50話 中位

 試合開始の合図と共に俺達はそれぞれ後方に跳躍する。

 その跳躍姿勢のままハヤトはスキル、魔法で自分を強化する。


 アキトは後方への跳躍をしようとしギリギリで止め、ハヤトの飛んだ方向へ走り込みそのまま突っ込む。


 その行動が予想外だったのかハヤトは強化を途中で強制的にキャンセルしアキトからの攻撃の対応を最優先事項に転換し一旦距離を置きたいのか攻撃魔法に切り替える。

 その焦りからかアキトが観ていたハヤトの一回戦時に使用した魔法を放ってしまった。


 水属性魔法<局所雨/ポイントレイン>上空からあの時観た時と同様、大量の水が降って来る。


 アキトまでの到達時間はおよそ二秒ーー


 ハヤトもそれでなんとか凌げたと思ったのか、若干顔が緩み緊張感を残しつつも心の中に少しの余裕が生まれてしまう。


 アキトはそこを狙う。

 そのまま降ってくる水の中を平然と、あたかも魔法を受けていないかのように近づく。

 それに一瞬ハヤトは焦りを覚えさっきの綻びは消える……だが、その一瞬が命取りだった。


 ハヤトは跳躍で上空にいながら避けきれないと判断し、防御魔法を発動していた。

 ハヤトの魔法、スキルの発動スピードは桁違いだった。

 一瞬で防御魔法<全身硬化/フルハード>を使う。この魔法は、自分の外皮の硬度を上げるもので対物理攻撃用だ。


 もちろん硬化したことで体に不自由はない。

 ただし、攻撃を一度受けるとその受けた箇所の硬度は元に戻ってしまう。だが、こういう一瞬の場合にはかなり役立つ魔法だ。


 それに、アキトの攻撃が物理技だということもハヤトは予測済みだった。


 そのままアキトは魔法で硬化されたハヤトの腹に重力属性スキル<重量圧縮波/グラビティウェブ>を放つ。アキトは物理攻撃を読んでいるところまでは凄いと思ったが、アキトは別に物理攻撃が得意なだけで攻撃パターンは物理だけではない。


 握っていた拳を振りかざしハヤトの腹直筋ちょうど中央あたりに触れる手前、握っていた拳を開きそこから重力波を超至近距離で打ち込む。


「ぐはぁあっ!!」


 痰を吐きハヤトは後方に跳躍したさらにその先までとんでもない勢いで吹っ飛び、闘技場から場外まで飛ばされる。


 今回の試験は場外でも別に失格ではないが、場外に出て一分以内に戻らなければ失格となる。

 戻って来るまでは試合は一時中断という形となる。ここで、わざと場外に出て回復を測るものも出るかもしれないが、そこは対策済みで場外で魔法、スキル、アイテム類を使用すると分かるように結界が張ってある。


 そのまま、アキトは飛んで行ったハヤトを見据えて一旦中央付近に戻ろうとした瞬間ーー


 アキトは突然歩けなくなり、生まれたての子鹿のように足が震え耐えられなくなり膝をつく。

 脳震盪が起きた時のように目の前が歪んで見えちゃんと歩けなくなっていた……



「なん……だよ……これ!」


 すると、後から痛みがやってきて原因が分かる。

 ハヤトは吹き飛ばされる瞬間に足を蹴り上げアキトの顎を掠めていったのだ。

 直撃ではなく掠めたことで気づくのに遅れが生じたのだ。アキトはまさか、この程度掠っただけで脳震盪を起こすとは思いもしなかった。


 徐々に顎の傷口から血が少しずつ垂れていた。アキトはそれを袖で雑に拭き取り、なんとか脳震盪の回復を待つ。


「「「うぉおおおおおおお!!!!」」」

「な、なんという攻防だぁあああ!!一瞬でいったい何種類の魔法、スキルを使ったんだぁああ!!!」


 今の攻防に見とれ静かだった会場が再び熱を帯びる。

 実況も息を止めていたかのように静かだったが全くそんなことはなかった。


 アキトはなんとか回復し、飛んで行ったハヤトの方を見据え結果睨む羽目になる。そうハヤトはお腹を軽く摩りながら何事もなかったかのようにこちらに歩いてきたのだ。


 さっき使った防御魔法<全身硬化/フルハード>も受け身時に使ったのか全身の魔法が無くなっていてそちらは理解出来るのだが、アキトの放った重力属性スキル<重力圧縮波/グラビティウェブ>のダメージの行方がアキトは気になっていた。


 そしてハヤトが闘技場の石段を登ると試合は審判の判断によって再開される。


「おっとー両者動かないどうしたんだぁ?!!」


 そんな実況を他所にハヤトが口を開く。


「まさか僕の水魔法<局所雨/ポイントレイン>を簡単に破られるとは思ってもなかったよー」


 周りは実況や観客の声でうるさいはずなのにアキトはハヤトの声を一言一句聞き逃すことがなかった。


「こっちこそ重力属性スキル<重力圧縮波/グラヴィティウェブ>を受けたはずなのに平然とよく立ってられるな……」


 そこで、二人は同時に気づき笑う。


 そう、二人は低位無効化ではなくパッシブスキルの中位無効化を発動していたのだ。

 なので、両者の魔法やスキルは意味をなさなかった。


 だが、これが分かった以上ここからは出し惜しみ無し、中位より上の魔法かスキルを撃ち込まないと致命的なダメージをお互い入れることが出来ない。

 だが、上位以上の魔法やスキルになって来ると発動までに時間がかかったりする等威力が高い代わりにリスクはある。

 なので、どうにか隙を作る必要があるがさっきの攻防で両者かなり警戒しているので難しい。


「まさか、中位無効化まで持ってるなんてーー僕以外で見たの初めてだよ」


 何が面白いのか笑いながらハヤトは話している。そう言うアキトもこの状況を楽しんでいる自分がいるので人のことは全く言えなかった。


 アキトはパッシブスキル中位無効化を発動しておいてほんとよかったと心底思う。


 こっちに転生してレベルを上げ四十の時に使えるようになったのはいいが、アキトは今すぐ使うかは迷ってはいた。


 初めてアキトがウタゲと戦った時、どの程度の魔法やスキルで自分の肉体は傷つきどれくらい痛いのか知ることができ、このパッシブスキルに依存しすぎるといざ攻撃を受けた時に痛みに慣れていないととんでもない隙を生んでしまう原因になったり、避けれるものとそうでないものの見分けなど判断能力が鈍ってしまうからだ。


 なので、アキトはこの一週間のレベル上げでは一切このパッシブスキルは使っていなかった。そのおかげか初日は何度か攻撃を受けダメージを負っていたが何度かやっていくうちに最終日にはほぼノーダメージで熟すことが出来るようになった。


 そして、パッシブスキル中位無効化を発動しても慢心することなく避けれるものは避け、逆にわざと魔法にぶつかっていくことで相手の油断を誘うことにも使えたりとかなり使い方の幅が広がっている。


「俺も初めて見たぜハヤト」

「それじゃあ第二ラウンドと行こうか」


 そう言って今度は二人共ほぼ同時に正面切ってぶつかり合う。

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