第3話 アリシアの部屋
「はぁー」
「ぁー」
私とモモの溜息は風に掻き消される。
私たちの部屋に天井もない、壁もない。
この部屋の良いとこ景色だけ。
いくら嘆いても風の前、溜息もどこかへ。
自業自得とはいえ、子供だけでどうにかしろとか、理不尽だ。
どうせ聞いてるんでしょう?起きてよイヴ。
《我輩ならばどこであろうと、王宮のように作り替えてみせよう》
じゃあ魔術でこの部屋をはやく直して?
《素材がない、瓦礫も片付けられているしな》
なにRPGみたいな事を、お使いはいやじゃ。
《我輩とて、素材が無くては直ぐに崩れるような建物にしかならん》
魔術でだめなら、魔法なら簡単なんじゃないの?
《…………ひ、人の家具なぞ知らん、知らぬ物は作れん、そうだなぁ、外に出て街でも見れば--》
じゃあ、誰かの部屋のを見ればいいじゃん。
それなら直ぐに作れるでしょ?
《……う、む。そうだな。いや、見れば大概のものは作れるが》
よし、そうしよう。
ちょうど今日は私もモモも授業ないし。
「モモー、部屋直すから誰かの部屋見せてもらおう?」
「見せてもらうって…見て直せるものなんですか……?」
「大丈夫だ、問題ない」
「……レモナ様の部屋は嫌ですよ」
「わかってる」
レモナの部屋はただいま絶賛警備強化中である。
私費で。近づくと生徒でも暫くは拘束される。
まあ校長の娘だし、考えても仕方ない。
「どこに行くんですか?」
そこだ。
この際だから交友を深めるべきだと思うのだ。
出来る事なら美少女が良い。
かつて極東の地ではほとんど見ることのなかったコーカソイド的人類との友好関係を築くのだ!
「隣は?」
「…….隣はもっと酷いですよ?入り口もないですし」
モモが呆れたように言う。
そういやそうだった。すっかり忘れてた。
「じゃあ、その部屋の子達はどこに?」
「さあ……一人は学園で見ますけど」
こういう困った時に頼れる存在を手に入れないと。何だかんだ言って私達は新入生。
先輩らしい振る舞いをしたい生徒は山ほどいるはず!
「じゃあ、この間の先輩とか?」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「おまたせぇー元気ぃー?」
アリシアは飄々とした様子で部屋から出てきた。
私が交流したい欧州的美少女先輩の一人。
ああ、赤毛と白い肌が眩しい。
「お忙しいところ申し訳ありません」
「いいよー」
モモは頭を少し下げ、恭しく挨拶をした。
可愛らしくも、中々様になっている動作。
この国の挨拶でも頭は下げるものなのか。
よし、ちょっと真似てカッコつけてみよう。
「うん、フーカちゃんはーもうちょっと練習した方が良いかもねぇー」
所詮付け焼き刃!
いいトコの娘さん達はやはり違う。
……いやそれ以前に、この国の礼儀作法知らんし。
《この娘や他の上級生に教わるといい。お前程の年頃ならまだ誤魔化しも効く》
お前は知らんのかい。
《必要なかったのでな》
知らないことばかりじゃん、恥ずかしく無いの?
《"知らない事を知らない"よりかは良い》
「今日はどしたのー?」
アリシアの間延びした声。
「あ、ちょっと部屋を見せてもらいくて…」
「いいよー」
即答だった、超あっさり。
「部屋を直したいので--って理由」
「どーぞー」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「これは……」
部屋の中は外側からは想像できない広さだった。
本が積み重なって見た目そのまま、山になっているかと思えば、魔術用の道具やら何やらが、そこら中に散らばっている。というか本で床が見えない。
もしや、片付けられない人…?
それとも寮暮らしになるとこんな悲惨な事に?
視界の端の方では、申し訳程度に置かれたチェストから得体の知れない触手のような何かが伸び、蠢いている。
何なんだ?というかそれをしまう場所なのそこ…?
《この人族も我輩達と然程変わらないのか……?》
この部屋と住人がおかしいだけだよ、多分。
いや、魔術師の部屋って、こんな感じなのかもしれないけど。
「片付けとけば良かったねこりゃー、まあテキトーなとこに座ってよ」
「あ、はい…」
はっきり言って積み上げられた本を退けないと足の踏み場はない。
「あ、邪魔だったら退けてもいいよー」
これ参考になる?壁とかなんか変じゃない?
部屋の広さも何か廊下の長さと比べておかしな事になってるし。
「ひ、広いですね」
モモは完全に間違えたな、という顔。
「お、気づいたかー、これはちょっとした秘密があってね」
得意げに語るアリシア。
「はぁ」
「荷物を入れれば入れる程、この部屋は広くなってくのだよぉー」
「はい?」
「アリシアさんが魔術とか使ったのですか?」
「違うよー、前に住んでた人がかけた魔術みたいだけどー、便利だからそのままー」
《空間魔術か?だとしても一体どこから魔力を得ているんだ……?》
ん?どういう事?
