第3話 傀儡の我が身
「《爆ぜろガタクタ》」
「セイジャクヨ」
大広間に舞う蝶の群がメルセンを爆風から保護する。
「味方まで吹き飛ばすつもりか!?」
シリウス寮の青年の言葉には微塵も耳も貸すもつもりがない。
「射線上、範囲内、立たないで」
「前衛に当たらないように立ち回ってくれ!」
苦情を漏らしながらも、彼は爆風の幕を縫い、迫る蝶の群れを断つ。
「ナゼ、ダ」
「忘れたメルセン?私に貴方の魔術は効かない--」
「セイジャクノマモリテヨ!」
「--絶対に!《傀儡の手足よ!》」
蝶の群れの中に自ら飛び込んで行くレニー。
「なっ!!下がってくれ!」
「下がるのはそっち!《捻り穿て鉄杭!》」
レニーの突き出した左腕の掌から、火花を散らし、回転する鉄の杭が打ち出された。
◇◇◇◇◇◇◇◇
壁に映し出された戦いは佳境を迎えていた。
「パイルバンカー!!カッコイイ!アレはもう決まったね!」
《あの腕は魔導具のようだな、……それより今喜んでいいのか?》
振り返ると肉塊がこちらをジッと見ていた。
「あ、いや、その、ね。ああいう必殺技が私にも欲しいなって!」
そう言うと肉塊は何処か下がって直ぐに帰ってきた。
「クドゥリュー様、体、魔導具、取り替えます、か?」
肉塊が、物々しい鎧的な何かを持って来た。
どう見ても私が着るには大き過ぎる。
しかも取り替えるって、何それ、魂を錬成しちゃうやつ?
「……やめとく、まだ生身でいたい」
「なるほど、その、魔力、肉体、維持容易、失礼、しました」
部屋の隅に置かれる鎧。
多分魔導具ってやつなのだろう。
維持も何も普通に生身の人間なんだから、体の維持に魔力とかいらないでしょ。
《……いや、お前は間違いなく、その身体の維持に魔力を使っておるぞ?》
え、じゃあ魔力無くなったらどうなるの?
《……魔力を完全に失った竜族や魔物は皆大地に還る》
まあ、私は人間だから……大丈夫だよね?
「あ、そうだ、続き続き。まあ決着ついただろうけど……」
「……次、守護者、用意、します、か?」
「……いや、まだその必要はなさそう」
◆◆◆◆◆◆◆◆
「……やり損ねたか」
鉄杭は何も穿つ事はなかった。
メルセンの体は蝶の群れに変わり、レニーの後ろへすり抜けて行く。
レニーは飛び出た杭をカシャンと掌に収納した。
「その腕は……いや、先生なんだから、やり過ぎはまずいだろう!」
抗議する青年。
「メルセンは、何回かあの世を見てもいい」
レニーの表情は変わらない。
「ヒビカセロ、フカイノハバタキ」
大広間の反対側に現れたメルセンが魔術を発動させ、大音量の不快音が彼らの耳を劈く。
「う、ぐ、な、なんなんだこの魔術は」
「……耳栓くらい持ってきて」
青年に向かって魔導具を投げるレニー。
それが耳栓だとわかった青年は、すぐさまそれを着けるが、顔を上げて見たレニーの耳には何も付いていないのが見えた。
「く、君は大丈夫なのかっ!」
「絶対に効かないって、言った」
「……クウキヲユラセ」
振動の波がレニー、そして青年を打つ。
「ぐっ、あっ息がっ…」
心拍の波に、絶妙なタイミングでぶつけられた衝撃は青年の心臓のリズムを崩し、呼吸を阻害する。
しかし、レニーは顔色一つ変えない。
「本当に役立たず!」
レニーは青年の胸の辺りを蹴飛ばす。
「ごはっ!何をするんだ!!な、息ができる!? 」
深刻な不整脈に陥った青年はレニーの蹴りであっさり治療された。
「もういい、ちょっとは使えるかと思ったけど、ダメ。死にたくなかったら下がってて」
「くっ!僕は……下がる訳には……!」
「うるさい《爆ぜろガラクタ》」
レニーは魔導具を放り投げ、青年の目の前で起爆する。
「ッ--僕は引かない!」
吹き飛んでいるはずの青年は爆風を一刀両断して更に前に踏み込んでいた。
「僕はいずれ英雄となる男だからだ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
急に仲間を蹴ったりして、仲間割れしてる…のか?
