第18話 田舎の駅員さん

夜中から朝に掛けて凄かった雨も、いつのまにか小雨に変わっています。


今日はお休みを頂いています。


「街に行くんですよね?私はぽんすけと遊んで過ごします」


ぽんすけはさっきまで眠っていたのに、ピクピクと耳を動かしたかと思うと、葉子さんの元に駆け寄りました。


「じゃあ、お昼ご飯用におにぎり作りましょうか。私も、持って行きたいので」


「はいっ!具は何にしようかなぁ」


「私は焼き鮭とおかかにしますよ」


葉子さんは目を輝かせて「私もそれが良いです!」と仰いました。


塩を振った鮭を網に乗せて、パチパチと香ばしい音をたてて焼きます。


ホロホロとほぐして、土鍋で炊いたご飯に具として詰めます。


もうひとつには、鰹節を甘辛く炒め煮にしたおかかを詰めて。


葉子さんの分を渡して、私はアルミホイルで包み、お弁当袋へ入れました。


たまにはピクニック気分で外で食べるのもよいものです。


鞄に小さな水筒とおにぎりを持って、店を出ました。


お気に入りの青い傘をさして、久しぶりのお出掛けです。


濡れたコンクリートからは、雨の独特なにおいがします。


遠くに見える山々も、白い霧が掛かっておりとても幻想的に見えます。


駅までは歩くと40分ほど。


1日に数本のバスもありますが、天候が悪いと来るかどうかも当てになりません。


私は地道に駅に向かって、静かな雨の田舎道を歩くことにしました。



「はぁ。やっと着いたわ」


木造の小さな駅。


「あ、こんにちは」


午前中の吹き荒れた風のせいで落ち葉だらけになった駅の構内を、掃き掃除しながら笑顔で挨拶をしてくれたのは駅員さんです。


若い彼と、年配の駅員さんと交替で勤務しているようです。


「足元、濡れてるので気を付けてくださいね」


階段を上ろうとする私に、手を差し出してくださいました。


「あら、ごめんなさいね。ありがとう」


私は彼の手を取り階段を上り、改札を入ってすぐの場所にあるホームのベンチに腰を下ろしました。


「次の電車まで、まだ30分掛かります」


駅員室から顔を出した彼が、申し訳なさそうに言います。


「大丈夫ですよ。ゆっくりお昼でも食べながら待ちます」


私は持ってきたお弁当袋を見せました。


「僕もちょうどお昼を食べようかと思っていたんですよ」


そう言って、持っていたコンビニ弁当の入ったレジ袋を掲げて見せてくれました。


「良かったら一緒に食べませんか?」


私が誘ってみると、彼は「え!良いですか?是非!」と私の隣にやって来て座りました。


「いつもコンビニのお弁当なんですか?」


「はい、独身なもので。母も田舎に居て遠いですし。寂しいものです。あははっ」


彼が開けたコンビニ弁当には、唐揚げや卵焼き、コロッケなんかも入っていました。


野菜は少ないですが、若い男性ですし、こう言うものの方がお腹に貯まるのかもしれません。


私は自分のおにぎりと、水筒を出しました。


「おにぎりですか、懐かしいなぁ。僕の母さんもよくアルミホイルに包んだおにぎりを、部活の朝練の時に持たせてくれました」


懐かしむように彼はそう言って、割り箸をパキリと割ります。


「良かったら、交換します?と言っても、私はそんなに食べないので、おかずは好きなだけお弁当のを食べてください」


「ええっ。そんな、流石に申し訳ないです」


毎日働く駅員さんに、たまには他人の作ったご飯を食べてほしいと、勝手ながら思ってしまったのです。


「気にしないでください。いつもご苦労様。はい、こっちはお味噌汁が入ってるのよ」


小さな水筒には、食堂名物の田舎味噌のお味噌汁を入れてきました。


「あ、ありがとうございます。いただきます、本当にすみません」


まだ少し遠慮する彼に、おにぎりと、お味噌汁をコップに移したものを差し出しました。


「美味しい・・・これ、凄く美味しいです。手作りの味噌汁なんて実家でしか飲まないから、懐かしいです」


そう言って、あっという間に飲み干しました。


おにぎりのアルミホイルを剥き、おかかのおにぎりを食べます。


「これ、ご飯も凄い美味しいですね。おかかも美味しい。もうひとつは何なんだろう。楽しみだなぁ」


彼は子供のような笑顔で言いました。


私は、隣で彼のコンビニ弁当を食べます。


おかずの殆どは手を付けず、頑張って働く彼に残しておくことにしました。


「僕、木ノ下 拓海って言います。すみません、ご飯まで頂いたのに名乗り遅れてっ」


鮭のおにぎりを一口食べたところで、胸元の小さな名札を見せながら、慌てた様子で言いました。


「桜井ハルです。村に行く道の途中で食堂をやってるの」


静かな駅には、私達の声以外にも、すぐ傍の山から鳥の可愛らしいさえずりが聞こえてきます。


「食堂ですか!こんな美味しいご飯が食べられるなら、行ってみようかなっ」


「いつでもいらしてください。お野菜は、私や村の方々が作ったものでお料理をしているんですよ」


「良いですね!必ず行きます!」


そうして木ノ下さんは、再びおにぎりを食べ始めました。


まだシトシトと小雨の降る、単線の線路を眺めながら、ゆっくりと時間の流れる小さな駅で、私は若い駅員さんと一緒に過ごしました。



街でのお話は次回に致しましょう。


私のお気に入りのお店のお話です。

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