早く終わらせるから、だから…

 

 私がもっとしっかりしていれば…私のせいで…いや、今更悔やんでも時は戻らない。

 鬼神は、エルドラドの奥へ行った。

 気休めだけれど、魔力回復薬を飲んでおこう。


「……よし、星乗り」


 気持ちは沈んだまま。

 温室育ちの私に気持ちを切り換えるなんて難しいよ。


 進行方向に時折見えるクレーター…鬼神の足跡を辿って行くと、壊れた町が見えた。

 焼け焦げた家…誰も居ない町。

 ここは、視た事がある。


「……ここは、エーリンの故郷か」


 赤鬼族の里。

 並ぶ家は良くて半壊。ほとんどが全壊で瓦礫になっていた。

 その中で一際大きな建物の跡があった。

 ……多分、エーリンの家かな。

 急ぎだけれど、少しだけ見ておこう。


 エルドラドでは中々見ない大きな木を使ったであろう家…恐らく力のある者は木を使った家なのだろう。

 それも焼け焦げて面影が残る程度だけれど……あれは。


「……首飾り、かな。スーリン…か」

 瓦礫の中にあった大きな赤い宝石の付いた首飾りには、スーリンと彫ってあった。

 恐らく…エーリンの母親。

 エーリンに渡そう。

 鬼神になっても…私の声は届くかな。


 ……もう行かなきゃ。


 星乗りで向かいながら、回復に専念する。

 正直、怖い。

 圧倒的な魔力に、圧倒的な存在感。

 私が弱いから、エーリンが鬼神薬を飲んだ。

 赤鬼族は命を助けて貰ったら、命で返す……そんな義理は、果たさなくても良いのに…


 ……しばらく進むと、大きな物が高速でぶつかり合う音が響き渡った。

 ロンドが魔法を放ち、鬼神が殴り飛ばす。

 周囲には町の跡…恐らくこの戦いに巻き込まれたのだろう。

 遠くに避難する黒い集団。

 黒い角の鬼族?

 ……もしかして、黒鬼族かな。


『やりますねぇ。冥王破弾!』

『無駄。鬼神拳』


 球状の黒いエネルギー弾を鬼神は殴り飛ばした。

 ……えっ、殴り飛ばしたエネルギーが黒鬼族の方へ。

 ……至近距離に着弾。

 黒い衝撃波によって黒鬼族が吹き飛ばされていく。


『くくっ、流石は鬼神。平気で同胞に攻撃しますねぇ』

『黒鬼族の里を潰して欲しいと言われたからね』


 黒鬼族は、迷宮をコントロールする秘術を一人占めした一族。秘術を他の一族に教えていたら羅刹煌が来る事も無かったかもしれない…エーリンが憎むのも仕方ないか。


『その身体は動きにくそうですねぇ。グレブル・グラビトン!』

『…逆、相性が良すぎるんだ。妖術・重力自在』


 ロンドの重力魔法で、大地が底の見えない程に陥没。

 それなのに、鬼神は宙に浮いたまま重力魔法を無効化…戦いがハイレベル過ぎる。


『ほう…ですがその身体は長くは持たない筈。さてさて、あとどれ程ですかねぇ…くくっ、零魔法・リミッターゼロ』

『なっ…にっ…ぐぁああ!』


 鬼神の赤いオーラが倍増した…駄目だ…そんな事したらエーリンの身体が壊れる…止めなきゃ。

 でも…割って入っても瞬殺されるだけ…


『わたくしとあなたは互角。ですがそれは元の身体の場合です。器が壊れればわたくしの勝ち!』

『ぐっ、そっ、卑怯な。消え去れ! 鬼神崩烈!』


『はっはっは! 零魔法・ダメージゼロ!』

 鬼神が放つ大地が崩壊する程の一撃がロンドに直撃。

 大地にめり込み、巨大なクレーターに埋もれたけれど…


『はぁ、はぁ、エーリン…これ以上は駄目だ。今なら生きられる……いや、すまない。覚悟を、誇りを穢してはいけないな。……無傷…まさか…』


 ロンドがクレーターの中から……無傷で現れた。

 まじかよ、回復を使った形跡も無い…どうなっている。


『くくっ、不思議でしょう? わたくしは王から零の魔法を授かっているのですよ!』

『何故…ロンドなんかに…』


『わたくしの忠誠心を認めて下さったのです! あぁ…王よ、全てはこの時の為なのですねぇ…』


 恍惚に笑うロンドの視線は、裏世界の王へと向けられているように虚空を見詰め…

 鬼神のオーラが徐々に減っていく様子を眺め、更に口元が弧を描く。


『零の魔法の効果範囲は一定の力のみ…エーリン、全力で行く。次で最後になりそうだ…絶紅の構え』


『はっはっは! 無駄ですよ! 王の零魔法は完璧なのですからぁ!』


 こんな時に、私は何も出来ないのか…

 キリエの戦いも眺めるだけだった。

 今回も眺めるだけなんて…嫌だ。


「っ…エーリンの身体が…」

 オーラを纏う腕にヒビが…くそっ! なんで私の力は覚醒出来ない!

