Epilogue

 小さな拳銃を、川に投げ捨てた。

 こんな物騒なものをのどかな川から見つけたとなれば、やたらと大事になりそうだ。しかしこれが、自分なりの供養なのだ。か弱い少女を演じるにはうってつけだと勧められ、しばらく身に着けていたこの護身用の拳銃は、もう必要ない。しまい込んでしまうのは忍びなく、かといって人に譲る気にもならず、川に沈めることにしたのだ。

 他にも投げ捨ててしまいたいものは山ほどあるが、すべてを飲み込んで消し去ってしまうほど、この川は深くないし、流れも速くない。入ったものが記憶を失うような、作り話めいた都合の良い作用もない。

 私の不躾な行為に文句を言うかのように、赤い花が揺れる。昨日の雨で一斉に咲いたのか、妖艶な花が川岸を赤く染め上げていた。

 しかし目撃者は、皆枯れてしまう。何もせずとも、証拠隠滅は完璧だ。


 久しぶりに訪れた墓場に、人影はなかった。

 小さな花束をそっと置き、すぐに立ち上がって辺りを見渡す。今度は墓場を取り巻くように、赤い花がさらさらと揺れていた。付いて回られているような感覚にうんざりしそうになるが、薄情な遺族のかわりに、墓場で眠る死者を見守っているようにも見えた。勝手に妄想したその健気さに、感慨にふけりそうになる。自分らしくもない。

 ふと見ると、ぽつりと咲く白い花が、見え隠れしていた。

 どこかで見たような光景だ。本来の目的である墓参りから、私の関心はすっかり離れてしまった。


 誰かが好んで植えたのか、それとも何かの拍子に広がったのか、この辺りでは夏が終わると、墓地や川辺にとどまらず、道端なんかもこの花で赤く染まる。その様を幻想的、もしくは不気味だと評する者は少なからずいるようだが、ただの花ではないか。

 無意味なものに意味を見出したところで、そんなものは幻想にすぎない。あるいは勘違いだ。気まぐれな心象風景を現実に反映させるのは、頭の中だけで良い。今まではそう思っていたのに、私はどうしてか、たった一輪の白い花を見つめ続けている。


 ぼんやりとした記憶の霧が晴れれば、何かに触れられるような気がするのだけれど――。


 誰かに名前を呼ばれて、無意識に振り返る。その瞬間、遠のいていた感覚が戻った。ふわりと首をなでた髪を耳にかけ、手ぶらになった私は軽やかに階段を下りる。

 これから、この街を離れることになっている。そして、しばらく戻ることはない。


 次にあの花を見るのは、いつになるだろう。

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リコリスの彼岸 水雲 悠 @mizunitsunakan

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