第8話 あの子、聖女やめるってよ
会議は踊る。
大臣達は堂々巡りの言葉を繰り返し、現実逃避をしていた。
塔へ出動した学生や教師は戻らず、辛うじて送られてきた味方からの連絡も、支離滅裂な内容ばかり。
虚空塔は、国内に住むすべての生物から魔力を吸い上げ続けていた、魔力量の少ない人々は行動不能になり、国内は混乱している。
そんな最中に送られてきたのは、魔人の眷属を名乗る者が塔から送った犯行声明。
その中にはこうあった。
"1われわれは魔人の眷属である"
"2また、復讐者でもある"
"3苦々しい敗北を喫したが"
"4すべてを取り戻すために"
"5われわれは蘇ったのだ"
"6愚かな子供や塔に踏み込んだ"
"7大人達は須らく、我らの手の内にある"
"8彼らを無事に、たすけたければ"
"9我ら眷属達を滅ぼすがいい"
"10覚悟しろ、われらはけして、許さない"
"11虚空塔、その最上階にて待つ"
このような、挑発するような内容に加え、幽閉している生徒の名前が記された手紙まで添えられていた。
今回の件を早急に解決できなければ、問題になる事は想像に難く無かった。
その名前の中には教皇領の次期聖女の名前まで記されていたからだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「それで、この子は誰なの」
「捕虜、最も有用」
肉塊は淡々と言ったが、命令は達成されていない。
私が連れてきて欲しかったのはレモナとモモだ。
私の目線の先には簀巻きにされた女の子が一人。
口を何かで塞がれてモゴモゴ言っている。
「可哀想だから外してあげて」
「情け、無用」
なんでダメなん。
「……情報を得たいから、この娘を喋れるようにして」
「了解」
肉塊は拘束を解いた。
「私は次の聖女ですよ!こんな事をしてタダで済むと思ってるんですか!」
やたらとフリフリした魔改造修道服が騒いでいる。
「ごめん。私にはどうにも出来ない」
というか、聖女ってなに?偉いの?
《我輩の時代にはそんな者いなかったな》
ファンタジー世界だしいてもおかしくないのかな?
「ここはどこですか!暖かいご飯と寝床を要求します!」
なんだこいつ……たかりかよ。
「いや、私も被害者だから」
「あっわかりました。貴方が予言の忌子ですね!」
「はい?」
「わ、私は民を導く聖女!その使命はいずれ来たる厄災を打つ事!」
「……厄災?なにそれ」
「……えっ、魔導王国を混乱に陥れていながら何を言っているのですか?」
「外は大変なんだ?」
「……この塔に魔力が吸い上げられ多くの国民が苦しんでいますよ?」
「……それって不味い?」
《この反応は大分不味そうだがな》
「自分が何をしているのかわかっていないんですか?」
「いや、ちょっと待って、心当たりない」
「……うーん。自覚がないとなると違うのかなぁ?」
私の目を見つめて思案している様子。
もしかしたら話のわかる奴なのか!?
「そ、そう!違うの!話を!」
「決めました!とりあえず一発です!《光よ、悪しきを砕き切り裂け!》」
弧を描く白い魔力の斬撃が放たれた。
ここ魔術封じてるんじゃなかったの!?
「や、《闇の門》!」
咄嗟に闇の門を開く、斬撃はその暗闇の中へ消えた。使えるじゃん魔術。
「こ、古代魔術を詠唱破棄ですか、流石」
なるほど。この子は多分、肉体言語話者だ。
「……幾らでも撃てばいいよ。全部これで無かったことするから」
私はなるべく柔和な笑みを意識して笑った。
正直今の魔力の量はあんまりないだろうし、ハッタリだけど。
それにしても詠唱破棄って何かかっこいい響き。
《そも我輩が使っている時点で詠唱は省略されているからな》
冷める解説ありがとう、ほんの少しだけ夢見られたのに。
「ほ、ほぉー、さすが魔人。なら物理ではどうでしょう!」
「抵抗、確認、鎮圧」
肉塊から触手的なソレが伸びて聖女ちゃんを拘束した。
「おごぉ」
口の中にまで入ってるし、魔族怖いな。
これレーティング的に大丈夫なのかな?
