第9話 絶対に攻略できる(予定)ダンジョンが作られるまで

「迷宮を作ろう!」


「迷、宮、?」


《お前の考えというのはそれか?》


「いいか、戦闘をしなくとも優れた迷宮ならば、相手を生け捕る事なぞ容易なのだ!」


「なるほど、流石、クドゥリュー、様」


 この肉塊は分かっているのだろうか?

まあ、分かってない方が有難いんだが。

うまいこと負傷者を出さずに登らせるのが目的だし。


《ところで迷宮を形成できる程の魔術は使えるのか?》


 私にできなくても、いるだろう、適任者が。


《適任者?》


「じゃあ、あの人を連れてきてくれ」


「あの、人? 」


「……ネーデル・クラウィッツ君だよ」



◆◆◆◆◆◆◆◆



「《土塊よ……だめか」


 魔力が解け、魔術は成立しなかった。

恐らく《魔術の無効化》している何かがあるのだろう。


「魔術を使おうとしても無駄ですよ?」


 聞いたことのある声といくつかの足音。


「……やはり君が例の魔族だったか」


 目の前に立ったのは、黒竜と悍ましい肉塊の使い魔を連れた少女。


「ネーデル寮長、ご機嫌いかが?」


 口角を釣り上げ、邪悪な笑みを浮かべるのは、つい先日入寮したばかりの娘。


「これが良いように見えるんだったら、良い趣味をしているな、フーカ君」


「いえいえ、私も貴方と同じ被害者ですよ、被害者」


 少女は芝居掛かった身振りで否定する。

とても同じ被害者には思えない。


「どの口が言うんだか、闇魔術を行使している時点で気がつくべきだったよ。君の狙いは『虚空塔編集記録』だったんだろう?」


「全くそんな事はありません、単なる偶然です」


「偶然古代語が読めて、偶然、虚空塔編集記録を手にして、偶然、虚空塔の封印を解く、なんてあまりに都合が良すぎると思わないか?喜劇にしても下手すぎる」


「現実は小説よりも奇なりという事ではないでしょうか?」


 キョトンとした表情でそう言う。


「ふ、君のような化物がそう何匹も居てたまるかよ、物語の中だけで充分だ」


「……私はただの普通の女の子ですよ?」


 微妙にムクれているフーカ。

その表情だけならば普通の少女と変わりはしないのだろう。


「結局、僕に何の用だ?」


「建築を頼みたいのです。私……作るのは得意ではないので」


「僕が黙って従うとでも?」


「そうですね、私だって"こんな事"はやりたくないんですが……」


 そう言って彼女の目線だけが、肉塊の方を見る。


"こんな事"……?どう言う事だ?肉塊と関係が……?


 肉塊の使い魔に連れてかれた他の生徒や教師は、魔人を信奉する亡者に変えられていた。


 つまり、断れば彼らと同じようになると言うこと。


「なるほど、そういうことか」


「ええ、そう言うことです」


 そして、彼らの命の保証もない、と言うだろう。


「どうやら他に手はないようだね」


「わかってくれたようで何よりです」


 フーカはとても安心したような顔をした。

まるで、唯一の協力者を得たような。


 恐ろしい娘だ。

僕を脅しておきながら子供のように笑うのだから。


「では私と来てください」


「ああ、何処へでも連れて行くがいい」



◇◇◇◇◇◇◇◇



 壁にはネーデルが魔術で黙々と建築をしている風景が映し出されている。


 時々肉塊の配下が小突いたりしてるけどまあ、多分大丈夫でしょう。


《まさか、すんなりと状況を理解してくれるとな》


 私の機転のお陰さ、間違いない。

わざわざ肉塊の方を見て、"こんな事"なんて言えば無理やりやらされているって分かる筈だし。


《相変わらず監視の目はあるがな》


 ともかく、協力者を得たぞ!

この薄暗い部屋とおさらばだ!