 今覚醒しないと…エーリンが…


『行くよ。鬼神奥義…紅の臨界』


 視界が赤く染まった。

 力の奔流が荒れ狂い、周囲を呑み込んでいく。

 赤い力が、私にも到達した。

 …暖かい。

 これは…私を守りたいという、エーリンの想いが溢れている。


「ばかやろう…仇を取るんじゃなかったのかよ…私の為に力を使いやがって…」


 赤い奔流が収まり、ドサリと倒れる音がした。

 直ぐに駆け寄り、涙で滲む視界を受け入れたくない気持ちで一杯だった。


『はぁ、はぁ、はぁ、』

「エーリン…エーリン…何寝てんだ…起きろよ…エナジーヒール」


 身体中にヒビが起き、右腕は粉々に砕け、頭の角が…今にも崩れそうな程にボロボロになっていた。

 限界を超え、酷使された身体…

 回復が…効かない。

 いや、穴の開いた風船のように回復を送り込んでも現状維持が精一杯…


『はぁ、はぁ、エーリンは、憎しみよりも、貴女を守る事を、優先していた』

「治すから、喋んな」


『よく聞いて、この身体は、もう、治らない』

「だから喋んな。治すんだ」


『最後に、エーリンは、貴女を、占った』

「……最後って言うなよ」


『最後の鎖は…大切なものを、壊せば良い』


 何を言っているんだよ。

 そんな目で見るなよ。

 エーリンを殺せというのか…

 私に、出来る訳無いだろう。


「レティ! 大丈…っ! エーリンちゃん!」

「ミズキさん、なんで来たんですか…」


 ばか…やっぱり来たんじゃないか。

 ミズキもエーリンに回復を施す。

 二人掛かりなら……変わらない…くそ…


『そして…世界一強い女の子になる瞬間を、見届けさせて欲しい…と。そうだ…この身体が死んでも、魂は……いや、分かった。時間切れだ…御武運を』


 鬼神の気配が消えた。

 なんだよ…エーリン…何笑ってんだ…


「アレスティアー…私を…殺して下さい」

「そんな事出来ない…そんな事をして得られる力なんていらない!」


「わがまま、ですねー、じゃあ、角を、治せば、私は、戻りますよー」

「角…分かった」


 エナジーヒールをエーリンの角に集中させる。

 …なんだ、治らない、いや、それどころかポロポロと角が崩れていく。駄目だ、治れ、治れよ!


「へへっ、引っ掛かったー」

「駄目だ…エーリン…死ぬな…嘘つきやがって…」


「これで…アレスティアは…大切なものを壊せ…ました。あっ…私…大切…でした?」


「大切に…決まってんだろ」

「はははっ、良かった…ですー」


 角が崩れ、エーリンの身体が崩れていく…

 笑顔のまま…一筋の涙が流れ落ち…

 もう、呼び掛けに応える事は無かった。


「エーリンちゃん…うぅ…ごめんね…私が足を引っ張ったから…」


 満足そうにいきやがって…

 私はまだ、一緒に過ごしたかった。エーリンが居るだけで笑いの絶えない時間を過ごせた…もう、あの頃には…戻れないのか。


『ごふっ…はぁ、はぁ、王のようにはいきませんでしたか…ですが…もう敵はいなくなりました。全回復!』


 ――バキンッ!

 頭の中で、鎖が千切れる音が響いた。

 でも、そんな事はどうでもいい。


「……ミズキさん、この場所を…エーリンを守って下さい。フルエナジーバリア」

「う…うん…レティ、その目…」


『さて、わたくしは新たな進行計画を練らなければいけませんので、早々に死んで下さい。あっ、もちろんこの世界はわたくし直々に潰して差し上げますよぉ。蒼い太陽!』


 ロンドの頭上に巨大な蒼い太陽。

 左目が熱い…この力は…そうか。

 本当に…私は世界の異物なのだと実感させられる。

 勘違いしていたな…魔眼とは、己の根源…核の力を表面化し、目という狭い入口で使う事で効率的に発動するもの。

 だから、慣れない力で暴走しても、被害が少ない。

 失敗しても、目が潰れるだけ…


「黙れよ。もう、お前なんかどうでも良いんだ」

 そう、どうでも良い。

 蒼い太陽なんて…ほら、壊れた。


『蒼い太陽が…消えた。いや、壊された……そんな…何故…何故何故何故何故! 失われし力を持っている! 答えろぉぉ!』


 私の根源は、破壊。


「エーリン、ちゃんと、見とけ。破壊の瞳よ…壊せ」


 早く終わらせるから…みんなで帰ろう、ね。

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