《魔力が供給されていなければ、維持できるものではない。どこかに魔晶がありそうなものだが……この部屋には見当たらない》
どうやって維持してるのそれ。
《わからぬ、まさか魔法を使える者がいたとは思えんしな》
「お茶飲むー?」
「……頂きます」
「もらいます」
モモの目線は一瞬、周りを見た。
私はそれを見逃さない、多分同じ気分だ。
何が出てくるか知らんけど、飲まざるを得ないからな、こういう時は。
まあ、魔術師の出すお茶だし、ファンタジーっぽく、茶器が浮いたり、きっと不思議な味とかするんだろう。
「やかんちゃんお願いー」
ん?やかんちゃん?何だその微妙なネーミングセンスは。
「ふしゅるるるるる」
部屋の隅にあったチェストが、隙間から伸びていた触手を足のようにして、私達の前に歩いてきた。
え、なにそれ。やかん?……一体どこらへんが?
「や…かん…?」
「そーだよー」
モモも困惑している。
どうやらこの世界の常識でも何かおかしいらしい。
「じゃあ、よろしくー」
「ふしゅるるるるる《クックック》」
アリシアが言っても、空気が抜けるような唸り声を上げているだけで、何かをしている様子はない。
果たして言葉は通じているのだろうか。
いやなんか悪役っぽく笑ってないか?
……見た目も中身も、そんなふんわりした感じじゃないし。
「ふしゃっ《カァッ》」
触手の中から茶器やら食器やらが出てきた。
それと割と嫌な効果音が!
「えーっとどこに置いたっけなー、これは違うしー、これは、あ、あったー」
アリシアはいつ間にか積み上げていた本の上に、どこからか引っ張り出してきた布を敷く。
「ふしゅるるるるる《気がつくまい…この私が学園に紛れ込んだ魔族の尖兵だとはな!》」
触手が手際よくテーブルを用意していく、瞬く間にお茶の用意が完了した。茶葉の香りが立つ。
私の耳がおかしいのか?
なんか魔族とか言ってるぞ、そいつ。
でも準備は普通にしてるし……
《我輩にも聞こえておる》
いつお茶淹れたんだ?
触手の中から出てきた時にはもう湯気出てたけど。
あの触手の中で何が?
「ありがとねぇー」
「ふしゃっ!!《覚えていろ、小娘ども!いずれ人族を恐怖のドン底に落としてやるわっ!》」
蠢くチェストは元いた場所に戻って行った。
……いや、本当に言ってることと、やってる事まるで違くない?
「やかんちゃん…?」
「そう、やかんちゃん」
「えっと使い魔ですか…?」
「違うよ、元々この部屋に居たんだー、引っ越してきた時、お茶が飲みたいって言ってたら、歩いてきてビックリしたよー」
まったくもって意味不明。
前からいたみたいだけど、一体いつから潜り込んでいるんだろうかアレ。
《人族と魔族が争っていたのは、我輩がまだ封印される前の事だ、アレは魔族の敗戦を知らぬのだろう》
「冷めるから早く飲みなよー」
見かけは、生前に普段飲んでいた紅茶とよく似て、透き通った赤褐色の液体が湯気を立てている。
香りも悪くない。むしろクセがない分、あまり私の知っている物と違いが感じられない。異世界感皆無だ。
「もしかして、これキリキアのお茶ですか?」
先に口をつけたモモがどこかの地名を言う。多分原産地の事だろうけど。
「あ、そーなの?なんかまた味が変わったから何処のやつかとおもったんだー」
中身を変えてるのは誰なんだ……アリシアが知らないなら、使用人でもない、つまりは。
《気がつくまい、私が飲む為に別の物を買って来たことなどな……》
向こうの方から独り言のように声が聞こえた。
外に出ても戦争してないのに気がつかないのか、たまげたなぁ。
《害のない部類だろう。放っておけ》
「ところで、その犬ってー?使い魔じゃないよねぇー?」
アリシアがルルを見て聞く。
ルルはこの間と違って一言も喋らない。
「拾いました!」
モモは満面の笑みを浮かべてそう言う。
ルルの目線は何かを訴えるようにモモへ向いていた。
秋田犬ってこの世界にもいるんだ。
いや、実は私みたいな人間だったりして。
転生したら秋田犬だった犬。そんな訳ないか。
《お前…いや……それで、この部屋を真似て作れば良いのか?》
頼むからやめてください。
「失礼かもしれないですけど、他の家具ってどこにあるんですか?」
「んー、多分本の下にあると思うよー、なかったらやかんちゃんに探してもらうし」
「へー、じゃあこの下とかにも何かあるんですか?」
モモが何気なく、足元の本を拾う。
「……あ、それ取っちゃったの…?」
「え、不味かったですか?!」
「あはははーなんちゃってー」
「なんだ…驚かせないでくださいよ…」
「大丈夫だよー、死にはしないからさー」
「え」
モモが取り出した本を中心に、床一面の本は崩れ落ち始めた。
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