私は全年齢向けだぞ?あれ、R-15まで大丈夫だっけ?
《これでは話にならんが、どうするのだ?》
「なんとかならないかなー」
「承知、しました」
「えっ?」
肉塊が聖女ちゃんを抱えて部屋の外へ出ていった。
大丈夫?ゾンビみたいになられても困るんだけど。
《我々に今出来ることは祈る他にあるまい》
暫くして肉塊が連れてきたのはすっかり大人しくなった聖女ちゃんだった。
「先程の非礼をお詫びいたします」
お、何ともなさそ、鎮静剤的な何かでも使ったのかな?
「お許し下さいクドゥリュー様」
平伏する魔改造修道服の少女。
ダメだ!洗脳されてる!
そんな事やってくれなんて一言も言ってないのに!
「どうか、しましたか?」
振り返ると、何かまずい事しましたか? という感じの肉塊。
「術が解かれた場合の事を考えると、説得した方がいい」
「なるほど、素晴らしい、洗脳、物理的に行い、ます」
いやそういう事じゃなくてさ、洗脳をといて欲しいんだけどさ。
「……なんて言うと思いました?」
「えっ」
「お覚悟を!」
平伏していた聖女が一転攻勢。
襲いかかって来た、洗脳されたフリだったのか。
「捕縛、します」
肉塊の触手が伸びる。
「私はちょっとした魔術なら無効化できるのです!洗脳術なんて聞きませんよぉ!」
避けながら得意げに語る聖女ちゃん。
「え、なにそれすごい」
「そうでしょう、素晴らしいでしょう!さあ降参しなさい!」
降参してどうにかなるなら、さっさと降参して解放されたいんだけどね。
「小賢しい、眷属たち、来い」
四方から触手が伸びて来て聖女ちゃんをやっとの事で拘束する。
「再調整、抵抗、無意味、徹底、洗脳」
「くっ!身体は自由にできても心まではぁぁ!」
……ここで完全にゾンビみたいになられたら、外の状況とか何もわからないのでは?
《肉塊に聞けば早いだろう?》
信用できるかい。お肉の化け物だよ?
「あ、ちょっと待って、二人で話させて」
「危険です、洗脳、無効、この部屋で、魔術、行使可能、危険」
やはりというか、随分用心深いな。
《こやつのいる前で事情を説明する他あるまい?》
そんな事して疑われたらどうすんのさ。
しまいには私まで洗脳されて理想の魔人にされるぞ?
《こやつが分からず、この聖女とやらが分かるように話すのだ。人族の言葉には疎いようだからな》
……このちょっと残念な子に分かるといいけどね。
《お前がそれをー》
え、何だって?
ちょっと何を言ってるのか分からないな。
「じゃあ、ここで話すから拘束は解除して」
「……仰せの、まま、に」
「いいんですか?私はあなたを倒さなきゃ行けないんですよ?」
「話せば分かるさ」
「大した自信ですね」
さあ、私のトーク力を見せてやろうじゃないか。
前世の知識を持つ私にとって、こんな年端もいかない娘なんて言いくるめるなんて簡単な事なのだよ!
◇◇◇◇◇◇◇◇
「--そうして、悪竜イヴァルアスは目覚め、予言の忌子として生まれるのです!」
「ふむふむ」
「聖女候補はそれを討伐する為、訓練され、各地に派遣されているのです!」
「なるほど……!!そうだったのか……!!」
《何を納得しておる!? 言い負かすのでは無かったのか!?》
私の体使って復活しようとしてたんじゃないの?
なら、予言通りじゃないかな。
言ってる事とは、中身が違うだけで復活したのと同じでしょ?
