第23話
その後、ゼアル以下連合の使者団は、その全員が王宮内に部屋を宛がわれる事になった。ゼアルはすぐに会食に呼ばれて出ていったため、後には他のメンバーと、イハサ、ラクリエの二人が残される。
「ねえイハサ、折角だしお城の中でも見て回ろうよ」
「それはいいのですが、わしらがいなくなってまだ一年です。そんなに変わらないと思いますが」
「いいの! お城は変わらなくても人は変わってるかもしれないし、何より次はいつ来れるか分からないんだから」
「……それもそうですね」
まるで探検にでも行くかのように部屋を後にした二人。部屋から出てきた二人の後ろ姿を、遠巻きに見つめる一人の老人の姿があった。
「みんなあんまり元気なかったね」
「……そうですね」
分かっていた事ではあるが、ハーノインは今未曾有の窮地にある。加えて美姫との呼び声高かったラクリエと、天才少女と呼ばれたイハサも同時に失っているのだ。元気でいられるはずはなかった。
一通り城内を見て回った二人が部屋に戻ろうとしたとき、不意に声をかけてきた人物の姿があった。
「初めましてお嬢様方。少しお時間を頂いてもよろしいですかな?」
思いもよらない人物の接触に、一瞬二人は呆気に取られた。それもそのはず、声をかけてきたのは剣聖と呼ばれる生ける伝説にして、イハサの父、ガリュウその人だったのだから。
「ち……あ、ガリュウ……様……」
思わず父上と口走りそうになり、慌てて取り繕うイハサ。
「ほう、ワシの『顔』を知っているのか。中々博識なお嬢さんだ」
「い、いえ、王都シトラスにいる生ける伝説ガリュウ様の事はよく聞き及んでいます。細長い剣と目立つ民族衣装を着ておられるのですぐに分かりました」
「ふむ、そうであったか。これは失敬」
ガリュウはそう言っておどけて見せる。顔を隠しているとはいえイハサとラクリエに声をかけてきたのは果たして単なる偶然なのだろうか。全て分かった上で素知らぬ顔をしている、そんな風にも取れる。
「一目見た時から気になっていたのだが、小さい方のお嬢さん、君は何か武術をやっているのかね?」
「えと、どういう事でしょうか?」
「君の歩き方に武術家特有の癖があった。それで少し気になったのだよ」
「歩き方……ですか」
歩き方に癖があった、などと言っているが、今のイハサはゆったりした黒いローブを全身に纏っている。つまりガリュウは、ローブの上から見ただけで歩き方の癖を見抜いた事になる。
下手な嘘は却って自分の首を絞める結果になる。そう察したイハサは、
「剣と体捌きはユズリハ出身の師匠から習いました。それ以上の事は私も存じ上げません」
嘘は言っていない。イハサの師はガリュウであり、ガリュウは南方の島国ユズリハ出身だ。
「ふむそうであったか、同郷の生まれかと期待したのだが……。まあいい、お嬢さんまだ時間はあるかね? もっと話がしたいのだが」
「……話、ですか」
相手は気付いてないとはいえ、久々の親子の対面である。イハサがラクリエに視線を送ると、ラクリエは無言で頷き肯定した。
「分かりました、少しお付き合いします」
バレるかも知れない。いや、既に怪しまれている可能性もある。けれどもイハサはあえてガリュウと接する事を選んだ。
「既に知っているかもしれんが、ワシには娘が一人いてな。王女と仲が良く、剣の才能にも恵まれておった。地道に鍛錬を続けていれば、すぐにワシを超えただろう」
「ガリュウ様、ですが彼女は……」
「うむ、バロック砦の事件から行方不明のままだ。……しかしなお嬢さん、ワシは案外無事なのではないかと思っているよ」
「……それはどうしてなのです?」
「娘は常に王女の側で王女を守っていた。そしてミッドランドにとって王女の生死を隠す意味はあっても、我が娘の生死を隠す意味はないのだ。ならば娘の亡骸が見つからない理由は一つ、娘が無事であるからに他ならん。……まあワシの願望が入り込んでいるのは否定できんがな」
「……それでは未だに戻って来ない事について、どのようにお考えですか?」
イハサが皮肉交じりに言う。ガリュウに対してというよりは自分自身に対するそれだったのかも知れない。
「そうだな、戻るに戻れない理由があるのやもしれん。どちらかが大怪我を負ってしまったとか、王都に襲撃の犯人がいるとかな」
「…………」
本人は例え話のつもりなのだろうが、後者は的中、前者もあながち外れてもいないところが恐ろしい。
「……いや、あるいは単純に戻りたくないだけなのかもしれんな。強く育てるためとはいえ、あの子にはこれまで随分と厳しく接してきた。王女とイハサ、お互いがいればもうハーノインに戻る必要もないと考えた可能性もある」
「そ……そんな事は……」
確かにガリュウは厳しかった。もう辞めたいと思った回数など指の数では足りないだろう。だがそのおかげで今、自分とラクリエは生きている。感謝こそすれど、戻りたくないなどと思ったことはただの一度としてない。
しかしイハサにそれ以上の言葉を紡ぐ事はできなかった。今ここにいるイハサは、ガリュウの娘イハサとは無関係の別人としてここにいるのだから。
(今ここで正体を明かすべきでしょうか……)
信頼できる者に正体を明かし、手紙を託せとゼアルは言った。ガリュウはイハサの父。客将として政治的な権限を何も持たない代わりに、国王の友人を名乗れる唯一の存在である。そして彼の娘であるイハサは、彼が信頼できる人物である事を知っている。
「が……ガリュウ……さん?」
「何だろうか?」
声をかけたものの、どうやって正体を明かすべきか思いつかなかったイハサは、
「これから話す事は全部わ……たしの想像ですから、おかしなことを言っているように聞こえても気にしないで下さい」
「う、うむ……」
そう前置きして煙に巻く事であった。
「きっと二人は無事です。たまたま居合わせた頼りになるお節介焼きのお兄さんに助けられて、ミッドランド兵の追撃をかわして連合国あたりに逃げ込んだのではないでしょうか。そしてそこで全くの別人として、案外元気に生きているような、そんな気がします」
「お、お嬢さん? 君は一体……?」
まるで実際に体験してきたかのように具体的な事を言われて、ガリュウも感じる事があったのだろう。しかしイハサは、
「何も聞かないで下さい。聞かれても答えられません。ただ先程ガリュウ様は、イハサが貴方を嫌っているかのような事を言いましたが、貴方が鍛えてくれたおかげで姫様を守り抜く事が出来たのです。感謝こそすれ、嫌うなんて事は絶対にありません。……と思います。だからきっと、一連の問題に片がついたら、その時改めて再開することができると思うのです。ですから、その……待っていて欲しいのです。全ての問題に片が付くまで」
「……そうか」
ガリュウはそれ以上詮索する事はなかった。気にはなったが何より娘の無事が分かった事、その娘がいずれ戻ると言ったのだから、それを信じてみようと思ったのだ。
「わしはもう戻りますが、ガリュウ様には後で渡しておきたい物があります。少ししたらまた会いに来て下さい」
「承知した。君と話ができてよかったよ、お嬢さん」
「はい、わしもです」
イハサとガリュウは親子である。しかし一年ぶりの二人の再開は、お互いにそれと知りつつも認めない、そんな形のまま終わったのだった。
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