはシロネの提案を受けメニューを高速でめくり目をつむりながら適当なタイミングで指をさす。


「えーっと注文が、’月夜に輝く光属性その味は魅力的’がおひとつ、’姫君は魔王につれされ早三年’がおひとつ、最後に’輝く雪は少女のごとく漣添え’をおひとつで以上ですな」

「はい大丈夫です」


 店のおばあちゃんが注文を受け戻って行くと一人のお客さんが入って来る。


「おーおばちゃん席空いとるかのー」


 そう、学園長である。

 ルイン学園の学園長の印象はあの入学式以来で優しさというよりも恐怖の方を先に体に植えつけられているのでどうしても一瞬反応してしまう。


「ほぅ先客がいたのかのこれは失礼した」


 そう言いながら学園長は三人に遠慮してか奥の方の席に座る。


「こんにちは学園長。学園長も甘いものを食べに?」


 エーフは恐る恐る聞いてみる。


「ほっほっほそんなに恐れずとも良いぞ。ああいう事はたまにじゃからの、別にいつも普通にしてくれて構わんよ」


 エーフは気づかなかったがだいぶ声が上ずっていた。


「ここの甘いものは絶品じゃからのたまに食べに来るのじゃよ」

「仕事放棄して大丈夫なのかの?」


 シロネは少し煽るように学園長に若干強めの視線を送る。

 少し喧嘩口調だったので察したエーフはテーブルの下からシロネの制服を少し引っ張り制止する。


「ほっほっほこりゃ痛いところつかれてしまったの。まぁわしの優秀な秘書ちゃんがやってくれとるから問題ありゃせんよシロネ・ラムくん」


 学園長もお返しと言わんばかりにシロネの名をわざと口にする。


「そんなムッとした顔はせんでくれこう見えても人の顔と名前は一回見れば覚えられるってだけじゃよほらほらせっかくの甘いお菓子がまずくなるぞ」


 エーフもこれ以上はと思いシロネの隣に席を移動させシロネの顔を自分の胸にうずくめ抱きしめる。


「な!なにをするのじゃエーフ!!」

「はいすぐ喧嘩腰にならないのシロネちゃん!」

「ほっほっほこれなら大丈夫そうじゃの」

「え?……」

「はいお待ちどうさま」


 エーフは学園長が言った言葉が聞き取り辛く聞きなおそうとしたが頼んだものが来たので思考はもうそっちにシフトしていた。


「美味しそうだねユイちゃん」

「うん。これは凄いボリューム」

「そろそろ離さぬかエーフ!ふぐっ」


 ここでやっとエーフはシロネを解放する。


「うむ。どれも美味しそうじゃな」

「ほうシロネちゃん私のも食べたいのかい」

「べ、別にそうではないが……」

「ちゃんとあげるから心配しないの!ただしシロネちゃんとユイちゃんの分もちゃんともらうからね!」

「うん食べあいっこ」

「そうじゃの」


 なんだかんだでお店で出て来たのはどれも物凄く甘いものばかりだったので、三人共今日はもう夜ご飯がいらないくらいにお腹が膨れてしまった。

 それからは、まだまだ閉店まで時間があるので三人はルイン通りを見て回ることにした。


 シロネ、ユイ、それぞれちょっとした買い物をしたいと言ったのでエーフは二人の買い物に付き合っていた。


「シロネちゃんは何買ったの?」


 エーフは先に買い物を終えていたシロネに尋ねる。


「わしは体洗う用の石鹸と本を読むときに使う栞じゃの」

「本かー私そういうの苦手なの」

「読んで見ると案外面白かったりするからのおすすめじゃよ」

「今度読んでみよっかな」

「その時はおすすめを紹介するのじゃ」


 ちょうどお店を見ていると隣の出店で買い物していたユイが戻ってきた。


「ごめん待たせちゃって」

「気にするでないぞユイ。わしも待たせておるからの」

「そうそう」

「エーフは何か買わないの?」

「わ、私か……今は必要なものないし良いかな……」


 今見ていた隣のお店で綺麗なアクセサリーが売っておりそのラインナップを見てエーフは足を止める。

 綺麗な髪飾りや手首につけるリング、指輪など様々な装飾品が売っていた。

 

 こういった装飾品は学園の授業には持ち出せないが今日みたいに出歩く時は持ち歩いても良い。買ったものを家族に送ったりもできたりする。


「お、お姉ちゃんたち見ていきなさいな良いもの揃ってるよ」


 優しそうな女性店員さんに言われ見ていくことにした。


「エーフも何かここで買ったらどうじゃ?」

「うーんでも私はこういうの似合わないし……」

「じゃあ私これエーフに買ってあげるよ」


 ユイが花柄の髪飾りを差し出してくる。


「ちょ、悪いよユイちゃん」

「いいの日頃のお礼」


 エーフは返そうとするが頑なにユイは拒否する。


「それじゃわしはユイに買ってあげるかの」


 シロネも同じようにユイに学園のマークが刻まれた指輪を選び同じように購入する。


 ここまでされてはエーフは黙っていられない。


「もう!二人共!……ありがとう!!」

「じゃあこれください」


 そう言ってエーフはシロネに雪の結晶が描かれた扇子を買う。


「それと!これ三つください」


 日が落ち、もう寮に戻る時間になり黒聖クラスの一階で少し喋っていた。


「それじゃまた明日ね」

「そうじゃなまた明日なのじゃ」

「うん。また明日」


 女子寮の階段を上がりそれぞれの部屋に戻る。

 もうすっかり日も暮れてすでにお風呂にも入ったあとだ。

 エーフは自室に戻り今日ユイに買ってもらった髪飾りを机の上に飾り三人お揃いで買った腕につけるバングルもその隣に飾る。

 三重の線が螺旋を描くように交差する形をしていて中央には星が刻まれている。


「はぁ……今日は楽しかったなぁ!」

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