《予言が正しいと?》
多分ね、メイビー。
「ですから、私が聖女になる為に退治されて下さい」
「えぇー嫌だなぁ」
「これ以上罪を重ねる前に神の国で裁かれた方がいいでしょう?」
「その発想は無かったわ」
「素晴らしい考えでしょう?では…….」
「まあ、死ぬ前に話くらい聞かせてよ?悔い改める者は幸いでしょう?」
「よくわかりませんが、冥土の土産です。聞きたい事があればどうぞ?」
さて、聞くだけ聴き終わったし。
じゃあちょっと本気を出しますか。
ここからは私のターン。
インターネットで覚えた心理知識を総動員したテクニックを見せてやるぜ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「…………」
《おい、なにか喋れよ》
黙っていろ。素人が沈黙を恐れるのだ。
「どうしたんですか?聞きたい事は無いんですか?」
「…………」
「あの?もう無いんでしたら……」
《早くしろ、話が進まないぞ》
「……これは悲劇だ」
「はい?」
「大いなる悲劇だ」
「どういう事ですか?」
「私達が今ここにいる事だ」
「は、はぁ」
「君は優れた能力を持ち、次期聖女という素晴らしい将来がある」
「え?」
「だが、考えてみたまえ、現に君達に与えられているのは保護や安心ではなく、危険な任務だ」
「それは、聖女を決める為のしきたりで…」
「そのしきたりは何を与えた?」
「えっ」
「君は聖女になるべき人間なのに、薄暗い塔に幽閉され、命を脅かされている。子供に対してこのような仕打ちは許されるだろうか?」
「わ、私は加護を与えられていますから!」
「聞くが、今君の目の前にいるのは何だ?」
「そんなの」
ここで集中、魔力光を全力で解放。
「っ!!」
「どうした?危険ではないのだろう?何を怯えている
どう見えてるのかわからないけど、何と無く想像はつく。
「わ、わたし、は」
震えながらもこちらを睨む聖女ちゃん。
「そうか」
手に魔力を集中させる。実際は使えないけど、強力な魔術を発動させようとしているように見えるだろう、本題はここからだ。
「では……」
「くっ、ひっ、」
彼女は泣きそうな表情で杖を構えた。
「ひっぐ、ぐす、うぅ」
「あの、話を」
「うわぁぁぁぁ、あああぁぁ」
あ、しまった、やり過ぎた。
……相手は子供だった。
……私は大人げなかった。
《おい、どうするんだ?話が通じる感じじゃないぞ?》
◆◆◆◆◆◆◆◆
魔人が魔力光を解放した。
数えきれない亡者の群れが私に迫った。
死んだ、そう思った。
嫌だ。なんで私がこんな目に。
嫌だ。聖女にもなれていないのに。
記憶が駆け巡った。教皇領での日々。
楽な暮らしではなかった、辛い事ばかりだった。
訓練につぐ訓練の日々に安らぎはなかった。
まともな寝床など与えられなかった。
それでも耐えた。
帰る場所は他には無いから。
教会に拾われる前には戻りたくなかった。
どうしてこんな目にあわなければならないんだろうか?なんでこんな事をしなきゃいけないんだろう。
こんな事許されるだろうか?ゆるされない。
許すわけにはいかない。だってまだ一度だって私は。
神さま、私を一度だって助けてくれた試しのない私達の神様、もし聞いてくれているなら。
「……なんでもしますから……助けて」
思わず溢れる掠れた一言。
「じゃあ、助けてあげるよ」
返答は予想外のところから返って来た。
私を助けると言ったのは、神でも精霊でもなく。
「なんでも言うこと聞いてくれるんだよね?」
倒すべき筈の悪。
魔人の少女は、私を抱きしめながら、そう言った。
「へっ?」
「先ずは一緒にお手紙を書こうか?」
「お手紙?」
「そう、ちょっと王様宛に、ね」
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