第22話

「分かっているとは思うが、くれぐれも迂闊な事はするんじゃないぞ。会話は可能な限り避け、素顔を見られるのも当然禁止だ。……最も危険を承知でハーノインに戻りたいというのであれば話は別だが」



 ハーノイン領内、王都シトラスに向かう馬車の中で、ゼアルは二人の少女にそう念を押す。祖国の窮地に沈むラクリエに対してゼアルが出した答え、それは連合の使者として二人を伴って王都シトラスに訪れる事であった。


 だが王宮の人間は当然二人を知っている。故に二人にはヴェールで顔を隠させ、ゼアルの侍従という立場を演じさせる事にした。それでもかなり危険である事に変わりはないが……。



「いえ十分です。一時的なのは残念ですが、ゼアル様に嫁いだと考えれば……」


「……そうか」



 ゼアルとしてもこれが実現可能なギリギリのラインだったのだが、ラクリエの明るい表情を見るに効果はあったようだ。



「それはいいのですが、姫様の身に起こった事を王様かクロム様に伝える事は出来ないのですか?」


「本人だと名乗れない以上、手紙……しかないだろうな。それも我らが戻った後に読まれなければ、拘束される事は目に見えている」


「では王都のポストサービスを利用して……」


「いえ、それは無理よイハサ。お父様やお兄様宛の手紙には必ず検閲が入る。そこから内通者に見つかってしまう可能性が高いと思う」


「そ、そうですか、ではどうしたら……」



 不意に三人の会話が途切れる。正体を隠したまま、時間差で国王に手紙を渡すというのは決して簡単なことではない。


 手詰まりかと思われたその時、沈黙を破ってゼアルが口を開いた。



「少々危険な手段ではあるが、あるにはある」


「本当ですか!?」



 ゼアルの言葉に、すぐにイハサが反応した。



「ああ、苦肉の策だがな。誰か信頼できる者に手紙を託し、我らが戻った後にその者の手から直接手紙を渡してもらうという方法だ」


「信頼できる者に託す?」


「そうだ。場合によってはその者に対して、正体を明かす必要もあるかもしれないな。信頼できる人物である事、そして王に直接手紙を渡せるような人物である事。これが条件だ」


「う~ん……、ゼアルは誰がいいと思いますか?」


「残念だが我には判断できん。お前たち二人が育った王宮で信頼できると思った相手、それが全てだ」


「信頼できる相手……」



 そして考え込んでしまうイハサ。



「まあ託す相手は王都についてから考えるといい。急ぐ必要はないがゆっくりしている暇もないぞ。特に我は仕事の話で手一杯になるだろう。あまりあてにするな」



 必要な事とはいえ、二人にとっては思わぬ里帰りになってしまったようで、考え込む二人を見てゼアルは一人苦笑いをするのだった。




「初にお目にかかりますクロム殿下。私は新たに連合の盟主となったゼアルと申します」


「こちらこそお会いできて光栄ですゼアル殿。ベルガナ戦争における貴方の活躍は聞き及んでおります。父は重い病気のため代わって私が出迎える事をお許し下さい」



 そして交わされる固い握手。ハーノイン聖王国王子クロム。ラクリエの兄にして現在ハーノインを取り仕切っている青年。妹を失い、父も病に伏せ、それでも毅然として振舞う彼に、ゼアルは尊敬の念を抱かざるを得なかった。


 握手を交わすゼアルの背後、同行させた三十余名の兵士たちに混じって、イハサとラクリエがいた。二人のよく知る場所と二人を囲む多数の知人縁者。しかし二人の事に気付く者はいない。それもそのはず、二人は今黒のヴェールで顔を隠しているのだから。



「ところでクロム殿、此度の戦争の原因となったハーノイン王女の事件。差し支えなければ王子の見解を聞かせて頂きたいのだが……」



 そんな不意に飛び出したゼアルの言葉に、場の空気が一瞬で凍りつく。


 美姫として有名だった王女を失い、戦争の原因になった事件。ハーノインの人間からしたら軽々しく触れられたくはない話題だろう。だがそれでも聞かない訳にはいかない。隣国の代表として。


 クロムは忌々しげに口角を下げ、逡巡してみせた。だが程無くして、意を決したように話し出す。



「一年ほど前の事です。前線に向かっていた我が妹ラクリエが、国境付近の砦で何者かに襲撃された。状況や現場の痕跡から、犯人がミッドランドである事はまず間違いありません。ですが現場に妹の遺体はなく、犯人に連れ去られたのは明白。故にこの半年間、ミッドランドを相手に妹返還の交渉を続けましたが、先方は交渉に応じないばかりか襲ったという事実すら認めようとしなかった。ここに至って最早交渉の余地なしと判断し、開戦へ至ったのです」


「……なるほどそのような事情があったとは。いや、不躾な事を聞いてしまった」


「いえ、理由はさておき他国に戦争を仕掛けたのです。相応の理由が知りたいと思うのは隣国として当然のことでしょう」


「そう言って頂けると助かります」



 かくいうゼアル自身も、当事者の一人として現場にいたのだが、クロムの語るラクリエ襲撃事件の内容は、ゼアルが経験した事と何ら矛盾する点はなかった。ただ一点、ラクリエはミッドランドの手には落ちておらず、今この場に来ている事を除けば。



「恐らく私は後世に、無謀な戦いを仕掛けて国を滅ぼした大罪人として名を刻む事になるでしょう。ですがたとえそうなるとしても、私はミッドランドを許す気にはなれません」



 ハーノイン聖王国。現存する国の中で最古の歴史を持つ国。周辺国がまともであれば、きっとクロムは名君として名を残しただろう。だが現実にハーノインは滅びに向かいつつある。



(国を富ませるだけでは不足。平和な国であるためには強い国であらねばならない。そう言う事なのか……?)



 それは、為政者としてのゼアルが新たに直面した課題であった。

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