私の身体じゃないんだから、勝手にしちゃ駄目だよ

 

『少し不便か…キリエの身体を借りるとしよう』


 パチンッ…と、ルゼルが指を鳴らすと、私がキリエの身体を動かせるようになった。


「…初めまして、アスティと申します」

『あぁ、警戒しなくても良いぞ。殺意は無い』


「…どうして、私の存在が解ったんですか?」

『格の高い者には見えるようになっているぞ。あの槍に住んでいる奴が、点と点…過去と未来、記憶と現実を繋いだんだ。だからアスティは、キリエの中に住んでいる存在として扱われている』


 つまり、私は記憶を見ているだけではなくて…既に個としてこの時代に存在している…というよく解らない事態になっているのか…

 だから何なのかよく解らないけれど、ルゼルには見えるという事か……いやいやいや、妖精さん何してくれてんの?


「そうなると、何か問題なんですか?」

『そうだな。キリエはこれから、この世界の神に魂を抜かれ、邪悪の力と融合し邪神となる。そうなると、アスティの存在が邪神キリエにバレるぞ』


「バレたら…どうなりますか?」

『当然、異物として魂を消される』


「……」


 まじか…これ以上キリエの記憶を辿ったら死ぬのか…

 リアちゃんが出てくるまで見たかったんだけれど…仕方ない。


『アスティ、キリエの記憶を見て何を目指す』

「私は、強くなりたいんです。私の世界に居る最強種を倒して、世界で一番強くなる…それが私の夢でした…でも」


『我らの戦いを見てしまった』

「はい…例え、最強種を倒しても…夢を叶えただなんて、思わないだろうなって…」


 正直、夢を叶えても…なんかこう、モヤモヤとしたものが生まれる。こんなの見せられたら、私はちっぽけな存在なんだと実感させられる……強くなったと慢心していた…実際は、強者の強さを少し解るようになっただけ…

 もちろん、私の世界だけで見ると強い方だと思うけれど…なんて言ったら良いのだろう…



『そこで、だ。選択をやろう』

「選択?」


『そう。もうキリエの中に出てこないか…我の所に来るか』

「…ルゼルさんの中に?」


『そう捉えても良い。恐らく邪霊樹を介してここに来ているみたいだから、邪霊樹を使う場合、我の所に来るようになる』

「邪霊樹…あのヤバい木ですね。…なるほど、でも…それをして何になるんですか? 私はただの人間ですよ」


 ルゼルの目的はなんだ?

 私を動かしても、メリットが無い。

 私は弱い人間なのだから…


『……』


 顎に手をやって、思案している……考えていなかったのかな?

 うーん…ルゼルの所に行っても、どうなるか解らないし。

 一応力の根源が解ったから、もう夢を見なくても良い訳だし…

 ん? 何か言ったな…

 ボソボソ言って、何を言っているか聞こえないんだけれど…


「あの、聞こえません」

『……つだ』


「……あの、聞こえません」

『……秘密だ』


 ……いや、教えてよ。

 教えてくれないと、そっちには行けないよ。


 ……

 ……答えてくれないので、しばらく見詰め合ってみる。

 うーん…裏の世界には、こんなに美人な天使さんが居るのか。しかも裏の世界で二番目に強いと来たら、強くて美人な女性という私の理想像…

 まだ答えてくれないから、ルゼルの観察をしよう。


 肩まで伸びた黒い髪がサラツヤで、一本一本が光っているみたいに綺麗だな。パッチリとした目に吸い込まれそうな黒い瞳。薄く紅を塗った唇が、何かを言おうと開閉している。

 ちゃんと化粧しているから、準備万端でキリエに会いに来た訳か……なんか、誰かに似ているな…気のせいか。

 おっ、やっと答えてくれるかな。


『我も…弟子が欲しかったんだよ』


 なにそれ、可愛い。

 我も…って事はルルと友達なのかな?

 いや、でも弟子になりそうな邪族沢山居るじゃん。


「邪族じゃ駄目なんですか?」

『…駄目だ』


「どうしてですか?」

『…邪族には、愛が無いからな』


 ちょっとよく解らない。

 弟子って事は…メガエナジーを教えてくれるのかな…だとしたら、是非ともお願いしたいところだけれど…


「ちょっと考えさせて貰っても良いですか?」

『もちろんだ』


「あっ、でも次に来たら邪神の中とか有り得るので、移すだけ移して貰っても良いですか?」

『そうだな。じゃあいくぞ』


 ルゼルが近付いて来る。

 …まだ近付いて来る。

 ん? 近い近い近い。

 えっ? まだ近付くの? このままいったら…


 ……チューしてんじゃん。

 私の身体じゃ無いんだから、勝手にチューしちゃ駄目だよ。

 まぁキリエは負けた訳だし、何されても良いのか…良いのか?


 ……ちょっと、早く移してよ。

 チューしながら、『あれ? どうだっけ…』、とか言わないでよ。


『あっ、思い出した』

「んっ…」


 あっ、ちょっ……それ…駄目だよ。

 ……

 ……

 ……

 ……うん。


 これで、キリエの記憶は見られなくなった。

 次から邪霊樹で夢を見る時は、ルゼルと共に居る事になるのか……


 キリエの続きは、リアちゃんに聞こう。

 はぁ…若かりし頃のリアちゃんを見れなかったのは…本当に残念だ。

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