5 復讐の始まり-5-
フェルノーラはライネを乱暴に振り払った。
皆、一様に彼女を見た。
「やっと戻ってきたのよ! 戻ってきて……これからだったのに! なのに――私たちはまた怯えなくちゃならないの!?」
今にもシェイドにつかみかかりそうな勢いに、従者たちは咄嗟に彼を守るように前に出た。
「し、仕方ないだろ。シェイド君の安全を考えたらこれが一番なんだ――」
諭すように言うライネは理解していた。
これはたんなる誤魔化しでしかない。
彼を守り通す自信がないのを、安全という言葉で覆い隠すだけの。
「安全な場所なんてないじゃない!」
なじるような叫びに、ライネは彼女に心の内を見透かされているような気がした。
「フェルノーラさん……あの……」
あの戦いでさえここまで感情を露にしなかった彼女に、シェイドはすっかり気後れしてしまう。
「あなたたちには――私たちがどれだけ不安な想いでいるのか分からないのよ!」
少女の視線は誰にも向けられていなかった。
だが、ここにいる誰もが彼女に睨まれているような錯覚に陥った。
(………………)
シェイドは悟った。
”あなたたち”の中には、今や自分も含まれていることに。
「イエレドさん、ここにいる人たちも一緒に連れていくことはできませんか?」
後ろめたさに耐えかねたシェイドが訊くが、彼はかぶりを振った。
「今回は住民の移送が目的ではありませんので……それに――」
イエレドは批難がましい目を向ける彼らに向かって言った。
「連中の狙いは皇帝です。もし皇帝がここに留まられるなら、かえってあなた方に危険が及ぶでしょう」
テロリストは手段を選ばない。
一帯を爆破することも人質をとることも躊躇しないだろう。
つまりシェイドたちがこのまま引き揚げるほうが、プラトウの民にとっては安全なのだ。
「はい…………」
こう言われては返す言葉もない。
「艦を一隻、ここに残します。精鋭ぞろいです。武装集団程度なら難なく退けられましょう」
どうかこれで納得してほしい、とイエレドは下手に出る。
滞空しているのは全長800メートルを超える大型艦船ばかりである。
いずれも多数の戦闘機、ドールを艦載している。
賊はもちろん正規の軍隊とも充分に渡り合えるだけの戦力だ。
避難者たちは顔を見合わせた。
現状ではこの条件を呑むしかない。
しばらくの沈黙のあと、彼らはイエレドの勧めに従うことにした。
あの大型の艦は睨みを利かせる意味でも最適だ。
あれがあればテロリストも迂闊に手は出せないだろう。
「フェル…………」
まだ納得していない様子の彼女に、どう声をかけるべきかライネは迷った。
先ほどの取り乱しぶりから感情を昂らせていることは明らかだ。
ヘタな慰め方では神経を逆なでするかもしれない。
(いやいや、なにを悩んでんだ、アタシ? シェイド君を守るのが最優先なんだからなにも――)
ここに来たのはたんなる任務。
安全のためにシェイドがエルドランに戻ると決まったのだから、他に何も考える必要はないハズだ。
だが――。
情が湧いてしまったことにライネは気付いた。
悲惨な現場と、そこで懸命に生活を立て直そうとしている人たちに触れて――。
どうにかしてあげたい、という気持ちだ。
新しい政府――この少年――はきっとそんな気持ちがいっぱいに溢れる国を目指しているのだろう。
そう思い至るとライネもどうすべきか分からなくなる。
現に今、困窮している町を救えなくて国を救えるだろうか。
「それでプラトウが守られるなら――」
彼女が答えを出す前に、シェイドが答えを出した。
標的はあくまで自分であることと、艦一隻を残すことが後押ししたようだ。
「みなさん、すみません。復興の手伝いに来たのに何もできなかったばかりか、よけいな危険を招いてしまって……」
伏し目がちに言ったとき、山の向こうが赤く光った。
続いて爆音。
少し遅れて地がわずかに鳴動した。
「今のって……?」
避難者たちの間に動揺が広がる。
「どうなってるんだよ! なんでまたここが戦地にならなくちゃなんねえんだ!?」
「いったい誰よ? 何の目的があって私たちを狙うっていうの?」
理不尽への怒りと諦念が入り混じった怨嗟の声があちこちであがった。
「連中が動き出したようです! 皇帝、急ぎましょう!」
従者たちは艇へと先導した。
「あ……え!? ちょ、っと……!」
緊急事態は別れを惜しむ暇を与えてくれない。
「あなた方も避難を! すぐに兵をよこします!」
イエレドが呼びかけるが彼らは動かない。
「避難って言ったってどこに避難すればいいの!? 隠れられる場所なんてないわ!」
「施設にゃ怪我してる奴も大勢いるんだ。それに車の数も人員も足りねえ。連れ出そうにも間に合わないぜ」
「ああ、そうだ! こうなったら救急隊も自警団も役に立ちゃしねえよ」
プラトウの民にはもはや隠れる場所も逃げる先もない。
艦一隻だけが頼りなのだ。
シェイドは思った。
これもまた、あの時と同じだ。
ただ死を待つか、死を覚悟で戦うかを選ばされた、あの時と。
「待ってください!」
だから彼は足を止めた。
同じだったからだ。
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