41話 兄弟
ハヤトは片手剣、タリは槍を手に取り訓練場のちょうど真ん中に位置を取る。
二人の距離はタリの槍の長さを加味してあるので五m離れている。
練習用の武器は木製で斬れることはないが掠ったりすると容易に切り傷になるし、殴られれば打撲になるので油断は出来ない。
執事が審判を担当し、二人の間に入る。
ハヤトはぶらんと腕の力を抜く。
殆ど直立のハヤトの体勢に対し、タリは槍を前方に構え腰を低くし腰の位置もそれに合わせる。体の中心線が全くぶれていない綺麗な低姿勢だ。
ハヤトは久しぶりの感覚に剣を掴む手が若干汗ばむ、それはタリも同で額からも汗を流している。
辺りはメイド、執事、僕らの呼吸音しか聞こえないほど静寂に包まれる。執事は開始の合図を切るのを一瞬忘れかけてたくらいだ。そのせいで若干乱れた空気の中、執事は合図を切る。
「はじめ!!」
二人は同人動き出し、リーチが長い分タリの方が先に射程範囲に入る。
だが、ハヤトは、人蹴りでタリの後ろに回り込み上段から斜めに斬り下ろす。それを見て俊敏性では勝てないと思ったタリは槍の銅金の部分に即座に持ち替え石突の部分でハヤトの喉を狙い突いてくる。
ハヤトはその攻撃に一瞬反応が遅れるが、片手剣の刃の角度を数度変えギリギリで槍と剣を交差させる。
木製ではあるが、交わった際の摩擦が強かったのか摩擦熱により一部が真っ赤になっていた。
「やるじゃないかハヤト!」
「当然です!!」
ハヤトは一旦距離を置きその空けた距離で助走をとる。
そのままタリに推進力を上乗せしたシンプルに上段から頭を狙うように真っ直ぐ振り下ろす。
タリはハヤトが強いのは知っている。
なのでこのただの上段からの振り下ろしにも何か仕込んでいるんじゃないか、もしくはこれはブラフなんじゃないかと嫌でも考えてしまう。
もうそこまで剣が迫っているのにタリ体は言うことを聞かない。
これを普通に防いでしまったら……そう思うと一瞬ではなく数秒止まってしまう。
そして、その思考を突き破るかのように槍からは手を離し頭の前で両腕をクロスした状態でガードする。
もちろんそんなことをすればただの木製の剣でも下手したら骨が折れる。
木製特有の低く鈍いげっぷ音を圧縮したような音が響く。
これにはハヤトも驚いたーー
タリは極力自分自身へのダメージが最小限になるよう動いていた、なので今槍で防げばこんな痛手を負うことはなかった。
すると、タリは奇妙に笑みを浮かべる。
その瞬間ーー
タリは目を限界まで見開き、落下途中だった槍を片手で掴むとそのままハヤトの足を狙い水平に薙ぎ払う。片手で掴んでいるので両手よりは若干劣るがそれでもかなりの速さだ。
ハヤトは誘導されるように両足で跳躍し回避する。今のタリの攻撃で辺りの砂埃が舞う。
ハヤトが水平に薙ぎ払い終わったと思った刹那ーー
その槍をなぎ払った勢いで投げ捨てる。そして、あえて左手でハヤトに向かって殴りつけてくる。空中では回避出来ないので跳躍の勢いのまま丸く蹲る。
「はあぁあああああ!!」
気合の入ったタリの拳がハヤトの膝に衝撃を与えそのまま後方へ吹き飛ばされる。
幸いハヤトは丸くなっていたので受け身を簡単にとるとすぐに起き上がる。
そこまですぐにハヤトが起き上がるとはタリも予測しておらず殴り終わった感触に浸るかのようにゆっくりと顔を上げる。
その顔めがけハヤトも片手剣を野球のピッチャーのようなフォームで投げつける。
ハヤト自身見よう見まねでやったが、思いの他かなりの速さでタリへ向かっていく。
そのままハヤトは剣を追いかけるようにタリへ距離を詰める。剣とタリが衝突する直前に大きく上空へ飛ぶ。ここの訓練場は天井まで二十mほどあり、余裕があるのでかなりの高さまで飛ぶことが可能だ。
「あっlが!!!」
だが、ここまでの追撃は意味をなさなかった。ストレートに飛んで行った片手剣はタリの顔面に直撃し、そのまま昇天し前のめりに倒れる。
さっきよりももっと低い重低音が鳴り響き確実に顔の骨が何本か折れている。
