7 深謀-1-
「発艦したようです。数時間でこちらに到着すると」
従者がシェイドに耳打ちする。
「分かりました。ありがとうございます」
少年の表情がわずか和らぐ。
「救護船が来てくれるそうです。食べ物や薬もたくさん持ってきてくれるみたいです」
彼は避難民に向きなおって状況を伝えた。
避難所が損壊し寝食がままならなくなったため、イエレドが最寄りの基地に救助を要請したのだ。
医療機器を備えた救護船には食糧の蓄えもあり、さらには数百人分の居住スペースもある。
周辺の様子が落ち着くまで、彼らは空飛ぶ避難所で生活することになる。
「それまでは不便ですけど、ここで待ちましょう」
自分がこんな有様では士気に影響する、とシェイドは努めて平気な顔で言う。
実際には疲労感で今にも倒れそうなほど憔悴している。
それを悟ったイエレドがさりげない所作で彼のすぐ後ろについた。
「シェイド様、通信が入っております。ご同行を」
あとを従者にまかせ、彼はなかば強引にシェイドを艇まで誘導した。
ライネもその後を追う。
辺りは痛々しい戦いの爪痕が広がっていた。
ドールの残骸、手当てを受けている負傷者――。
遠くには撃墜した敵艦がもうもうと煙を上げている。
その凄惨さは新政権の先行きの不透明さを暗示しているようにも見えた。
「…………?」
乗艇したシェイドは医務室に通された。
「しばらくこちらでお休みください」
訝しむ彼にイエレドは静かな口調で言う。
「あ……」
シェイドはすぐに理解した。
「じゃあ連絡が入った、っていうのはウソなんですね」
「いえ、事実です。が、今はお休みください。無理をされているのは分かっております」
疲労の色は隠しきれない。
今のシェイドを避難民が見ればかえって不安が広がる、とイエレドは説いた。
「そう、ですね……」
気を遣ったつもりが空回りしていたことを想い知らされ、彼はすっかり消沈した。
「ま、何はともあれ良かったじゃん。被害も小さくしてすんだし」
重苦しい空気を吹き飛ばそうとライネは明るく言った。
あの後、フェルノーラから改めて治癒の魔法をかけられた彼女は充分に回復している。
とはいえ失われた血液までは戻らないため、出血をともなう負傷には気を付けなければならない。
「では何かあればお呼びください。ライネ」
「……? ちょっと行ってくる」
イエレドに促されライネは医務室を出た。
シェイドに聞こえないよう離れた場所で、
「気にしているかもしれないから言っておくぞ」
彼は従者らしく改まった口調で切り出した。
「ケッセルは生きている。まともに歩けるようになるには時間がかかるだろうがな」
きわめて淡々と、しかしその口調には苦々しさが漏れ出ていた。
一命を施されておきながら、なおもシェイドを狙うような輩を助けてやる必要などない――というのがイエレドの持論だ。
しかし襲撃者の全容をつかむには取り調べをしなければならず、そのためにケッセルは治療を受けている。
憎むべき敵だが存命を伝えたのは、イエレドの個人的な想いによるものだ。
任務とはいえライネのような少女に人の命を奪わせたくない、と彼は思っている。
「そっか……」
そんな彼の思惑も知らず、ライネは特に気にしている様子はない。
彼女にとってケッセルの生死はどうでもよかったのだ。
第一はシェイドを守ること。
そして第二に彼が守りたいものを守ることだ。
「今回の働きは見事だったな」
イエレドはここに来て初めて笑みを見せた。
従者としての体裁は保ちつつ、彼はまたしても個人的な想いを口にした。
「正直に言えば、なぜこの任務にお前のような子どもが――と思ったが。人選は正しいかったようだ」
「え……? あ、そう……?」
前半にムッとしたライネは、続く賞賛に戸惑った。
「何度、シェイド様への不遜な態度を咎めようと思ったことか。だが身を挺して守ろうとした気概は誰にでも真似できるものではない」
「まあ、それが仕事だし? アタシにかかればこれくらい――」
すっかり気を良くしたライネは上機嫌になった。
やはりまだまだ子どもだな、とイエレドは思った。
「その頑張りに免じて、お前がケッセルではなく私を疑っていたことは黙っておいてやろう」
ライネは青ざめた。
「……バレてたのかよ!?」
「視線を見ていれば分かる。昨夜も本当は私を尾行していたのだろう?」
先ほどまで得意になっていたせいで、彼女は気恥ずかしさに顔を真っ赤にした。
「い、言ってくれればよかったのに……!」
「いや、黙っていたほうがよかった。お前が私を疑っていると知ればケッセルは油断するだろうからな。それに――」
彼はからかうように続けた。
「演技ができるようには見えないからな」
「………………」
ライネは何も言い返せなかった。
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