挿話・運命に抗う者8

 

 あれから、世界を二つ破壊した。

 一つの世界だけでは、ルナ様の力が安定しなかった。

 内容は、語りたくは無い。胸が痛い。苦しい。

 私は…沢山の命を奪ったのか。

 この手で。


「ディア様、前より上手く魔法が使えるようになりました!」

「私も私もー魔獣を倒しました! 褒めて下さーい!」


 この子達の前で、暗い顔は出来ないな。

 私が使っていた八体の身体に宿った命。

 名前はメイドさんが付けた。強い順番にイチ、ニイ、サン、ヨン、ゴウ、ロク、ナナ、ハチ。

 安易な名前だと思ったけれど、名前は全てが終わった後からしっかり変えてあげよう…今は考える余裕なんて無い。


「よく出来ました。みんな強くなったわね」


 私はディアと名乗っている。お姉さまの愛称に近い名前だから。



「私はもっと強くなります。ディア様の為に」

 黒髪の似合うしっかり者のイチ。剣も魔法も得意な万能型で弱点は無い。


「イチは下心が見え見え。だるいなぁ」

 ニイはだらだらした印象の物理特化。


「きゃははっ、みんな下心しかないんじゃない?」

 サンは軽いノリの魔法特化。


「言えてる。私も下心しかない」

「じゃあみんなで抱きつこー!」

 ヨンは感覚の鋭いタイプで、ゴウは元気一杯。


「「……」」

 ロクとナナは双子の様にいつも一緒に居る。恥ずかしがり屋なのか、白と黒の仮面は外してくれない。


「すぅ…すぅ…」

 ハチはいつも寝ているかボーッとしている。

 潜在能力は高いのに、戦いには興味無さそう。


 加速空間でこの子達を育てながら、私も鍛練した。

 もう、何年分の時を過ごしたのかな…もう解らなくなったよ。


 死ぬ気で鍛練したけれど、正直…強さが頭打ちになっていた。

 今のままじゃ、天明とはまともに戦えない。


「ディア様? どうなさいました?」

「少し考え事をね。みんな、もうすぐ正義を貫く時が来る。覚悟は良い?」


「「「はい!」」」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 正義を貫く…世界を管理する神を倒し、世界にダメージを与えればルナ様の力が増す。上手く行けばルナ様が天明を吸収出来るから、早めに世界を滅ぼさなければいけない。

 全ては、ルナ様とお姉さまの為だけれど…私は、この子達を見棄てる事が出来ないだろうな…


 この子達を利用しているのに、私を純粋な瞳で見て…


「コーデリア様、処女達は予想以上に強くなりましたね。愛の力ですか?」

「まぁ、そうですね。彼女達の頑張りですよ」


「ふふっ、すっかり母親ですね。それなら主様はおばあちゃんになる訳ですか…」

「ルナ様の助手になれるくらいにはしたつもりです。これで私が居なくなっても大丈夫かと思いますが…」


「止めはしませんがね。主様は、怒ると思いますよ」

「怒ってくれるなら、嬉しいですね」


 馬鹿な事をしている自覚なんて、とうに棄てたけれど…心の何処かで誰かに止めて貰いたい気持ちは無い訳ではない。


「その話は後にしましょうか。気になって調べてみたのですが、やはりというかお姉さまとやらは破壊の力をお持ちのようです」

「本当ですかっ! お姉さまが…それなら、私の計画が定まります!」


 良かった…これなら、ルナ様の封印が解除出来る。

 それに、ルナ様とお姉さまを会わせる事も。

 よし、先ずはルナ様の破壊の力を上げる為に、出来るだけ世界を壊す。

 その後直ぐに封印を解除出来れば…問題は、お姉さまをここに連れて来ないといけない、か。


「問題は、黒金ですか?」

「はい、世界を渡る訳ですから、お姉さまが何処に居ようがと黒金が来ます。戦闘になるのは避けられません。私が気を引いている間に、お姉さまをここに連れて来て欲しいのです」


「手段を問わないのなら、可能ですよ」

「お姉さまに手を出したら容赦しませんからね」


「…善処します」

「善処じゃ駄目です。絶対です」


 不安だ。

 メイドさんの事だから子供達に手を出していそうだし…

 でもメイドさん以外に頼れる人が居ない…これが現実か。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「嘘…もうこんなに減って」


 また、ルナ様の力が減り始めた。

 予定より早い…

 仕方ない。

 計画を実行しよう。


 私の運命の瞳は、直接視なくてもある程度解る様にはなった。各世界の概要を見るだけでも、どの世界の神が不正や悪行を行っているか解ったから、そこを攻める。


「みんな、頑張ってね」

「「「はい!」」」


 どうか死なないで…なんて、無責任だな。

 みんな旅立ち、戻って来るのは早くて数時間か。



「ディア様、ただいま戻りました」

「イチ、流石ね。どうやったの?」


 早い…早すぎないか?

