78話 昇華

 バルトはその場から再び魔法とスキルを放ちゲルルージの足を止める。その隙にアギトはゲルルージの左側面からむき出しになっている石を足場にし跳びその勢いのまま斧を上空で振り上げ首元めがけ狂いのない一撃をぶつける。

 ゲルルージはさっきから顔を伏せて顔色は伺えないが、この勢いならいくらあの強固な筋繊維があろうとも斧が欠けない限り切り飛ばせる。


「落ちろぉおおおお!!!」


 バルトが正面から魔法やスキルで気をそらしていたため魔物も気づくのが遅れたのか体を震わせアギトの攻撃に今ようやく気づく。

 

 アギトが振った一撃がゲルルージの首の皮膚に触れようとした瞬間ーー


「グガァアアガガガ!!」


 ゲルルージが突然咆哮したと思ったらアギトが振り下ろした斧の刃が数ミリ欠け魔物の首に到達するもその先に行くことはなく弾かれる始末。

 アギトはその反動で数メートル吹き飛びなんとか着地するもさっきの傷がさらに開きさらに今の攻撃で手が痺れて痙攣する。

 だが、そんなことよりも今ゲルルージがアギトの攻撃に対し魔法を放ったことへの驚きの方が二人は大きかった。

 

 魔法やスキルを使える魔物はいるがそれは上位種もしくはそれなりの調教を受けた魔物や成長過程で偶然属性を発現するきっかけがあったりと別に珍しいものでは無いが今使ったのは人間がよく使う身体強化系魔法。

 基本、魔物というのは体が頑丈に出来ている。それ故に自身を強化することに魔法やスキルを使うことは殆ど無い。

 そして、それがあるとしたら人間に近い魔物もしくは人間に教えてもらいそれを受け入れた魔物になる。


 このレベルに達した魔物はプライドがある。自信の体を強化するなど体が脆い人間がすることであって魔物がそれをやるとなると当然滑稽に映る。そのプライドを捨てさり強くなることだけを極めた魔物程厄介なことはない。

 

 それほどまでの強者と出会ったのか……

 アギトは色々分析するが、薄かった勝ち目がさらに薄められもうほとんど味が残っていなかった。


 だが、幸いだったのが、バルトから受けた魔法やスキルは効いたのか顔辺りが焼け焦げて原型の顔はもう無くなっていた。


 さっきまでのアギトとバルトを舐めたような態度は全くなく、むしろ本気で戦う意思をゲルルージからまじまじと感じさせられる。


「バルト!!あとどのくらい行けるか?」

「まだまだ行けるよ!!」


 まだまだ行けると聞いて、アギトは驚く。戦いの最中なのにも関わらず自分がバルトに負けているという劣等感が押し寄せ、集中力が欠ける。


 なのでそれを戒めるかのように、かき消すかのように、残りのありったけの薬草を肩の傷に塗り込みゲルルージと向かい合う。

 

 ゲルルージはさっきまで四足歩行だったのが二足歩行に変わっている。だが、さっきよりも倍以上に大きくなったのではないかと錯覚するほどの圧力で、身体強化系魔法を魔物がするだけでここまで変わるとはアギトは思ってもいなかった。

 

 ゲルルージの目つきはバルト達を本気で殺す目に切り替わり、左手を前に軽く出し右腕を腰の位置に持ってくる。そして右足を半歩だけ下げ膝を軽く曲げる。

 アギトとバルトの二人を視野に入るよう位置を取り、アギトはまるで人間と相対してる気分に陥る。


 これでアギトの中で確実に人間の誰かが手を加えている事が確定する。だが、今はそれが分かったところで戦況は変わらない。


 さらにゲルルージの巨大な手の爪はさっきの身体強化系魔法で強化されたのか禍々しいオーラが包み込まれる。

 アギトやバルトが突かれたら一発でアウトな代物だ。それほどまでの天恵の凝縮量、鍛錬度を感じ取る事が出来る。


「バルト!ここからが本番だと思え、さっきまでとは格段に強くなってやがる!」

「分かってるよ兄ちゃん!この位置からでも十分に伝わってくる」


 アギトはバルトもこの圧で萎縮するかと思ったら逆に興奮の中に冷静さを保ちつつさらにはこれまで培ってきたであろう鍛錬の成果というべきかさっきよりも凄みが増しゲルルージ同様に圧が重くなっていた。


 アギトも斧の重さに慣れてきたのか片手でも十二分に振れるようになってきたので怪我をした肩の逆の腕で斧を掴み、肩の力を最大まで抜き脱力したように構える。腰を少し前かがみに倒し顎を引きゲルルージを睨むように体勢を取る。

 

 そして、その緊張状態の中一向に三人共動き出さない。というよりもアギトとバルトからは動き出せなかった。

 さっきから何度も行こう行こうとしているのだが本能があのゲルルージの周囲一メートルの範囲内に入った時点で殺されると警告してくる。


 それほどまでの実力差があると……

 アギトは歯がゆい思いを押し殺し冷静さを保ち続ける。


 そして、十五分以上アギトもバルトもゲルルージも微動だにせず睨み合うだけで時間を消費する。だがこの十五分合わせてもまだ三十分も経っていない。助けを頼るにも恐ろしく時間が足りなかった。


 アギトは視線だけを若干バルトの方に向けようとする。


 その一瞬、集中を欠いた瞬間でゲルルージは息を思い切り吸い込みながら上を向き今度はスキルを発動しようとする。

 アギトは機を突かれ飛び出すのが一瞬遅れたその隙にバルトはアギトよりも前にゲルルージへ接近し魔法を放とうとする。

 そのバルトを追いかける形でアギトは斧を振りかざしゲルルージの元へ走り出す。

 

 アギトは自分の判断力の弱さに強く言い聞かせ、出遅れした分をなんとか取り返すべく全力を振り絞りバルトと横並びになる。


 だが、魔物のスキル発動までの時間が魔法よりも早い。しかもそれをギリギリまで悟らせずわざと溜めを長くしていたのだ。

 バルトはそのことにも気づけず、アギトだけ回避行動に移ってしまう。


「ブゥガァガァアアアアアアア!!」

「うgぅああ!!」

「バルト!!」


 そのまま、ゲルルージは溜めたスキルを放つ。上に持っていった顔を下げそのまま口から一直線上に衝撃波が放たれる。

 大地をえぐり大気を歪ませるほどの威力が近づいていたバルトに直撃し全身を覆われ後方約十メートル程吹き飛ぶ。そのまま二転三転地に叩きつけられ気絶する。

 ギリギリ躱したはずのアギトも三半規管を揺さぶられ馬車で酔った時のような気持ち悪さと脳にくる振動で意識を持っていかれそうになるがなんとか耐え忍ぶ。

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