3 急襲!-1-

 裏手の格納庫ではフェルノーラがシェイドたちを待っていた。

「来たわね……顔色が悪いけど大丈夫?」

「う、うん……」

 先ほどの出来事からそう簡単に立ち直ることはできなかった。

(一目で分かるってことはよっぽどだな。それにしても――)

 ライネは口にこそしなかったが彼女の目線に感心した。

(そっけない態度とってるけど、けっこうシェイド君のこと気にしてるじゃんか)

 それもそうか、と彼女は思い至る。

 2人は同郷であり、反ペルガモンの旗を掲げて戦った仲間だ。

 気遣いを見せて当然だろう。

「あの子も言ってるけどさ、無理しなくていいんだぜ? 先のことは全部キミが決めていいんだからさ」

 これだけ言っても彼は無理をするにちがいないとライネは分かっていた。

 引き返そうが敢行しようが彼女は付き従うだけだ。

「大丈夫です、行きましょう」

 案の定、シェイドは力なくそう返した。

 穀物を積んだ輸送車は2台。

 避難所のスタッフも加わったことで同行する人数が増えたため、2台になったのは好都合だった。

 シェイド、ライネに従者が7名。

 これにフェルノーラとスタッフ2名を入れて総勢12名となる。

「ん? なにやってんの?」

 従者のひとりが手首に装着したデバイスを操作していた。

 任務に就いている者すべてに支給されている通信装置で文字や音声データの送受信、現在地や方角の確認等に用いられている。

「あ、ああ、いや、別に……」

 彼は慌てた様子でそれを袖で隠すと、シェイドの元に駆け寄った。

「ひとつ提案が――」

「なんでしょう?」

「失礼ながらこの辺りは治安が良いとは言えません。彼らにも護衛が必要かと……」

 そう言い、フェルノーラたちを見やる。

「ちょうど12人です。6人ずつ分乗するのはどうでしょうか?」

「……そう、ですね」

 アミターグの言葉を引きずっているシェイドは内容をほとんど聞いていなかった。

「ではそのように伝えて参りましょう。それから念のため、安全に配慮してシェイド様は後ろの車両にお乗りください」

 早口で言いおくと彼は従者たちに伝えに走った。

 話はすぐにまとまり、シェイドたちはそれぞれの輸送車に乗り込む。

 道案内が必要ということで2人のスタッフはそれぞれ前後の車両に乗る。

 シェイド、ライネ、フェルノーラは後方の車両だ。

 目的の避難所までは数十キロメートル。

 補給車は高度を上げられないため、不整地や断崖を迂回しなければならない。

 緩やかな振動に身をまかせていたフェルノーラは時おり、小さく息を吐く。

 流れていく景色を眺めているシェイドはそれには気付かない。

「どうかしたのかい?」

 自分の仕事ではないと思いつつライネが訊ねた。

「――別に」

 フェルノーラは目だけを彼女に向けて短く返した。

 が、それでは無愛想だと思ったか、

「なんだかヘンな感じがするの」

 弱さを見せまいとしてか、はっきりとした口調で付け加える。

「ヘンって?」

「さあ……胸騒ぎ、みたいな感じ」

 彼女の声に抑揚はない。

(ひょっとしてアタシ、嫌われてる?)

 喉まで出かかった言葉を呑み込む。

 フェルノーラは普段から感情をあまり表に出さない。

 避難所での作業も淡々としたもので、お世辞にも愛想がいいとは言えない。

 だがシェイドと話している最中、わずかだが笑みを浮かべていたのをライネは見ていた。

 その些細な変化が男女間の情によるものだと思った彼女は、こう言っておくことにした。

「アタシはただの護衛だよ。任務で同行してるだけさ」

 つまりシェイドとは君臣の間柄でしかないという意味だが、

「そう……?」

 フェルノーラは安堵するどころか怪訝な顔で見つめ返す。

(さっき彼から聞いたことをなんでまた言うのかしら……?)

 いったいどういう意図があるのか、と視線をシェイドに向けた時だった。

 爆音とともに車体が激しく揺れた。

 その衝撃で転びそうになったシェイドたちだが、すんでのところで手すりを掴む。

「な、なんだ!?」

 従者のひとりが運転席に駆け寄る。

「分かりま――」

 大きく傾いた車体を元に戻そうとハンドルを切った瞬間。

 轟音が鳴り響いたのとほぼ同時に跳ね上がった車体が宙を舞い、瞬きひとつする間に地面に落ちた。

 落下の衝撃で横転した車内はカーゴルームの仕切りがひしゃげ、積み荷が座席にまで流れ込んできていた。

「おい、大丈夫か!?」

 堆積した麻袋をかき分け、ライネは真っ先にシェイドの元へ向かった。

「ああ、はい……なんとか……」

 首元をさすりながら上体を起こす。

 華奢な体はカーゴルーム内で揺さぶられたが、麻袋が緩衝材となったおかげで怪我はなかった。

「ご無事で――のようですね」

 従者はシェイドをライネに任せ、様子を確かめに外に出ることにした。

 もうひとりは運転席で気を失っているらしいスタッフの介抱にあたる。

「そっちのあんたは?」

 ひとまずシェイドが負傷していないと分かり安堵したライネは、彼を起こしながらフェルノーラに声をかけた。

「平気よ」

 物資を脇によけながら彼女は言った。

 その後ろでスタッフも意識を取り戻す。

「とにかく外に出よう!」

 横転しているうえに左右のドアは損傷がひどく、カーゴルームから出るには車体後部の扉からしかない。

 先に抜け出した従者に続くように、ライネが先頭に立って2人を誘導する。

 浮遊時や飛行時には出力の強弱でバランスをとるAGS装置も、完全に横転してしまっては体勢を立て直すのに役立たない。

「何かにぶつかったんでしょうか?」

 と問うシェイドの声にはまだ元気が戻っていない。

「そんな感じじゃなかったな」

 不安がらせないように短く返すライネは内心では警戒していた。

 彼が言うように何かにぶつかったのなら、前の車両も同じ状態に陥っているハズだ。

 この辺りは山は多いが崖の下を走っていたワケではないから落石も考えられない。

(そもそも車体が浮き上がってたからな……とりあえず――)

 外の様子を窺おうと扉から顔を出した瞬間、銃声が聞こえた。

「なに!?」

 彼女に続いて出ようとしていたフェルノーラの動きが止まる。

(………………)

 この音には聞き覚えがあった。

 人の命を容赦なく奪い、人の帰るべき場所を破壊する忌々しい音だ。

「2人ともここにいろよ!」

 返事も待たずにライネは飛び出した。

「あ、ライネさん!」

 慌ててそのあとに続こうとしたシェイドのコートをフェルノーラが引っ張る。

「ここにいろって言ったでしょ!?」

「でも……!」

「ケガでもしたらどうするの? あなたの役割はまだこれからなのよ?」

「役割? 僕の……役割は、復興のために――」

「そうじゃないでしょう!?」

 フェルノーラは珍しく感情を露わにしていた。

 怒りではない。

 些細な不快感だった。

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