 一時間も経っていない。


「神を滅し、世界を邪悪と混沌に染めた後に星を落としました」

「そう、偉いわね。よしよし」


 邪悪と混沌? イチは覚醒していたのか…

 黒髪を撫でると顔を赤くして可愛らしいのに、末恐ろしい。


「あの…私っ…ディア様が…」

「ディアさまー、ただいまー」


 イチが何か言おうとした所で、ハチが戻って寝始めた。早いのは、みんなが優秀だったという事かな。

 その後も、ニイ、サン、ヨン、ゴウが戻った。

 残るは問題の世界…序列五位の世界。

 一番生命力の高いロクとナナを派遣したけれど、上手く逃げられたかな。


「イチ、ロクとナナが戻ったら私の所に来るように伝えて貰えるかしら?」

「はい!」


 ルナ様の様子を見ないと…みんなには休んで貰い、立ち入り禁止区域にあるルナ様の元へ向かうと、メイドさんが難しい顔をしながらルナ様を見ていた。


「ルナ様はどう、ですか?」

「…予測通り力は増していますね。ロクとナナが失敗しましたが、問題は無いかと…現在、序列五位の世界に黒金とお姉さまがいらっしゃるみたいなので、早速ヤリますか」


「はい…不安ですが、頑張りましょう」


 やはり序列五位の世界に黒金とお姉さまが居る。

 緊張してきた…お姉さまに会うのは、いつ振りだろう…お姉さまから見たら少しの時間なのにな。


 戦いの前、この特別室…お姉さまの部屋を模した部屋で心を落ち着かせよう。


「ふふっ、恐いな」


 ……駄目だ、手が震える。

 再び黒金に会ったら、まともな精神で居られるだろうか。

 いやそれよりも、変わってしまった私を見て…お姉さまはどう思うんだろうか。

 ずっと同じような事が頭を廻る。


 思考の海に潜っていると、扉をノックする音が響いた。


「入って」

「「失礼します!」」


 緊張した声色。

 いつになく声を出したロクとナナが印象的だった。

 失敗した負い目を感じているのだろう。

 でも、お姉さまと黒金が相手じゃ仕方がない。


 謝る二人に笑い掛け、戦闘記憶を視る事にした。

 マグロを持つ黒金に潰され、ボコボコにされても生き延びた二人は凄い。カツオを持つお姉さまは、相変わらず神々しい美しさだ。

 これなら、死なずに済むかな…多分。これが解っただけでも、この二人は表彰物だな。


「これから、お客様を連れて来るの。だから、丁重におもてなしをお願いね」

「「はい!」」 


「お客様とは…どんな?」

「私の…愛する人よ」


「「えっ…愛…」」


 少し気持ちが楽になったせいで、愛する人を連れて来るなんて言ってしまったけれど、間違いじゃないから良いか。

 よし、次はメイドさんに報告して、お姉さまに会いに…いや、私の目的を果たさなければ。


 あれ? メイドさんは何処へ行った?

 ルナ様の所には居ない…通路へ出ると、目の前にイチが立っていた。


「何処へ…行かれるのですか?」

「黒金が出現したみたいだから、ギュレスへ行って来るわ」


「私も…行きます」

「駄目、危険よ。ロクとナナだからなんとか逃げられたけれど、行った瞬間に殺される可能性もある」


「だからこそっ! 私もディア様の役に立ちたいんです! 私なら黒金を討てます!」

「無理よ。イチにはリーダーとしてみんなを見ていて欲しいの。それに、イチが死んだら悲しいから」


「ディア様…私は…ディア様が好きなんです! 大好きなんです!」

「私もイチの事好きよ」


 イチの目から涙が溢れ、ポロポロと泣き出してしまった。

 ど、どうしたら良いんだろう…こんな事初めてだし…

 とりあえずイチを抱き締め、背中を撫でて落ち着かせよう……あっ、メイドさんが顔を半分出してニヤニヤしながら覗いている!


「その好きじゃ…嫌です」


 メイドさんに気を取られていると、イチの唇が私の唇に重なった。えっ…?

