7章 魔導学園1年生編 

59話 推薦者

 行商人……国や街、村を旅しながら商品を売買する商人。

 基本馬で荷車を引き、一から三人で行う。主に薬や食料、金品、装飾品、アイテムなどなど多種多様なものを行商人それぞれ個性のあるものを売っている。


 そしてただ物を売買するだけでは無く。国や街を行き来ついでに人を乗降させ小銭も稼いだりする。稼げるようになってくると冒険者を雇ったりできるようになるため危険が減るが最初のうちは危険覚悟でやらなければならない職業だ。


 そして、この時期は特に人を乗せる事が多い。そう、学園の入学試験が始まり、外から来る人が足として使ってくれるからだ。


 だが、それも今日で最終日、どこの学園も入学式を迎える。

 なので今日は通常業務に戻そうと考えていた行商人、ジジル・カールは一人の若い青年に「学園の入学式に出席するから乗せてくれ」と言われ結局運んでいる最中だった。


 だが、学園の入学式が始まるのはちょうど一時間後。残り距離約三十キロメートルはある。ジジルの馬車のスピードは約時速十八キローメートルなので絶対に間に合わない。


 この子はそれを分かっているのだろうか……

 ジジルは後で文句を言われるのは面倒臭いなぁと思いながら後ろで寝息を立てながら熟睡している青年を見る。


 刹那ーー

 周囲の木々の間からジジルが乗っている荷馬車を囲うように殺意が放たれる。それにいち早く気づいたジジルは緊張感が高まる。

 行商人をやっていれば稀に盗賊など犯罪者に狙われるので、基本ジジルは冒険者を雇うか、交渉して命だけは助けてもらうという方法でこれまで何とか切り抜けて来たが、ここまでの殺意を向けられたのは初めてだった。


 さて……どうしたものか……流石に逃げるのは無理、悪いな青年。

 ジジルを守ってくれる者はゼロ、命が惜しいジジルはこの荷馬車を手放すことを決意する。


 そして、荷馬車を止め青年にこの事を伝えようとジジルが近づいた瞬間。


「じいさん何故止める」


 眠気眼を擦りながら青年が顔を出す。この時期に学園に向かう子の大概は推薦者と呼ばれ、親が冒険者だったり国の兵士だったりすると子供を独自に鍛え推薦するという事が出来る。


 なので、これだけ強い殺気を向けられれば分かるはずだ。


「お主、この殺気を感じておらんのか……」

「殺気?」


 青年は本当にそんなものがあったのかというくらいにとぼけた顔をしており、逆にジジルは冷静になりもう一度辺りを探ってみる。

 ジジルはさっきまでの殺気が消えていることに驚く。

 今の今まで感じていた殺気がパタリと止んでいたのだ。


「どういうことじゃ……」


 思わずジジルは口から漏れてしまう。逃げたかもしくは標的を変更したとジジルは考えるが、その思考を遮るかのように青年は口を開く。


「あーなるほどね。じいさん、盗賊共ならもういねぇよ」

「いないじゃと……」


 ジジルは思わず聞き返してしまう。


「全員殺った……いや、全員ではないか……」


 すると、茂みから音がしてそちらを見てみると盗賊の仲間と思しき人物が現れる。

 傷などは一切負っていないのに何故か鬼気迫る表情でこちらを見ている。


「おー生きているとは凄いじゃねぇか」

「貴様か!同胞を殺したのは」


 その相手はあからさまに怒り狂っており、手には毒が塗ってある槍を持っている。


「正解だ!で、どうする?」

「殺す!!」


 そう言って盗賊がジジル達の方へ全速力で迫ってくる。

 ジジルは迫ってくる盗賊の鬼気迫る表情を見て怯え、腰が抜けてしまい、立てなくなってしまう。


「まぁ、もう遅えけどな」


 ジジルの後ろから青年が言う。その答えがジジルの目の前で起こる。

 走って近づいてきた盗賊が突然、喉を両手で抑えさっきの鬼気迫る表情から徐々に顔が真っ青になり、足が震えだす。すると両手で体を抱くように崩れ落ち、全身が震えだす。


 ジジルも突然のことで何が何やらわからなかったが視線だけは外せなかった。


 そして、ついに胴体が地に付くと何かを言うように口をモゴモゴと動かしているが何を言っているかは聞き取れない。


 すると口から若干血の混じった赤白い泡を吹き出し白目を向く。そしてそのまま震えが停止し一切動かなくなる。


「い、一体何がおきたんじゃ……」

「俺の暗黒属性の効果だ」

「な、何を言って……」

「んじゃ、俺は走っていくことにするわ。ここまでサンキューな」

「ちょ、ちょっとま……」


 ジジルが最後まで口にする前に青年はもう行ってしまった。

 残るのは死体のみ。


 ジジルは疲れを吐き捨てるように荷馬車から降り、盗賊の身につけていた金品を貰い、土に埋めてやる。

 この歳には重労働だったので少し休憩してから再び荷馬車を出す。


 走っていくと言ってもしれとる途中で追いつくじゃろう……そう思いながらジジルは荷馬車を目的地リ・ストランテまで走らせる。


**


 結局走るんだったら行商人なんか雇うんじゃなかったなぁとクロムはさっきのタイムロスを後悔しながら森を抜け草原を思いっきり走っていた。

 草木や歩いている旅人、冒険者、商人を横目にかなりの速さで通過して行く。


 クロムはさらに速度を上げるため、スキル<速さを求める者/スピーダスト>を発動する。

 このスキルでスピードは以前の倍以上にまで達し、約時速四十三キロ出している。


 そして、クロムは時間ギリギリ五分前に学園の門の前に到着する。

 人気は無く門には先生が一人だけ立っていたがそれにに構っている暇はクロムには無いので一直線で入学式が行われる会場へ向かう。


 入学式くらい別に出なくてもいいんじゃないかとも思っていたのだ……昨日までは。そう、日程表の中の最後の欄にこう書いてあったのだ。


 学園内を走り室内闘技場というところに着く。

 残り一分前に着きギリギリセーフだった。クロムは受付にいる教師に証明書を渡し中に入る。


 相当ギリギリだったので殆どの生徒が揃っている。

 一年生が半分よりも前にそして二年、三年が後ろを陣取っている。


 クロムは適当な位置に立ち、辺りを観察する。


 もうちょうど時間だが一向に教師達は喋ろうとしない。

 さらに、室内闘技場は生徒の喋り声でかなりうるさく、中には静かにしているものもいるが約三分の二の奴らが空気も読まず喋り続けていた。


「場所間違えたかな……」

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