第17話

 その日の夕刻、簡単な事後処理を終えたゼアル達は、残ったベルガナ軍の陣地を利用して会議を開いた。主なメンバーは南征軍四候爵とゼアルだが、彼らの側近たちもその場に居合わせる。ちなみに大将首を取ったガイルは現在療養中で不在である。



「では西征軍は既にメフィオラの森から撤退していると?」



 メフィオラの森。ユートリア地方西部に広がる広大な樹海。ちゃんとした知識を有しない者が足を踏み入れれば、必ず遭難するとされている迷いの森である。



「うむ、セミョンの町に向かっていた西征軍の二候爵は、メフィオラの森でのゲリラ戦法に対応できずに撤退したと聞いている」


「ゲリラ戦法か……」



 ごく少人数の部隊で、敵の弱点や油断しているタイミングなどを見計らって攻撃を仕掛け、敵の反撃の準備が整う前に撤退するという戦法のことである。森などの遮蔽物が多い場所ではかなり有効な戦法である。



「確かにまともに戦っても勝ち筋が見えないな。だが戦っても勝てないのなら戦わなければいいだけのこと」


「と言うと?」


「我らはこのまま南下して海岸線沿いを西に進む。極力森での戦闘は避け、真っ直ぐに港町セミョンを目指す。それでベルガナ兵が森から出て来るのであればそれでよし、出て来ないのであれば最後まで放置するだけのこと」


「ううむ、なるほどのう」



 諸侯から感嘆の声が上がる。


 ベルガナの主だった戦力は既に壊滅している。メフィオラの森での戦闘に付き合う意味はない。



「だが連戦で流石に疲れたな。これ以降の作戦は諸君らに任せて、私は一足先に本陣に戻ろうと思うのだが……」



 不意にゼアルがそんな事を言い出した。その言葉に、南征軍の四候爵が反応する。



「うむそれがいい。ゼアル殿の活躍はグノン様もさぞお喜びになられる事だろう。セミョン攻略は我らに任せて、本陣でゆっくり休まれるといい」


「そうだ、ついでと言っては何だが、戦死したキシリア候、メイダ候の部下をゼアル殿に託す故、彼らを本陣まで送り届けて欲しいのだが……」


「それはいい考えですな」



 彼らは口々にゼアルの功績を称え、労をねぎらうが、彼らの本心はただ一つ、手柄が欲しいのだ。そしてその最大の障害になるであろうゼアルを遠ざけておきたいのだ。


 しかしゼアルとてそれを承知でこのような提案をしたのだし、手柄を独占してしまえばそれはそれで遺恨が残る。反対する者など誰もいなかった。



「ありがとうございます。では本陣への帰還とキシリア、メイダの遺臣先導の任、謹んで受けさせて頂きます」



 そう言ってゼアルは頭を下げた。




 程なくしてゼアルは、キシリア、メイダの遺臣を配下に加え、進路をミレトス大橋の本陣に向けた。時を同じくして、南征軍の四候爵は南下して海岸線沿いを進むルートを取った。そして……、



「カティア、いるか」


「はい、ここに」


「うむ、あの会議に出た君ならば、分かっているな?」


「……やはり、何となくそうではないかと思っていました」


「うむ、これから我がする事は、君らにとっても重要な事だからな」


「はい。それで僕たちは何をすれば……?」


「君とガイルの部隊はここから北上してラザに向かえ。ラザには既に伝令を送っている。君らが到着する頃には空になっているだろう。そこから進路をテバスに向け、着いたらそこに待機。数日内に伝令を出すから、後は書状に従ってくれ」


「分かりました」


「うむ、よろしく頼む」




 そして……。



「ゼアル様、先程のカティアさんとの話ですが……」


「ヴァルナか、いい機会だから学んでおくといい。一つの事にばかり捉われていると大局を見逃す。あの連中のようにな」


「ゼアル様それは……?」



 カティアとは違って、ヴァルナにはゼアルの行動の意味が分からなかったのだろう。とは言え才能も経験もカティアの方が上なのだから無理もない。


 戸惑うヴァルナにゼアルは多くを語る事はせず、まっすぐ本陣までの道を進んだ。ある意味これから行う事こそが最も重要な作戦であり戦いと言える。だが現状それを理解しているのは、ゼアル本人とカティアくらいのものであった。

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