 突然キスをされて、一瞬頭が真っ白になった。

 どういう事? 顔を離してイチを見ると、涙を流しながら顔を真っ赤にさせて、私を潤んだ瞳で見詰めていた。


「イチ、あなた…」

「愛して、います、ディア様の…全部が、欲しいです…」


 …なんて事だ。イチは、私を愛していたのか…

 でも、イチの気持ちには応えられない。娘のようにしか思えないのだから。


「……私には、愛している人が居るの」

「嫌! 聞きたくない! 私だけを見て下さい!」


「ごめんね。イチは大切な娘だから」

「ディア様…嫌…嫌…」


 顔を両手で覆い泣き崩れる様子に、自分が重なる。

 少し前まで、叶わぬ恋に心を潰されていた。

 イチには…幸せになって欲しいけれど…いや、今心を沈めたら駄目だ。前を、向かなきゃ。


「メイドさん、行きましょうか」

「はい、お待ちしていました。別に一発ヤッてからでも間に合いますよ?」


「しません。何を考えているんですか?」

「エロい事です」


「はぁ…次元斬」


 漆黒の鎌…デスサイズを出して次元を斬り裂く。

 目的地は序列五位、ギュレス。

 斬り裂いた次元を潜り抜け、眼下に壊れた建物が見える空中に到着した。

 感じる…お姉さまの魔力。


「では、御武運を」

「はい」


 メイドさんが私の乳首を服の上からツンッと突いて去っていった。そんな事はどうでも良いと思える程、心が高揚していた。


「血に染まった月よ、私の門出を祝って」


 星体観測を起動。

 血の色に染まった月で、天異界の邪魔者を蹴散らそう。

 もっと、もっと大きく。


「墜ちろ、紅蓮の月」


 これで終わるなんて微塵も思っていない。

 ほらっ、ドンッ! っという衝撃が起き、紅蓮の月が弱まった。

 一撃でヒビも…凄いな。


「……流石。紅月の雷」


 紅蓮の雷を落としながら魔力を練る。天異界の応援を呼ばれたら危険だから、次元を切り離す!

 っとエネルギー弾が飛んで来た。小手調べか? デスサイズで斬り刻み、天井の飛んだホールのど真ん中に降り立った。


 私の目の前には、恐ろしい存在感を出す漆黒の天使が待ち構えていた。

 漆黒の翼はキラキラと輝き、触れただけで斬り刻まれそうで…一つ一つが鋭利な名刀だ…

 非の打ち所の無い身体は、完璧。

 それに、やはりルナ様に似ている。あの話は、本当なのだろう…


≪私は、覇道という破壊の性格を持っていてな…昔、それが暴走した事があった。その時…私の先祖だという者に助けて貰ったんだよ≫

≪先祖…という事は、お姉さまのご先祖様でもあるんですね! どんな方なんですか?≫


≪神殺しの兵器、黒金の作者だ≫

≪…作者? あれは…誰かの手で造られた者なのですか?≫


≪半分そうだが、説明すると複雑だな。私は元々の小さな身体を少し造り変えて、覇道に適応する身体にしてもらったんだ。だから…少し似てしまったみたいだ≫


 黒金は完璧だ。全てにおいて。だからこそ、適応出来る。



『ふむ、強いな。メガエナジーバレット』

「時空結界。それは…誉め言葉として受け取っておきましょう。環境魔法・次元切離し」


 時間を止めた結界でさえも、壊れそうな威力…エネルギーの質が段違いだ。


『白黒の奴の仲間か?』

「えぇ。ふぅ…こうして再び相対すると、震えが止まりませんね」


『へぇ。お前のような者は忘れないが…どこで会った?』

「生まれ変わる前ですよ。私は夢の為に生まれ変わった…私の夢を叶えるには…貴女を超えなければいけない…」


 お姉さま…お久しぶりです。

 私の夢は、お姉さまとルナ様を会わせる事…そして、赦されるのなら共に過ごす事。後もう一つ…

 正直、叶わぬ夢だ。

 私は大罪を犯した。

 だから、償わなければならない。


『くくっ、夢の為に挑むか。我は大きな障害という訳だな』

「はい…大丈夫…私なら…出来る! 禁薬作製・邪神薬!」


 邪神特性は、相手が強ければ強い程に適応する。

 黒金を超える事が出来れば、ルナ様の代わりに天明を封じ込める。

 私は…守りたいものしか守れない臆病者だ。

 でも、背負うものが出来たんだ。


『…我はルゼル。名を訊こう』

「…ふぅっ…ふぅっ…ディア」


 夢が、叶うのなら…敵でいい。

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