ハヤトはちょっとやり過ぎたと後悔しつつ、タリに近く。
審判をしていた執事が先に手当をしようとそばに近づいていた。
「ハヤト様、」
「分かっている」
ハヤトはそのことを耳に入れる前にすでに回復魔法を放っていた。
タリの顔が青色の光に包まれ出血した顔と折れた骨が治る。その光は僕の体も覆いさっき受けた傷を直す。
「はがぁっ!!」
タリは先ほどまでは喋ることもままならなかったが息を吹き返す。
ハヤトは別の場所でレベル上げでもしようと逃げるようにこの場所から踵を返す。
「待て……」
「なに?兄さん」
「お前、変わったな……」
「僕は変わってないよ、人間そんな簡単に変わらないーー」
そのままハヤトは執事とメイドを連れ外にでる。
「はぁーこの公爵家の演技疲れるんだよなぁ」
辺りはポツポツと地面に雨が落ち、所々に小さなドット柄の模様が出来上がり始め、徐々に強く降り出す雨にさらに気を落とされハヤトは気分が乗らなかったので今日はもう部屋に戻ることにした。
*
その夜ーー
ハヤトは四人で寝ても寝返りが打てるほど大きなベットの上で一人考え事をしていた。
今年の平民、アキト達は全員一次試験に合格した。
これはかなり異例なことであり、公爵家にもなると色々な裏の情報も入ってくる。
基本、誰かしら落とすのが例年のパターンだった。
毎年何かしら貴族達がちょっかいをかけて平民の人達を陥れるのがセオリーだとハヤトは聞いており、本当に起こった。
だが、今回はそのセオリーが破られた。
実際これに関して他の平民の人達もだいぶ鬱憤が溜まっていたみたいで明日法魔紙社が街中に宣伝するだろう。
法魔紙社は、日々起きた出来事を街に宣伝する機関で、学園の試験も取り上げられる。
「アキトか……どこかで……」
ハヤトの中では平民が全員受かろうが、貴族が怪我した事を圧力によってなかった事にされようがどうでもいいし、興味など微塵も湧かなかった。
だが、強者は別だ。
ハヤトは、天井を見ながら初めて楽しみが出来た事に、嬉しかった。
……2次試験戦えることを祈ろう。
**
「タリ、ハヤトの相手ご苦労だったな……」
「ありがとうございます。父上」
タリは地下にある家族しか入ることが許されない、公爵という身分の人が入るには暗く、全く手入れの入っていない部屋で父ガルド、タリ、祖父のルイド・ゾルデの三人で話あっている。
「それで、どんな感じじゃったタリよ。それにハヤトではあるまいいつも通り喋ればよいぞ」
「分かったよじいちゃん。ハヤトのやつ全然本気出してなかった、まさか本気も引き出せないとは思わなかったよ」
そう報告すると。ガルドとルイドは顔を見合わせ笑う。
「それは、素晴らしい。まさかあの虚弱だったハヤトがあそこまで成長するとはな」
「本当だよ、ここ四、五年であんなに強くなるとは思わなかった」
「うむ、なにはともあれこれで通常通り学園に通ってもらい、その後は……」
「ああ……俺達の仕事を継いでもらう」
そう、この家は公爵家という皮を被っており、暗殺を仕事にしている。 主に帝国国王の命を受け他国の邪魔者を消し、この国で悪事を働いたり、他国への裏切り物への制裁を行う。
その他にも様々な依頼を受ける、殺しの何でも屋だ。
そしてこのことを聞くのは学園を卒業出来てから。
ちゃんと実力をつけてからではないと教えてもらえない決まりがある。
なので、ハヤトは昔の虚弱のままだったら学園には入学も出来ず、最悪殺されていたかもしれないという危機的状況でもあった。
「でも、ハヤトのやつまじであいつの実力の底が分からなかったんだ。まだ色々と隠しているに違いない」
「そんなの、どうでもいいじゃろタリよ。強ければの」
そう言って、ルイドは仕事に出かける為この部屋を出て行く。
「俺達も行くぞ、長居するのは良くない」
「はーい」
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