6 予言を覆す力-7-

 すぐには理解できなかった。

 その内容にも、それが彼の口から発せられたことも。

「まさか――ここを捨てるっていうのか?」

 そう訊き返したくなるほど、不可解なお願いだった。

「守ります……僕たち、の……住む場所ですから」

「だろ!? だったらなんで――」

 そんな頼みごとをするのか、と彼女はもう一度問うた。

 が、子細に説明する余裕はシェイドにはない。

 ライネは数秒だけ迷ったが、どうせ考えても分からないと理解した。

「ほんとに大丈夫なんだな?」

 彼女の気がかりは彼の安全についてだけだ。

 護衛として、友だちとして、彼が危険を承知でその判断をしたのなら諫める必要があった。

 シェイドは小さくうなずいた。

「――分かった!」

 ライネは走った。

 やや離れたところで従者とともに応戦しているイエレドの元へと駆ける。

「シェイドから伝言!」

「シェイドから?」

「上空の味方を引き揚げさせろって!」

「なに――?」

 攻撃の手を止め、イエレドは向きなおった。

「正気か?」

「アタシに言われても知らないって! シェイド君が言ってるんだから」

「それを諫めるのもお前の役目だぞ!」

「言ったよ! でも聞かないんだよ!」

 イエレドは数秒迷った。

 ここは戦場だ。

 しかも遠征とはちがい、防衛戦である。

 この町を守るのではなかったのか?

 味方を撤退させろという命令――シェイドにとってはお願い――はつまり、町を捨てるということなのか?

(何のために……?)

 みすみす味方を危険に晒す行為だ。

 経験豊富な軍師の言葉ならまだしも、皇帝とはいえ戦に関しては素人のシェイドの意見に従うべきなのか。

 答えは出ない。

 だからイエレドは従者としての決断をした。

 通信機を通して航空部隊に撤退を呼びかける。

 彼はお願いを、皇帝の意思と解釈した。

 彼の意思に背くことは許されない。

「お前は先にシェイド様の元へ行け! 私たちもすぐに向かう!」

 こちらは地上の敵にも目を向けなければならない。

 防御網を狭めつつ、シェイドに対する守りを固める必要があった。

 たとえあの少年の判断が誤っていようと、彼らの目的は守護なのだ。

「分かった!」

 すぐ傍で彼を守るのはライネの役目だ。

 航空戦力は後退を始めた。

 しかし鵜呑みにはしていないのか、その動きは鈍い。


 ――何をするつもりなのか?


 誰もが同じ疑問を抱いていた。





「ああ、よかった! 何事かと思っていたが、どうもないみたいだな!」

 男は豪快に笑った。

 目の前の少女にケガがないと分かると、少しくらいは気も抜ける。

「ええ、大丈夫、です……」

 本当はまだ息苦しさを感じていたが、この少女はなにかと意地を張りたがる。

 滅多なことでは弱みを見せないし、油断も手加減もしない。

 それがプラトウで生きていくコツだった。

「そりゃなによりだ。嬢ちゃんは英雄だからな。何かあったらたいへんだ」

「英雄……?」

 そんなハズはない。

 この町でそう呼ばれるのは彼だけだ。

「表彰されてただろ? あの式典で」

 ああ、とフェルノーラは思い至る。

 次期皇帝の窮地を救った功労者、ということで讃えられたのだ。

 しかしそんな名誉も今では何の役にも立たない。

「それより丸腰か? だったらこれ使いな!」

 男は腰に提げていた銃を手渡した。

 破壊されたドールから奪ってきたものだという。

「ここも安全たぁ言えねえな……! 隠れるところを探すか!」

 戦の音は絶えず響き渡っている。

 地上ではエルディラント軍が頑張っているおかげで民間人の被害は少ないが、それも塹壕や障害物を盾にしていればの話だ。

 後退を命じられたこともあり、航空戦では襲撃者が攻勢を取り戻し始めている。

 予断を許さない状況だ。

「あそこがいい!」

 男が洞窟を指さす。

 フェルノーラはかぶりを振った。

「隠れてたってプラトウは守れません」

「なんだって!?」

 男は頓狂な声をあげた。

「私たちの町は――私たちで守らないと……」

 二度も蹂躙されてたまるか、という闘志をこの少女は滾らせている。

 見覚えのある艦に怯えている場合ではない。

 つい先ほど襲撃者やケッセルに殺されかけた恐怖は、理不尽に対する怒りに変わっていた。

「じゃあどうするんだ?」

 危ないことは軍人に任せておけ、と彼は言うがフェルノーラは応じない。

「戦うんです!」

 狼狽うろたえる大人を叱咤するように少女は力強く言った。

「この銃はおじさんが敵から奪ってくれたものでしょ?」

「お、おじさん……?」

「私たちには武器がある! 戦えるんです!」

「あ、ああ、まあ……」

「いいようにやられて……何もできないで事が過ぎるのを待つのはいやなんです」

 そう思うのは彼女だけではない。

 志を同じくする者たちはあの決起会を経て、ペルガモンに叛逆した。

 敵は変わったが、やることは変わらない。

 戦う必要があるのだ。

(それに――)

 フェルノーラは深呼吸した。

 彼女にはがある。

「行きましょう!」

 まだ馴染まない銃をしっかり握りしめ、少女は走った。

「ああ、分かった、分かった! 嬢ちゃんをひとりにしちゃおけねえからな!」

 子どもに戦わせておいて、自分だけが逃げることなどできない。

「それにしても――」

 男は嘆息する。

「オレ、もうおじさんなのか……」

 瓦礫を軽々と跳び越えるフェルノーラに追いつこうとして、彼は何度もつまずいた。

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