歩み寄ろうとする気は無いからなぁ……
次の日、夕方五時にパンパンへ。
三、四日目はお店の営業していないので裏口から。
誰も居ないのでそのまま更衣室へ行くと、真ん中に執事服。それと銀色の髪…前髪うぃっぐ。
執事服を着て、前髪うぃっぐを手に取る。丁度右目が隠れるような大きさで、頭の天辺に着ける櫛のような留め具。
着けてみると右目が完全に隠れた。痛みも無い。
一緒に置かれている目玉に裸の身体が付いた人形は何なんだろう……『目玉のオッサン』という名前らしい。なんか嫌……これは置いておこう。
着替えて、店内のカウンターへ。
あっ、店員さん達発見。
テーブルで年上の子が年下の子の勉強を見ていたり、それぞれ接客の練習や魔法の勉強をしている。
凄いな、みんな助け合って成長している。
私もこういう環境で育ったら、色々変わっていたのかな……
……レーナちゃんが私を発見して鼻血を出している。
もう鼻血キャラになっちゃったね。
リアちゃんは二人のお迎えに行っている。
その間はみんなの様子を観察。
……みんな可愛いなぁ……一生懸命だし。
ヘルちゃんが年下の子に勉強を教えている。
いつもムスッとした顔だけれど、今は柔らかい優しい表情。
ヘルちゃんも成長しているのかな……おっ、こっちに気付いた。手を振ってみるとキッと睨んで背中を向けた。
この前、ヘルちゃんに私が女の子だと言ってある。それでも気持ちは変わらないって言ってくれた。
恥ずかしがっちゃって……可愛いのう。ギュッて捕まえたら素直なヘルちゃんになるのに、少し離れると逃げようとする。そこがまた良い。
追われるよりも追う方が好きな私を解ってらっしゃる。
そんな事を考えながら、みんなを眺めていると入口からリアちゃん、王女さん、ミズキが来店。
三人はカウンターに座り、私のオーダー待ちのレーナちゃんがバックヤードに待機。
リアちゃんは楽しそうな表情。王女さんは敵意を持った表情。ミズキはどうしたら良いのか解らないような微妙な表情。
こんな視点の違いすぎる三人のお客さん……解り合えるなんて結果は奇跡に近い確率だよね。今日はお互いに言いたい事があったらサクッと言って解散という事で。
「いらっしゃいませ」
「アスきゅん、お待たせ」
「「……」」
何? 二人は何か言ってよ。あっ、地味眼鏡をしていないからギャップが凄い訳ね。仕方が無い。
「お客様、こちらのメニューをどうぞ」
「「……」」
ほれ、何か頼め。喋らなくて良いから指差せ。
渦メロンパンケーキと、デラックスパンケーキね。リアちゃんは? 私と一緒のやつ? じゃあベリーベリーパンケーキね。
ちょっとレーナちゃんに注文してくる。
……頼んで来たけれど、バックヤードから聞こえたレーナちゃんの奇声に王女さんとミズキがビビっている。
直ぐに出てきたパンケーキ達と紅茶。それぞれの場所に置き、会話の準備が完了した。
自己紹介は…別に良いか。
「さて、私から言いたい事を言いますね。ミズキさん、私はあなたを恨んでいません。こうやって自由を手に入れて感謝しているくらいだから。私の事は忘れて王女を守って下さい」
「……そんなの…簡単に割り切れるものじゃない」
「生きていましたけれど、人を一人殺したくらいじゃないですか。別に初めて人を殺した訳でもないし……」
「初めてだった…」
は? 人を殺したのは初めて? 勇者なのに?
アース王国出版のミズキ物語を読んだけれど……盗賊とか居たでしょ……捕まえて街まで連行?
