第18話
「おおゼアル殿、待っていたぞ。大活躍だったそうではないか!」
ベルガナの陣地を出てから十数日後、ゼアル達はミレトス橋の本陣に帰還を果たす。事前にゼアルの帰還と活躍を聞いていた盟主グノンは、嬉々としてゼアルを迎え入れた。
「お褒めにあずかり光栄です。レシエ候代理ゼアル、只今帰還しました」
「うむ此度の働き、誠に見事であった。もはや今後ゼアル殿を代理などとは呼べまい。貴殿には正式にレシエの領主となって貰わねばなるまいな」
「はっ、恐縮です。時にグノン様、此度の戦について私から提案があるのですが」
「うむ、言ってみよ」
「はい。今南征軍の四侯爵がセミョンの町攻略に動いています。いえ、或いは既に落ちている可能性もあります。グノン様、このセミョン攻略を以って、此度の戦争は終わりとすべきです。聞けばベルガナは増えすぎた人口を支える為に領地を欲したという事。ならばここはセミョン攻略にて手打ちとし、講和によってベルガナからの移民を受け入れることで、ベルガナとのより良い関係が築けるのではないでしょうか」
そう、これはゼアルがガイルを説得するときに語った約束事でもある。しかし……、
「却下だ。この戦で我等は多くの将兵を失った。半端な形で決着をつけた所で諸侯も市民も納得しないだろう」
「多くの将兵を失ったのはベルガナとて同じ事。これ以上無駄な犠牲を出すことなく、我らの勝利という形で戦争を終えることに、一体何の不満があるというのでしょう」
「くどいぞゼアル! これは既に決定事項だ! この決定に異を唱えるのであれば貴様とて容赦はせんぞ!」
取り付く島もないとはこの事だろう。諸侯が市民がと言ってはいるが、徹底抗戦を望んでいるのは他でもないグノン自信なのだ。
ゼアルは諦めたように溜め息をつくと、次の瞬間、人が変わったように不適に笑った。
「そうか、ならば仕方ない。ナダル連合盟主グノン、貴殿には今この時を以って連合盟主の座を降りていただく。今までご苦労だった」
「…………何?」
一見挑発ともとれるその言葉。だが次の瞬間、ゼアルの言葉を合図に奥から流れ込んできたのは、一足先に帰還を果たしていたゲルトとダーナの兵たち。その突然の来襲に、その場に居合わせたナダルの兵も武器を構え、一触即発の状態となった。
「何のつもりだゼアル! 貴様ベルガナの回し者か!」
「最初から言っているように、これ以上の戦いは無駄だ、グノン。不慣れな海戦で間違いなくこちらの被害は甚大なものになる。故に貴殿にとっては残念なことだが、戦争はこれで終わりだ。この場にいるゲルトとダーナの兵は、みな我に賛同してくれたが故にこうしている。それだけではない。同じくこの戦いで君主を失ったキシリア、メイダの兵も同じ考えだ」
「な、何だと……?」
これによって今この場にいるグノン派とゼアル派の数はほぼ同数となる。先ほどまで怒りを顕わにしていたグノンも、流石に動揺の色が隠せなくなる。
「クラト候、フリーダ候にも問おう。今ここでこちら側に付けば、此度の失敗は不問とする。賛同者はこの場にいる兵だけではない。此度の戦で我が軍門に降ったベルガナ兵八千も間もなく到着するだろう。今すぐ決められないというのであれば、卿らもグノン派とみなして攻撃する。改めて問おう、卿らはどちら側に付く?」
クラト候にフリーダ候。共に西征軍としてメフィリアの森に入り、そして撤退を余儀なくされた者たちである。ゼアルが決断を迫ったことで、両名ともに傍観を続ける訳にはいかなくなる。
運命を分ける沈黙が流れた。クラト候は後ろめたそうに横目でグノンを見るが、やがて覚悟を決めたように一歩進み出た。
「わ、分かった、君を支持しようゼアル殿。私としてももはや一兵たりとも失いたくはないのでな」
そして彼の決断を待っていたかのように、フリーダ候も続く。
「それは私とて同じ事。連合の盟主は元から我らが選出するものであり、立場の上では同格。故にこれは反逆ではなく不信任である」
これによって、今この場でグノンに味方する者は、グノン配下の四千の兵のみとなった。対してゼアルに味方する兵力は、ゼアル配下のレシエ兵の他、六候国の兵、計一万になる。
「ぐ、グノン様……!」
グノンの側近と思しき兵士が、助けを求めるように声をかける。
「落ち付け、数が多くとも所詮は糸よりも細い絆で結ばれた烏合の衆、硬い絆で結ばれた我らの敵ではない。それに、今こちらに向かっているというベルガナ軍とてハッタリに決まっておる」
グノンが自分に言い聞かせるように語る。しかし、一人のナダルの兵が慌てた様子でグノンの元に駆け寄った。
「無念ですグノン様。たった今テバスの方角を確認してきたところ、確かにこちらに向かっている兵団が確認できました。その数五千から一万程。ゼアル殿の言うベルガナ軍と見てまず間違いないかと……」
「なん……だと……?」
総合的な兵力差、実に五倍弱。例え烏合の衆であろうとももはやナダルの兵だけでどうにかできるような戦力差ではなかった。
力なく膝を突くグノン。それは、ナダル連合がレシエ連合へと名を変えた瞬間であった。
ゼアルがレシエの領主となる前、レシエはテネロという暴君によってボロボロの状態だった。しかしあえてテネロを擁護するのであれば、彼はまともな教育を受ける間もなく君主にされただけで、私利私欲のために政治を行っていた訳ではない。他人から見れば愚かしいにも程がある政策の数々も、彼自身は国の為と信じていたのである。
テネロ、そしてレシエにとって何が不幸だったかと問われれば、それは連合の盟約により他国の助力を得る事ができなかったからに他ならない。そして今回の戦争によって君主を失った国が四つ。彼らにとって、かつてレシエが辿った道は決して他人事ではない。
今回のクーデターで彼らがゼアルの側に付いたのも、そのような背景あっての事である。加えてその多くが、ゼアルが寡兵で大軍を打ち破る姿を目の当たりにしている。彼らの多くがゼアルに心酔してしまったのも無理からぬことであった。
ゼアルが連合の盟主に就任すると、ゼアルはすぐにベルガナ本国へ使者を送り、講和が結ばれる事となった。講和の内容は大きく分けて三つ。一つはベルガナのユートリア地方における支配権の放棄、一つは連合側が今回の戦争で消費した全ての戦費の賠償。もう一つは連合とベルガナ間における人と物資の往来の自由化である。
二つはベルガナにとって不利な内容ではあるものの、彼らがこれまで行ってきたことを考えるとかなり寛大な内容と言える。そして最後の人と物資の往来の自由化は、前二つの不利益を帳消しにしてお釣りがくる、そんな内容だった。
故にベルガナはこの講和を受け入れ、ここにベルガナ戦争は終結した。
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