第64話

「はっはっは、凄えじゃねえか坊主! まさか三千の兵で一万以上の兵を追い返してしまうなんてな! もうこれからは天才軍師様と呼ばない訳にはいかないな!」



 その後ロンメルの町にて行われた戦勝祝賀会。酔いが回って足元もおぼつかなくなったゲオルグが、強引にセネトの肩を組んだ。


 討伐隊敗走の報せは、早馬の伝令によって丸一日とかからずにロンメルの町に伝わる事となった。当初セネトの能力に懐疑的だった者も、四倍の兵力差をひっくり返しての勝利には喜び、そして祝福した。二十年に渡って反乱を繰り返しながらイマイチ成果の上がらなかったハーノイン領。だが、たった一組の若い男女の出現によって、その歴史は大きく動きつつあった。



「て……天才は恥ずかしいので返上します。それに今回の勝利は、事前に想定していた予想進路のうちの一つとたまたま一致したからこそ成功した策です。敵の進路が分かれば後はその進路上に兵を忍ばせておくだけでよかった。討伐隊が川を渡った後は当然暖をとろうとするでしょうし、あそこの北西の森は木の高さにバラつきがあって……」


「よ、良く分かんねえが、現実にお前は勝ったんだ。小難しい話しは抜きにして今はたのしもうぜ」



 薄々そんな気はしていたが、ゲオルグは頭を使うのが得意ではないのだろう。セネトの講釈を半ば強引に制して終わらせてしまう。もっと語りたかったセネトは少ししょんぼりするのだった。



「どう兄さん、楽しんでる?」



 ゲオルグと入れ替わる形でセネトの元に現れたのは、今やレジスタンスの盟主となってしまった妹セリカ。セネト同様彼女も士官学校を出ており、卒業と同時に将校位を貰っている。つまり母国ガルミキュラによって兵を率いるだけの力があると認められているのだが、立場上戦場に赴く事は難しかった。



「あ、セリカ。さっきまで領民にもみくちゃにされていたと思ってたけど、大丈夫だった?」


「大丈夫じゃないから勝手に抜け出してきたの。本当失礼しちゃう。今回の戦いで勝てたのはほとんど兄さんのおかげなのに、みんな私を勝利の女神だと言って褒め称えるの。皮肉で言われたのかと本気で考えたくらいよ」


「あはは……、でも人の上に立つっていうのはそう言うものだよ。結果が全て。結果が良ければ賞賛されるし、悪ければ非難されるか最悪殺される」


「えっ、何それ怖い……」


「それだけ責任重大って事だよ。父さんは部下にも国民にも慕われてるけど、それは父さんが凄い人だからで決して当たり前の事なんかじゃない」


「ふうん……」



 セネトはそう言って目を輝かせるが、正直セリカは国王の凄さがイマイチ理解できずにいた。王はなんと言うか冷淡なのだ。セリカの記憶にある限り、王がスキンシップをはかってきた事などただの一度もない。それ所か怒った顔も笑った顔すらも見た事がない。無能な自分に対して冷淡なのはまだ分かる。だが士官学校時代から多くの実績を上げてきたセネトに対しても冷淡なのは一体どういうつもりなのか。クロスボウや転送装置の理論を構築したのはセネトなのだ。だというのに王は自分ごとセネトを国から追い出してしまったのである。



「でも私はそんな風に思えないな、パパの事。私はともかく兄さんに対しても冷たいのが納得いかない」


「……セリカ?」


「そう思わない? ヴァルナママが兄さんに対してだけ異様に厳しかった事は知ってた。パパもそれを知ってたはずなのに何もしなかった。パパの言う事ならヴァルナママだってすぐに従ったはずなのに……」


「それはそうかも知れないけど……」



 セネトが唯一の男児だからという理由なのだろうが、それでも当時のヴァルナの教育にかける熱意は、少々行き過ぎていたように思える。それでいてセリカやレンには普通に優しかったのだから困ったものである。



「でしょう? 結局それに抗議したのはイハサママだけだった」


「それは……うん、ちゃんと覚えてるよ。それくらいの時期から自由時間が貰えるようになったからね。だからイハサ母さんには本当に感謝してるんだ」


「うん私も。お姉ちゃんは若干苦手意識があるみたいだけど、私にとっては憧れなんだ……」



 セリカは懐かしむように遠くを見る。



「思えば僕たち三人、実の母さんに対して苦手意識があるような気がするよ」


「えっ、そう? でも言われてみると確かにそうかも……」


「そこだよセリカ、きっと父さんはこうなる事を見越して母さん達と結婚しなかった」


「……ええと、どういう事?」


「クレア母さんは乳母だから少し違うけど、僕ら三人はみんな母さん達の子供、そして母さん達はみんな僕らの母さん。もしあの時父さんが母さん達の立場を明確にしていたら、例えイハサ母さんでもよその家の教育方針に口を出せなかっただろうし、ヴァルナ母さんも抗議を聞き入れなかったんじゃないかな。そして父さんはそうなる事が分かっていたから母さん達を愛人に留めておいた」


「えぇ……」



 念押しするがセネトの父親とセリカの父親は同一人物である。しかし二人の持つ父親のイメージに差がありすぎて、たった今語った父親の意図はセリカには全く受け入れられなかった。



「流石にそれは都合よく考えすぎじゃない?」


「そうかな、未だに父さんが王妃を迎えないのも、母さん達以外の愛人を作らないのもそれが理由だと考えるとしっくりくるんだけど……」


「……そう……なのかな?」


「うん、僕たちをガルミキュラから追い出したのだってきっとそう。父さんにしか分からないような意図がちゃんとあるんだよ。帝国の戦力を分散させる為だけじゃない、レンはレンなりのやり方で戦う事を決めたし、セリカも自発的に戦う事を選んだじゃないか」


「え…………?」



 セネトの何気ない言葉にセリカが反応する。確かにその通り、セリカが自分の意志でレジスタンスに協力する事を選んだのだ。負ければほぼ確実に殺されるであろうハーノイン王家の血族として。



「多分レンはその逆、安全だけど堅苦しいガルミキュラでの生活よりも、危険だけど自由な帝国での生活の方がレンを成長させてくれると思ったんじゃないかな」


「む…………」



 セリカには王の凄さというものがイマイチ理解できていない。周りの人がそう言っているから多分凄いんだろうという程度の認識しかない。しかしこの場でセネトの語る父親像が全て真実であったとするなら、彼はどこまで未来を見通しているというのだろうか。そしてそれが理解できるセネトも、王と同じ領域に迫りつつあるという事なのだろうか。


 二人には一体何が見えているのだろう。セリカは自分にそのような才能がない事を改めて悔しく思うのだった。

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