《そんなに暗いのが嫌なら、肉塊に言って窓を増やさせればいいのでは?》


 できるのそれ? まあ頼んでみるけどさ。


「この部屋の窓って増やせない? ちょっと暗いんだけどさ」


「了解、しました」


 肉塊が壁に触れると、触れた場所から波紋が広がり、壁が変形、全周囲に窓が作られる。

天窓まで形成され、今まで薄暗かった部屋が光にあふれる。


「……どうか、しました、か?」


 言葉を失った。


《なあ、小娘。あの男を説得するまでもなかったのではないか?》


 言うな、私は協力者を得た。

ちゃんと成果を得ているのだ。

断じて無駄な時間をかけたわけではない。


「虚空塔の中って、全部同じように形を変えられるの?」


「はい」


《なあ、小娘》


うるさい、聞きたくない。

私のアイデアは異世界を無双するんだ。

そうなんだって言ったらそうなんだー。


 いい?兎に角ネーデルが簡単な迷宮を作って、救出隊に突破させる。

 

 そうすれば守護者とかで被害者が出る事も減る、減るんだっ!


 道なりに行けばいずれ辿り着く通路、わかりやすく回避しやすい罠、おまけに回復用の休憩地点、果てには装備を販売する為の商店に、帰還用のショートカットに宝箱まで配置で完備だ!


 実にゲーム的だけど、多分ファンタジー世界の人間だ、どうにかしてくれるはず!



◆◆◆◆◆◆◆◆



「では、これで。明日を楽しみにしてます」


 監視用の化け物を残してフーカは去っていった。


 指示された内容はそれほど難しくは無いものだった。だが、明らかに欠陥を抱えていた。

むしろ欠陥しかなかった。


 簡単すぎるのだ。

これは試されていると言う事だろう。

いくら魔力的に優れていても所詮は一年生という事だろうか。

しかし、奴の口ぶりからすると下手な物は作れない。


 とはいえ、救出隊を一網打尽にしてしまえば、いずれ僕の命はない、絶妙なバランスが求められる。


 この塔の部屋はあの寮にあった訳の分からない部屋に繋がっているものが多い。


 どうやら今は一応上階層に向かって接続されているらしいが、これが全て繋がっているとすると100を越す階層と言うことになる。


 これを一晩でこなせというのか?

冗談では無い、僕1人では到底できそうにも無い。


「《土塊よ、起き上がれ》」


 あらかじめ作成していた土塊兵を召喚する。

どうやら《魔術の無効化》は今はないようだ。


「聞くが、材料は何だ?」


「虚空塔、構成、している、物体」


「材質の名は無いのか?」


「クドゥリュー様、魔力にて、変質、我々にも不明」


監視役はそう答えた。


「そうか。僕の手持ちでは手が足りない。そちらの人足を貸してくれ」


「部屋ごと、捕虜、眷属、配置、する、必要、物道具、言え」


「魔族の割に話がわかる奴だ」


「利用できる、ものは、利用、人族もそう、だろう?」


「わかりやすくて結構。取り掛かろうか」



◆◆◆◆◆◆◆◆



「では魔族の作業員達、説明した通りに」


淡々と説明を終えた人族。


 仕方ないとわかっていても、人間の指示に従うのは苦痛だ。


 だからといってクドゥリュー様の命を疎かにする訳にもいかない。


幸いなことに、クドゥリュー様が指定した人間は、年の割には優秀なようだ。


 真似事とはいえ、精密な作業が可能な土塊兵をかなりの量召喚し、クドゥリュー様の設計図もすぐに把握した。


 あの人族を連れてきた理由も理解できるというものだ。


 我々ではクドゥリュー様の人族語を細部まで理解する事が出来ない。

彼女の指示も大凡の意味を汲むしか無かったのだ。


 捕獲任務や守護者への指令は我々の曲解によってクドゥリュー様の望み通りに動かなかった。


 しかし彼女は我々を責めず、それとなく解決法を示したのだ。


 やはり唯一復活できた魔人なだけの事はある。


 ここはクドゥリュー様の期待に応えるためにもより良い迷宮を作らなければ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る