甘過ぎない? 盗賊は正当な理由があれば殺して良いんだよ。殺せなかった? えー……
「アスきゅん、ミズキちゃんの居た世界は魔物が居ない平和な世界だよ。殺しなんてしたら一生心の枷になるくらいだし」
「へぇー、そんな世界があるんですね。でもこの世界で暮らすなら人を殺す覚悟を持たないと、守りたい者も守れませんよ?」
私はもちろん殺す覚悟を持っている。
持っているというか染み付いているから、意識はしていないけれど。人型の魔物…オーガを惨殺しているくらいだから、人間に置き変わるだけだし。少し緊張はするけれど。
確かに…殺さない選択を貫き通すなら素晴らしいと思う。思うけれど、綺麗事だけじゃ済まない事も多い。
捕まえた奴がまた犯罪を犯したら、殺さなかった奴が非難される事もある。
この先大丈夫かね……
「…好きで勇者になった訳ではないよ。こうしないと生きられなかったから」
「勇者になれるほどの力があるのに? そこが解りませんね。生きる力があるじゃないですか」
「あなたには解らないわよ!」
王女さん、いきなり怒鳴らないでよ。
私は知りたいだけ。
蚊帳の外ですまんね。王女さんから見たら…私はミズキにとって過去に因縁のある相手。
「王女さん、事実だけ言うけれど…ミズキさんは私を殺したんですよ」
「殺した? どういう事よ」
「殺したと思っていた人間が生きていたんですよ」
「ミズキに限ってそんな事ある訳ないじゃない!」
「まぁ別に証明する気も無いので私はこれ以上説明はしません」
王女さんは綺麗な表の世界を見てきたと思うけれど、裏の世界はドロドロだよ。勝てば正義にもなってしまう。だから極端な話、力を持っていれば一人でも生きられる。
それを言ったところで…解ったような事を! と言われるのは目に見えているから説明はしない。
まっ、王女さんは私の正体を知らないから、説明する義理は無いけれどね。教えたら王女さんの性格的に、面倒な方向にお節介をすると思うんだよなぁ。
別に教えても構わないけれど、不干渉を貫いて欲しいね。
王女さんが優しい人なのは知っている。
だけれど私と方向性が全然違う。
思考が逸れたな…
「とりあえず私の事は忘れて下さい。出来るだけ関わらないようにしますから」
「…」
暗いよ。どうしたいの? どうして欲しいの? 言ってくれなきゃ解らない。
先日闘った時もお互い本気で闘った訳では無いしなぁ。それをどうこう言うのも違う。ミズキは逃げずに闘うを選択した訳だし……私も逃げるなら放置する気だったし……うーん。
……何やら私を刺した事を謝ろうとしてきたけれど、断った。
謝るという事は、歩み寄ろうとする意思表示でもある。
仲良くなんてしない。
仲良くなんてしないけれど、私の意思表示はするつもり。
私を悪い奴だと思ってくれれば、私に対する罪の意識は薄れる。
ミズキは優しい。
優しいからこそ、気に病んでしまっている。
という事で、嫌われたいんだけれど…んー…
…そもそも…リアちゃんが知りたそうだったから真相を解明しようとした訳で、私自身過去をほじくり回して何になるんだろうという気持ち。
結果オーライだからねぇ……
「ミズキさんは国の暗い所を目の当たりにしたから葛藤している…それは王女を捨てる事が出来ないからであって、王女さんはそんな優しいミズキさんを肯定している……結局私が関わらない方が良いと思います。リアちゃんはどう思います?」
「双方納得なんて必要ないよ。ずっと一緒に居る訳じゃないから、今日一日で解決しなくて良いし。ミズキちゃんは元の世界に帰りたいの?」
「……はい、出来れば…ですが…帰る方法が解らなくて…」
「ミズキ……帰っちゃ…嫌だよ…」
なんていうか、空気が重い。リアちゃんとどんな話をしてきたのか解らないけれど…
ヘルちゃん、王女さんの友達なんでしょ? チラ見していないで何か言ってあげなよ。友達って理由が無くても助けられる存在って本に書いてあったよ。
……おっ、ヘルちゃんが立ち上がった。
おいでー。
「何? 私はこの二人がここに居る理由も知らないのよ」
ヘルちゃんが仁王立ちでアゴを少し上に向け、見下ろすように睨んでくる。王女さんとミズキは凄く驚いていた。そりゃ帝国の第二皇女がここに居るなんて思わないからね。
おっ、この場に帝国第二皇女とアース王国第一王女と元フーツー王国第一王女が揃ったぞ。
夢の共演だね。早速リアちゃんが写真の魔導具で私達三人を激写。マイペースだなぁ。
「今度…二人っきりになったら色々教えてあげようか?」
「……」
睨み付けながら、ヘルちゃんの顔がだんだん赤くなっていく。
口元がプルプルしている。あと一押しか……
何? 王女さん。
「あなた! ヘルトルーデを誘惑しようとするなんて! 彼女には婚約者が居るのよ!」
「知っていますよ。公爵家の男子ですよね」
「知っていながら……なんて男なの……」
「あっ、私は女子ですよ」
「……は?」
王女さんが硬直。
そんなに驚く事かな。
話が逸れるから、もう終わろう。
「雑談をする気はありません。ミズキさん、私と話をしたいと思うのなら…また来年にでも来て下さい」
「……分かった」
ミズキが立ち上がると、王女も立ち上がり私を見据える。
「…来年…帝国美少女グランプリで勝負しなさい! ミズキの仇を討ってやるわ!」
ババーンという擬音が出そうなほどにポーズを決めて宣戦布告。
王女の目には闘志が燃え上がるようにギラギラと輝いていた。
もちろん私の答えは決まっている。
「嫌ですよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます