第34話
近衛に先んじて前に出たライオネルに対し、イハサが進み出て相対する。
「はっはっは! 魔王の後継者とやらは小娘を盾にするような臆病者か!」
奥でレイモンドが挑発するが、当事者たちの中でそれを意に介する者はいない。
(この娘……)
イハサと睨み合うライオネル。ここにきて彼は、イハサがただの小娘ではないことに気付く。
(間合いを確実に計算に入れた上での隙のない構え、何よりあの鋭い眼光。この状況であんな目ができる者など、歴戦の兵でもそういまい。一体どんな修羅場をくぐって来たのか……)
「我が名はライオネル。娘、名は何という」
「……イハサ」
「……そうか、武器を携えて総統府に乗り込んできた以上、女子供といえども容赦はできん。覚悟!」
ライオネルがそう発した瞬間、戦いは始まった。
イハサが強く地面を蹴って一気に間合いを詰める。それに合わせてライオネルが剣を振るうも、捉え切れずに空を切った。その隙に、イハサは更に間合いを詰める。
(不味い、後ろに下がって間合いを取らなければ……)
幸いにもイハサはまだ剣を振るってはいない。下がりながらであれば十分に防御は間に合う。そのはずだった。だが……。
(俺の腕が……ない!?)
ライオネルが切り落とされた自分の腕を視認した次の瞬間、今度は首と胴体が切り離される。
どちゃりと、自分の体の上に落下する頭部。その神業めいた剣技に場にいる全ての兵士が言葉を失った。
「同情はしません。たとえ上官の命令であろうと、お前にはそれに従わないという選択肢があった。だから、同情はしません」
そしてイハサは、常備していた布で呑気に刀の血を拭い始めた。ライオネルを切ったとはいえ、まだ衛兵が無傷で残っている状況にも関わらずである。
「な、何をしている貴様ら! 一対一で敵わないのであれば、四人で囲んで仕留めればいいだろう!!」
イハサの行動を挑発と受け取ったレイモンドが、怒号のように命令する。だが……、
「……それはできません、総統」
「何だと? 貴様らそれでも軍人か!?」
「違うのです総統。どうやら我ら全員、既に捕われているようなのです」
「……何?」
言われて近衛に注視したレイモンドが見たもの、それは近衛の足元に影のように広がる黒いシミ、そしてそこから伸びた無数の手が、彼らの足をがっちり拘束している光景だった。
それはヴァルナの魔術。先程のイハサの行動は挑発ではない。ヴァルナの魔術によって近衛が無力化されたこと、それに気付いたが故の行動である。レイモンドが女子供と侮った、イハサとヴァルナの二人、その二人に、総統府が誇る将軍と近衛は完敗したのだ。
「ひっ、ひいいいいぃぃぃぃ…………」
己の陣営の敗北、それを悟ったレイモンドは、悲鳴を上げて尻餅をついた。
「イハサ、ヴァルナ、いくぞ」
「はい」
身動きの取れない近衛を無視して、レイモンドの元へ歩み寄る三人。
「ひいっ!!」
ゼアルが目の前まで来た時、とっさにレイモンドは顔を庇う。だがゼアルは彼に何をすることもなく、先程までレイモンドが座っていた場所、玉座に静かに腰を下ろした。
「おめでとうございますゼアル様。ご立派な姿にございます」
「魔王ゼアル、これからも我が主君として我らをお導き下さい」
事前の手筈通り、ヴァルナとイハサが膝を突き口上を述べる。簡易的な戴冠の儀と言える。
「うむ、二人とも大儀であった。我の元に来るがいい」
「「はい」」
答えて二人は立ち上がり、ゼアルの玉座、その隣に並んだ。その際邪魔な場所にいたレイモンドをヴァルナが蹴り飛ばしたが、もはやそれを意に介する者はいなかった。
「見ての通り、二人はヒト族だ。だが同時に我が最も信頼を寄せる部下でもある。この場にいる全ての者よ、今この場で我に忠誠を誓うのであれば、魔族、ヒト族問わず我が部下として厚遇しよう。だがそれができない者は、今すぐこの場を去るがいい」
魔術で増幅されたゼアルの言葉。その言葉に最初に従ったのは、やはりゼトの時代から彼に仕えた老兵たちであった。真っ先に膝を折り、恭順の意を示す。その中の多くはあるいはレジスタンスのメンバーだったのかもしれない。そしてそれに倣うようにして若い兵士、そして人族の兵士と続いていく。
ゼアルは従えないものは去っていいと言ったが、この状況でそれができた者は、四人の近衛兵も含めて唯の一人もいない。否、ただ一人だけ、ゼアルに対して恭順の意を示さない者の姿があった。
「馬鹿な……馬鹿な……馬鹿な……、この国は私の物だ、誰にも渡さん。何が魔王だ、そんなモノ私は認めない……!」
そういってゆらりと立ち上がるレイモンド。先程までとは様子が異なり、恐れている様子もなければ歩みはバランスを欠き、目の焦点も合っていない。
「ついに気が触れたか。まあいい、お前にはこの二十年間の圧政、その責任を取って貰わねばなるまい」
レイモンドは護身用のサーベルを抜き払うと、一歩、また一歩とゼアルとの距離を詰めていく。だがゼアルは別段意に介する事もなくその様子を眺めていた。
「ゼアル……」
判断を仰ぐようにイハサが声をかけるが、
「いやいい、我がやろう」
そういってイハサを制し、ゼアルも立ち上がり進み出る。
勝負は一瞬でついた。レイモンドがサーベルを振るおうとした次の瞬間、ゼアルは即座に間合いを詰め、その腹部に拳を叩き込んだのである。
「ごはあっ!!」
その一撃を受けてレイモンドは、後方にふっ飛ばされると共に、白目をむいて倒れ込んだ。
「近衛、そいつを地下牢に放り込んで置け。加減はした、死んではいまい」
「は……はい」
レイモンドによるアルヴヘイムの支配、それが終焉を迎えた瞬間であった。
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