「あの子達何してるんだ?」
《わからぬ》
「守護者より、連絡、相手目的不明、捕獲必要?」
「あっ!」
魔術バトル観戦に夢中になっててすっかり忘れてた。
まあ生徒だし捕まえといても良いだろうけども。
《このままでは、あやつらも守護者にされるのではないのか?》
あの蝶の先生の攻撃効かない爆破娘とか、あの二人で同じ場所の守護者とかになったら危険すぎる気がする。
「守護者にする必要はないからね!」
「了解、しました」
《お前の思う通りに行くといいがな》
大丈夫でしょ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「ググ、センメツ、リョウカイ」
"殲滅"の指示を受けたメルセンは目の前の敵を滅ぼすべく動き出す。
「……英雄?冗談も程々にして」
レニーの目は呆れたように青年を見ていた。
「いいや!僕は本気だ!」
青年の目は奮い立つように正気を失った教師を見ていた。
「セイジャクノマモリテヨ」
「私には効かないって何度言ったら……」
「--オトヨリハヤキ、ショウゲキヲ」
爆音が鳴った、レニーの仕業ではない。
音速を超えた衝撃波が凝縮して放たれたからだ。
「ッ!?」
避ける事すら許されず、レニーの左半身が弾け飛ぶ。唯一、形を保った左腕は広間の端へ吹き飛んでいった。
一瞬で命が刈り取られた、青年の目にはその瞬間がはっきりと映った。
「なっ!?」
崩れ落ちるその体を、青年は受け止める。
「……私の体は殆ど魔導具だから。でも、知らなかった、あんなの」
レニーは生きていた。
彼女の身体の断面から、透明な液体が流れ出る。
マトモな人間であれば致命傷であっただろう。
「教師相手にこれで済むなら、良い方」
しかし、レニーは冷静だった。
「いいや、もういい僕が戦う」
青年は尚も果敢に挑まんとする、それが彼女にはひどく無謀かつ馬鹿馬鹿しく思えた。
「……じゃあ好きにすれば?私動けないし」
「ああ」
青年はレニーを抱えたまま飛び退き、離れた場所にそっと降ろす。
「ここで見ていてくれ」
勇ましく剣を構え、メルセンと対峙する。
アドルノ寮の問題児達であっても、一部の例外除けば、メルセンを相手にできる生徒はいない。
精々が"優秀"或いは"秀才"程度でしかない他の生徒達が勝てる道理は無い。
今まさに彼の眼前に立っているのは、"手に負えない化物達"をたった1人で抑えている人間なのだから。
ゆえに、レニーは全く期待していなかった。
仮の体を作る時間稼ぎ程度にしか見ていなかった。
「《火精よ!」
「セイジャクヲココニ」
メルセンは即座にその魔術を無効化した。
「(魔術が封じられるなら、僕にできる事は)」
魔術が封じられ、剣はすり抜ける。
彼にできる事は何も無い。
誰がこの状況を見てもそれは明らかなように見えるだろう。
「ただ!前に出て斬るだけだ!」
彼の目に赤い魔力光が灯り、剣も同じ光を纏う。
「オトヨリハヤキ」
「させるかぁぁぁ!」
青年は間合いを一瞬で詰め、斬りかかる。
赤光を帯びた剣はメルセンの放った魔術を断ち切り、光を増す。
「はぁぁぁぁ!!」
返す刃はメルセンの蝶を焼き切る。
「マジュツゴト、タチキッタカ、ダガ」
燃え上がる蝶の群れはまたも、彼の背後へすり抜けていく。
身動きの取れないレニーの目の前にメルセンは姿を現した。
「アイテニスル、ホドデモナイ」
「やめろぉぉぉ!」
彼の叫びもその剣も、もはやどちらも届かない。
「アソビハオワリダ」
「……トドメ?……そう」
レニーに向かって掌を向けるメルセン。時間稼ぎにもならなかったかと、レニーは目を閉じた。
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